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其の肆

 電車を乗り継ぎ、小さな駅で降りる。毎朝臨時で開く改札を通り、下手をすれば頭をぶつけそうな自然のトンネルを(くぐ)った後はひたすら急勾配の坂を上っていく。二〇〇〇年代も後半に入ってなお、変わることの無い町並みの中を上った先に、紫乃たちが通う神奈川県立第八魔術科高等学校は建っていた。

「それで、あなたのクラスは?」

「僕は九組ですけど」

二重の意味で、ため息をつく。

「敬語。それと、クラスは違うどころの話じゃないと思うのだけど」

第八魔術科高校に限らず、県立の魔術科高校は成績順でクラス分けを行う。一年生は入試の、二年生は一年の、三年生は二年の成績で、一組から九組までのクラスに分けられることになる。それはつまり何組に所属しているかで成績の良し悪しが分かってしまうことに他ならないため、校内での優劣意識に繋がるという批判も根強い。が、いまだ変更の兆しは見られていない。

「そうだね、教室も少し遠いから。けど、僕が到着するまでの数分くらい、ミストレスなら耐えられるでしょ?」

「当たり前よ。あなたが来る前に終わるわ」

即答すれば、玄が笑みを深めた。そこで紫乃は玄に誘導された事を悟るが、時すでに遅し。馬鹿にできない恥ずかしさから顔を背け、大股に校門を潜った。

「そういえば、あなたどうして九組なのよ。ガーディアンとして認められるくらいなら、成績は優秀でしょう?」

「まあ、頭は悪くないとは思うけど、飛び抜けてるわけでもないよ。それに、僕は――――」

そこから続く言葉に、紫乃は言葉を失った。

「――――魔術は、使えないしね」

玄は今、なんと言っただろうか。魔術が使えない? 

 そんなはずは無い。魔術の元になるエネルギー、すなわち魔力は全世界の人間が多かれ少なかれ持っているもの。保有量や濃度の大小はあれど、基礎魔法や固有魔法は少なくとも一度くらい使える分は必ず持っているはず。そして、魔力があり、理論もしくは感覚を知っていれば、魔術は誰にでも使える技術だ。そうでなくてはならない。それは、この社会の根底を作る技術なのだから。

「だから、魔術と剣術、体術の総合である総合戦闘術を重視する八校では、僕は落ちこぼれの部類なんだ」

「……あなた……それ……どういう……?」

凍結した頭を必死に動かし、左手で髪を耳にかける。詰め寄ろうと一歩踏み出した紫乃の後ろから、声がかかった。

「なあ! 新入生だよな!?」

とりあえずは問題を先送りにし、声の人物を振り返る。

 校門から校舎へと続く道を駆けてきたのは、背中に大刀を背負った、栗色の髪の男子生徒だった。

 その男子生徒は紫乃たち二人の前で立ち止まると、二度ほど深呼吸をしてから、口を開いた。至近距離で見ると、紫乃より二十センチほど背が高い。栗色に吊り目で、完璧すぎるほどイケメンだった。

「あ、三枝家の娘さんじゃないか」

そのイケメン男子生徒は、紫乃を見るなり目を大きくし、驚いたように声を上げた。

「わたしを知ってるんですか?」

「ああ、まあな。蜂蜜色の髪に猫目の美人、で有名だしな」

面と向かってそんなことを言われれば、警戒すると同時に少し嬉しくもある。生まれつき色素が薄く、茶色いことで色々面倒を被ってきた髪も、『蜂蜜色』などと表現されればおしゃれに見えてくるのだから不思議だ。

「やっぱり、少し珍しい髪の色だもんね。僕もそれで見分けたくらいだし」

紫乃の斜め後ろから口を出した玄に、イケメン男子生徒の視線が向く。その目は、吊り目のせいか、少し鋭く見えた。

 その視線の意味を汲み取ったのか、玄は大きく一礼すると、流暢に話し出した。

「申し遅れました。僕は紫乃さんのガーディアンで新入生の神木玄と言います。以後お見知りおきくださいますよう」

「ご丁寧にどうも。オレは一ノ瀬蒼次(いちのせそうじ)。この学校の生徒会長を務めているんで、今後ともよろしくお願いするよ」

「い、一ノ瀬様!?」

イケメン男子生徒の自己紹介を聞いて、思わず頓狂な声が出る。それもそのはず、『一ノ瀬』と言えばこの国の頂点である魔術議会で議長を務める、いわばこの国の頂点に立つ家。その名に恥じることなく、輩出してきた魔術使も他家とはレベルが違う。

「そんなに驚かなくても。それに、蒼次でいいぞ。この学校にいるときは、オレもお前も同じ、一生徒だからな」

「そ、それでは蒼次先輩、それで、何の御用でしょう?」

「ああ、そうだった。お前たちがただの新入生だったら、まだ時間があるから、少し待機してもらおうと思ってたんだが……三枝さんなら話は別だ。そろそろ新入生代表挨拶のリハーサルを始めるから、体育館に来てもらえるか?」

「ええ、わかりました。……従者はどうしますか?」

「そうだな……リハーサルだからあまり部外者を入れたくはないが、まあいいだろ。ガーディアンなんだろ?」

問いに首肯を返した玄に笑みを浮かべた蒼次は、まあいいか、と呟いた。

「ガーディアンを主人(マスター)から離すわけにはいかねぇしな。ああ、この場合は女主人(ミストレス)か」

そう言うと、紫乃たちを先導して歩き出す。少しの間呆けていた紫乃は、玄に背中を押され、慌てて蒼次の後を追った。


 体育館内に、人の体温から来る熱気がこもっている。それもそのはず、今この時間、体育館の中には新入生約三百六十人と、その家族、そして何らかの仕事を持った上級生たちが詰めているのだから。

 クラス順に整列し、背筋を伸ばして座りながら、玄は演台に上っていく紫乃の姿を見ていた。毅然と背筋を伸ばし、茶色、蒼次に言わせれば蜂蜜色の髪を揺らして、階段を上り、マイクの前に立つ。

 堂々と原稿を読み上げていく姿に、玄は場違いな上に今更ながらも、紫乃が学年主席であり、三枝家の娘なのだと言う事を実感していた。普段、というか今朝見せていた意地っ張りで勝気で冷淡な姿とは正反対なほどに立派な姿に、思わず笑みが零れる。

 玄のクラスは九組、したがって列も最後尾だ。当然紫乃の姿も遠く小さい。それでも、紫乃の姿は十分綺麗に見えた。様々な意味で。周囲の男子からの熱視線だって、少なくはない。それどころか、こんな退屈かつ無意味に思える式の最中に、まだまだやんちゃな男子が黙って演台を凝視しているのだから、その視線の意味は考えるまでもないだろう。

 これでは、玄が紫乃の傍に付き従う事は、なんらかの反感を呼びかねない。こんななりではあるが、一応男子なのだ。

 そう思うと、ため息が漏れそうになった。

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