其の拾壱
現在時刻、午後四時。
淡々と進んでいく時計の針を横目で確認しながら、思わず込み上げるため息を飲み込む。
「……『数の血族』として、その存在にふさわしく行動するべきであるというそちらの主張は理解しております。その名を汚すな、そして血を薄めるなという事も、言い方に少々難があるとは思えど、否定はいたしません。ですが、それと今回の件とは無関係ではございませんか。この国治める一端を担う者として、相応の振る舞いは確かに重要でございましょう。しかし、私生活までもがそれに縛られては、『数の血族もまた一人の国民である』という精神に反する事となってしまいます。そしてそれ以上に、『数の血族』であるが故に我慢させてきた事も多く、気苦労が絶えない世界に身を置かせてしまった我が子に、せめて恋愛、結婚だけでも意に沿わせてやりたいという親心を理解しては頂けないでしょうか」
藍紫のこの言葉は、多少内容や言葉が違えど三度目になるだろうか。
「その親心は、確かにそうでしょう。しかし、こちらとしてもそれは同じです。息子の意思は、紫乃殿との婚約なのですから。そちらの主張は、紫乃殿の意に沿った婚約をしたいと言う事でございましょう。こちらの主張は、赤人の意に沿った婚約をしたいという事にございます。お互いの主張は相容れる事のないもの、であれば、『数の血族』としてふさわしい相手という、客観的な意見を取り入れるべきであると申しているのです」
そして、五条家当主、つまり赤人の父親である五条紅太郎の反論もまた、同じような内容だ。
かれこれ二時間、会談開始時の挨拶を抜けば一時間四十分ほどの間、これを含めて三パターンほどの意見を、言葉を変えてぶつけ合っている。紫乃の正面に座る赤人は生真面目な表情で背筋を伸ばしているが、紫乃はとてもそこまで真剣には慣れなかった。幼い頃より叩き込まれた姿勢と表情を辛うじて保ってはいるものの、気を抜けば今にもため息を吐いて崩れ落ちてしまいそうだ。個人的な会談とは言え公の場。着飾ったが故に窮屈な着物と、後頭部へ結い上げた髪がむず痒い。
隣に座る玄は、微笑でごまかしてはいるものの、おそらくかなり疲れている。玄の微笑みの裏側に何があるのか、最近わかるようになってきていた。
向かい合うようにして座った、三枝家と五条家。その間、俗に言うお誕生日席に仲裁役の一ノ瀬青一が縦に長い体を収めている。その細い瞳は何を考えているのかわからないが、おそらくこの場の膠着状態を打開する策を考えているのであろう。紫乃は心からそうである事を願った。
今しがた三度目の討論を交わした当主二人が、一度口を閉じる。各人の手元に用意されている湯飲みからお茶が減った。一息ついたように見せて、主として弁論を振るっている当主二人の脳内では先程の主張をどう変えて口にするか、そればかりが巡っているだろう。
この状況を打破するには、紫乃でも、五条家でもない第三勢力からの針路修正が必要だ。そして、この場に第三勢力は一人しかいない。
紫乃の心の声が聞こえたわけではないだろうが、青一が咳払いを一つした。
「お二方、先程から議論が堂々巡りです。一度、互いの主張を整理してみてはいかがでしょう」
紫乃が望んだように快刀乱麻を断つとはいかなかったが、それでもこの膠着状態を抜け出す一歩。胸中で拳を握る。
「我々三枝家は、紫乃が望む通り、ガーディアンである神木玄との縁談を進めたいのです」
「我々五条家は、赤人が望み、数多の前例がそうであったように、三枝紫乃殿との縁談を進めたく思います」
五条紅太郎の言う『前例』とは、今まで八十年間、そしてそれ以上昔から慣習として続いていた、数の血族同士での婚姻、または旧家名家と呼ばれる家同士での結婚の事だろう。
どちらも一理ある。それも言ってしまえば、三枝家の理由は紫乃の意思一つだ。前例や数の血族としての行動規範に則れば、五条家との婚約が一般的とも言える。
だが、それではダメなのだ。紫乃自身の意思はもちろん、三枝家の利益のためにも。他家の持たない『神憑き』という新たな『力』。それを名実共に三枝家の傘下にいれるには、この方法が一番手っ取り早く、強制力も強い。
それは、嫌悪を催すような権力欲、野心であるのかもしれないけれど。
「……双方の意見、理解いたしました。確かにこれは、難しい問題のようです。お恥ずかしい話、私も今ようやく痛感いたしました。前例や慣習に則るのならば、五条家の求める結論が最善でしょう。しかし、子供は道具ではありません。その意思を尊重する事も大事です。私見ではございますが、三枝家当主殿の言う『内側に閉じこもりがちな現在の体制を打破するための新風』というのも一理あると思われます。いやはや、これでは議論が平行線なのも頷けます」
長ったらしい口上をそこで区切り、青一はいたずらを思いついた子供のような光を目に湛え、笑った。
「ところで、魔法使に関する国際的な不文律といえば、思い当たる節がありましょう」
「……『才能ある魔術使は、国益と領域防衛のために働くべきである』でしょうか」
即座に答えたのは、五条紅太郎だった。当事者と言う事で、互いの当主、その妻、そして紫乃と玄と赤人が机を挟んで向かい合っているが、もっぱらしゃべるのは当主のみだ。
「いえ、もう一つの方ですよ」
「『より多く、才能ある後継者を生み育てるべきである』でしょうか」
紅太郎の不正解を受け継いで、藍紫が二択のもう片方を口に出す。それが、青一の求めた答えだったらしい。
「そうです。『より才能ある後継者』。つまり、優秀な遺伝子を後世に残す事が強く推奨されているのです。それ故、こうして結婚可能年齢に満たない場合でも、ある程度成熟していれば婚約を行う事が普通であり、それは旧家名家と呼ばれる家以外の一般国民も例外ではありません。そして、魔術の才能とは、基本的に魔力量と魔力濃度によるものが大きく、それらの八割は両親からの遺伝とされています。つまり、優秀な魔術使同士であれば、より優秀な子供が生まれる可能性が高い」
その時点で、紫乃は青一が言わんとしている事を悟っていた。理由が気に入らないものの、それは玄に圧倒的有利な勝利条件。苛立ちを理性で抑え、あくまでわかっていない振りでだんまりを決め込む。
「そして、優秀な魔術使というのは、一般的に戦闘能力の高い魔術使とされます。……聡明な皆さんならば、私の意図はもうお分かりでしょう」
ゆっくりと、赤人の顔が俯いていく。紅太郎もまた、微弱に顔を強張らせた。
「……決闘で決める、そういう事でしょうか」
静かに、けれどどこかざらついた声音で紅太郎が呟く。それは、彼我の能力差を知っての事か。それとも、ただ単に言葉の響きを嫌がったのか。
だが、そんな紅太郎のわずかな抵抗は汲み取らず、青一は頷く。
「端的に言ってしまえば、そういう事になるでしょう。条件は同じで、議論は平行線。ならば、こういったわかりやすい方法で決定するのもまた方法でしょう」
青一が口を閉じる。それは、後はこちらの判断に任せるという事。
青一から視線を移し、藍紫を見つめる。その顔には、決意が張り付いていた。
ちらりと、紅太郎が藍紫の表情を窺う。そして、渋々と言ったように口を開く。
「我々は、その方法を承認しましょう」
「我々も承認いたします」
その返答に、青一は満足げな表情を見せた。
「それでは、審判は私が引き受けましょう」
「急ぎ試合の準備をさせますので、少々お待ちください」
藍紫が、待機していた給仕の使用人へ視線を向ける。一礼して退出した彼女はきっと、今全速力で使用人棟へ向かっているのだろう。
ちらりと赤人の方へ視線を向ける。その鋭い眼光は瞼の後ろへ消えていた。




