其の漆
玄と交代で、宏緑の前に立つ。隻腕の宏緑を直視するのは初めてで、痛々しさに目をそらしてしまいそうだ。だが、それを宏緑は喜ばないだろう。三枝の娘として、失礼にも当たりそうだ。
だから、宏緑の顔を見据えて、告げる。
「二刀流を、教えてください」
馬鹿な事を言っていると思う。相手に勝てないから、強くなれないから、安易に新しい技に飛びつくような行為だなんて百も承知。けれど、紫乃に引き下がるつもりはなかった。
「二刀流? なんでいきなり。お前さんは器用だし、レイピアだから戦闘スタイルは大きく変わらないだろうが、慣れ親しんだやり方が一番いいと思うぞ?」
案の定、宏緑は肯定しなかった。考え直すよう遠回しに言うその言葉の真意に気づかないふりをして、言い募る。
「元々、レイピアは左手に短剣を持つのがセオリーだと聞いています。二刀流というよりも、左手での剣の扱い方と言った方が正しいでしょうか。そういった戦い方を教えていただきたいのです。それに」
そこで一旦言葉を切り、宏緑の反応を窺う。宏緑は、何とも言えない顔で黙っていた。
「強くなるために、新しい技に飛びつくのは愚かだというのは承知しています。ですが、わたしは、強くなりたいのです」
言い切り、宏緑を見つめる。自分の思い全てを、視線に乗せるが如く。
いつまでも、背中を見ているのは性分ではないから。後ろに隠れているのは辛いから。何より、護られるだけのお姫様は嫌だから。
玄の隣に並べるくらい強く。背中を任せてもらえるだけの強さを。
そんな紫乃の声が伝わったわけではないだろうが、宏緑は呆れたようにため息をついた。不思議と、嫌味ではないため息を。
「……わかった。そこまで言うなら教えてやる。けどな、一つだけ言っておくぞ。二刀流は、甘くない。単純に意識の先が一つ増えるだけじゃない。今までの動き方全て、一からやり直すと思っていい。お前さん、それができるか?」
「やってみせます」
できるできないの問題ではない。紫乃がやると決めたのだ、完璧以上に使いこなして見せる。
そんな紫乃の返事に、宏緑は納得したように頷いた。
「それじゃ、ダガーをそこから取ってきて、レイピアと一緒に持ってみろ」
言われた通り、木箱の中から短剣を取り出す。木刀と違い、刃引きがなされてはいるものの、本物と同じ金属製だ。レイピアもまた、しかり。
紫乃が手にした短剣は、長さ二十センチほどのもの。レイピアより少々軽い程度だろうか。だが、普段空っぽの左手に重さがある事が、そのまま違和感へと直結する。
「変な感じがするだろ」
「ええ」
正直に答える。ここで見栄を張る意味など、欠片もない。
「まあ、けど今はそれに慣れる必要はまだない。まずは、左手でダガーを自由に操れるようにならなきゃな」
そう言って、ひょいと紫乃の右手からレイピアを取り上げる。ぽかんとする紫乃から背後の玄へと視線を移し、声を上げた。
「玄、お前さん組み手の相手いないだろ。紫乃と組め」
「あ、はい」
呼ばれるがままに近づいてきた玄と、相対する。その間に立った宏緑が、指示を飛ばす。
「紫乃は、左手のダガーだけで組み手だ。ダガー以外の攻撃は禁止」
電撃が走ったような衝撃に、思わず宏緑の顔を注視する。ただでさえ勝てない玄相手に、満足に振ることもできないような左手のダガーのみとは、無理難題過ぎる。
だが、宏緑はその視線に頓着する事もなく、玄への指示を口にした。
「玄は、ひたすら防御だ。紫乃の攻撃をただひたすら防ぎ続けろ。叩き落したり、弾き返したりしたらダメだぞ」
玄は玄で、宏緑を口を半開きにして見つめている。その無防備な顔は、少し新鮮だ。
例によって二人の視線はどこ吹く風。さっさと手は振り下ろされる。
「それじゃ、初め!」
普段使わないからなのか、いつも以上に倦怠感が巻きつく左腕をどうにかしたくて、右手で二の腕を掴む。隣に立つ玄が、苦笑いで口を開いた。
「……疲れた?」
その直球な問いに、思わず苦笑する。
「そうね、普段使わない部分だから」
「僕も、普段しない動きだから、少し疲れたよ」
はにかむように頬を掻いた玄に、話を振るかどうか少し迷う。
迷いを断ち切るように、少し大きめの声で口を開いた。
「……防御を、していない事を」
玄の表情が、引き締まる。
「あなた、本当にわかってなかったの?」
端的で、そして意味が不明であろう問い。気づいていなかったからこそのあの反応であり、紫乃と手合わせしたあの動きからして、不慣れである事はわかる。なにせ、紫乃が左手で振る短剣を単純に防ぐだけでもぎこちなかったのだから。
けれど、『知らなかった』はずはない。『教わらなかった』はずがない。玄がどんな生き方をしてきていようが、戦闘術を学ぶ上で一度は教わったはずだ。でなければガーディアンではなく暗殺者でもやっていたはずなのだから。
だから、紫乃は一つ仮説を立てた。『知らなかった』のではないとすれば、『意図的に無視していた』のではないか、と。
そんな紫乃の視線を受け止めて、玄は微笑んだ。
「そうだね。防御の事なんて、考えた事なかったよ」
その顔が、紫乃は気に入らない。心なしか強くなる口調を押さえようともせず、言い放つ。
「そんな下手な嘘、吐かない方がマシよ」
微笑みが、疑問に変わる。玄が体勢を立て直す暇を与えないように、言葉を継いだ。
「防御を教わらないはずなんてないわ。……これはわたしの勝手な想像だけれど」
じろりと、睨みつけるように見つめる。玄のせいではないとわかっていても、苛立たずにはいられなかった。
「あなたは、防御を考えていないわけではないでしょう。考えた上で放棄している。違うかしら?」




