其の陸
下駄箱で靴を履き替え、扉から外に出る。予想通り、紫乃は出てすぐの壁にもたれて待っていた。玄と同じように友人を連れてきたのか、男子生徒と一緒だ。
「ミストレス、お待たせしました」
「遅いわよ、神木。それに、敬語」
ちらりと玄の方を一瞥してそう言った紫乃は少しだけ笑みを見せながらそう言った。そして、玄の横で所在無さげに立っている、茜へ視線を移す。それを見て取り、尋ねられる前に紹介する。
「あ、ごめん。えっと、途中まで一緒に帰る約束した、クラスメイトの」
「桜井茜です。三枝紫乃様」
「三枝、もしくは紫乃でいいわ。敬称も必要ないわよ。同学年でしょ? 桜井さん」
薄く微笑んだ紫乃の言葉に対し、茜はがちがちに緊張したように頷き、玄に疑問を視線で伝えてくる。それを読み取り、答えようとしたところで、それまで黙って見ていた男子生徒が声を上げた。
「そっちが、お前のガーディアンか?」
「ええ、そうよ五条君」
五条、と呼ばれた男子生徒は、頭頂部が跳ねた不思議な髪型で、背中に大きな戦斧を背負っている。おそらく、一組の生徒だろう。
「五条様!?」
茜が驚いた声を上げる。それはそうだろう、五条といえば、数の血族の中で、『五の血統』を統べる本家だ。魔術議会にも直接出席しており、三枝と比べて地位だけで見れば上に当たる。
そんな情報と共に、五条家の長男が同じ年齢だという事を思い出した玄は、尋ねられる前に、礼儀として腰を折る。
「申し遅れました、僕は紫乃様のガーディアンを務めている、神木玄と申します。以後お見知りおきを」
「五条赤人だ」
礼儀上なのだろう、鋭い目で見下すようにそう名乗った赤人は、紫乃に向き直った。そして、詰問するような声音で問いかける。
「三枝さん、神木ってことは、三の血統どころか数の血族ですらないよな。何を考えてる? ガーディアンは普通、同じ血統内で訓練した人間を選ぶのが普通だろう」
その厳しい物言いにも、紫乃は平然と肩を竦めて見せるだけで、取り立てて大きな反応はしなかった。
「わたしは知らないわ。お父様の意向よ」
その淡白な反応が気に入らないのか、赤人は威圧するように紫乃を睨み、鼻を鳴らした。そして玄に向き直り、一歩詰め寄ってくる。
「お前のような、女みたいな奴が三枝さんのガーディアン? 鍛えている様子も見えないし、本気で務まると思っているのか? おい、笑ってないでなんとか言えよ」
どうやら凄んでいるらしい赤人の態度にも、玄は笑みを崩さない。それが癇に障ったらしく、赤人はもう一歩詰め寄ろうと、重心を移動させた。
「それ以上の狼藉は、敵対行為と見なすわよ」
だが、静かに放たれた紫乃の一言が、赤人の動きを止める。敵対行為と見なすことは、反撃とイコールで結ばれるためだ。大人しく一歩引いた赤人だが、納得がいかないことを訴えるような表情で玄を睨んでいる。そんな赤人を引かせるためだろう、温度の下がった声で、紫乃が話を続けた。
「神木の能力については、お父様が直々に判断し、採用したのよ。それを否定すると言う事は、三枝家現当主の判断を疑う事。それをわかっての言葉よね?」
そう言われてしまえば、赤人はそれ以上言葉を続ける事はできない。五条家の長男とはいえ、まだ当主候補の身。現当主である三枝藍紫に強気な態度を取れるはずもない。
唇を噛んで黙り込んだ赤人に、紫乃が追い討ちをかける。
「それに、神木の強さは一度目にしているわ。おそらく、正面戦闘ならば上級生にも引けを取らないでしょうね」
けれど、その一言は余計だった。
「……こんな、数の血族ですらない人間に、このぼくが劣る……?」
完膚なきまでに叩きのめされ、挙句自分よりも下の立場であるはずの人間が自分より強いと言う。その事実に、赤人は肩を震わせた。
それを見ながら、玄は厄介ごとの予感に頬を掻き、先ほどから置いていかれている茜のフォローを考えていた。まさか、自分がその矛先を向けられる事になろうとは微塵にも考えずに。
「そこまで言うのなら、それほどに強いとのたまうのなら! ――――――ぼくと勝負しろ、神木玄!」
勢い良く人差し指を突きつけ、赤人が高らかに叫ぶ。その拍子に、頭頂部で飛び跳ねる髪が揺れた。
苦笑いの表情で固まる玄の視界の中で、紫乃が呆れたようにため息をついた。
「おいおい、何の騒ぎだ? 物騒な単語が聞こえたぞ?」
睨みつける赤人と、苦笑いの玄。ため息をついた紫乃、目を丸くして硬直する茜。その後ろから現れたのは、栗色の髪に吊り目の、高身長イケメン。蒼次だ。
「……一ノ瀬生徒会長、模擬戦の許可を」
「模擬戦? 誰と誰だ?」
「ぼくと神木玄です」
怒りを必死に押し殺した声音でそう告げた赤人と玄を眺め回し、蒼次は得心が行ったように頷いた。
「生徒会長の許可はやる。けど、先生の許可はどうする? 誰か一人、先生の許可が必要だぞ?」
模擬戦システム。それは、神奈川県立魔術科高校が校則で定める、文字通り模擬戦を行うシステムだ。所属する高校の生徒会長及び教師の許可を得た人間ならば、学校側が定める時間以外でも一対一での模擬戦を許可するというもので、もっぱら生徒同士の技術向上のために行われるもの。だが、玄と赤人のように、揉め事の解決法として行われるケースも多い。
それを行うために必要不可欠な、教師の許可。だが、得てして喧嘩の解決としての模擬戦には、許可が下りにくい現状がある。
「ああ、丁度良いところに。山代先生!」
黙り込んだ赤人など意に介した風も無く、蒼次が近くを通りかかった宏緑に声を掛ける。
「一年生の模擬戦に許可を!」
「いいぞ、何番訓練室だ?」
「五番があいてます! 十分後にお願いします!」
「おー、了解」
「軽いわね」
いつの間にか玄の隣に来ていた紫乃が、思わずと言った風にそう呟く。
まったくもって、玄も同感だった。




