其の陸
「それで、玄。お前さんは俺に何を教えて欲しいんだ?」
改めてそう問われ、答えに窮する。言葉を組み立てる時間もなく、ただ浮かんだ言葉を口にした。
「僕は、弱いです。だから、強くなる術を教えてください」
漠然としていると思う。上手く伝わるとは思っていない。ただ、それ以外の言葉を玄は持たなかった。
だが、玄の予想に反して、宏緑はにやりと笑った。
「わかった。それじゃまずは、少し組み手をしてみるか」
言うが早いか、壁際に置かれていた木箱に突き刺さっていた木刀を投げて寄越す。受け取った玄から少し離れたところで、玄に渡したものよりも細身の木刀を構えた。右足を引いた、左前の半身。中段に置かれた切っ先から迸る気迫が、玄の呼吸すらも圧迫する。緑色の靄が、広がる。
「それじゃあ、始めるぞ」
頷きで返事をする。それくらいの行動すら、今の玄には重労働だった。
宏緑の体が沈みこむ。左手の木刀が位置を変えながら迫ってくる。体に染み付いた判断で、突進を避けて後ろに回りこんだ。
回りこんだ遠心力を乗せて、斬撃を加速させる。だが、遠慮も容赦もなく薙ぎ払った木刀は、硬い音と共に止まった。反動で、右腕に痺れが走る。気がつけば、目の前に木刀があった。
だが、玄や紫乃が目を見開いて硬直しているのは、そんな理由ではない。いや、それも理由といえばそうだが、それよりも、何よりも。
右腕というハンデを背負っているはずの宏緑が、玄の本気を軽々と止めた事が。
「……『なんで止められたんだ』」
内心を言い当てる言葉に、はっとする。いつの間にか体勢を元に戻していた宏緑は、そんな玄を見て人好きのする顔で笑った。
「図星だろ?」
頷く。その反応のどこがおかしいのか、宏緑の笑みは深まる一方だ。
「お前さんが負けた理由、わかるか?」
その問いかけに、首を傾げる。限りなく低い可能性の一つを、半信半疑どころか九割疑いながら口にした。
「……速度の問題、ですか?」
案の定、答えは否だった。
「いや、違う。お前さんが今俺に負け、この間琥珀に負けた理由は、速さでも、パワーでも、技量の問題でもないんだ」
立て続けの否定に、頭がこんがらがっていく。それ以外に何があるのかわからず、ぽかんと宏緑を見上げた。
玄の視線を笑みで受け止め、宏緑は言い放った。
「お前さんには、防御がない。その分お前さんはすぐに動けるがな、防がれない分相手も同じくらい早く動けるって事だ」
自分の行動を、思い返す。防御、つまり相手の攻撃をしっかりと防いだ記憶は、ほとんどなかった。どれも、回避したり、カウンターだったりと、攻撃に繋がる行動と一緒だ。
けれど、それは。
「……それは、そこまで致命的だとは思えないですが」
「それもそうだ。防御の事は一部に過ぎないからな」
反論を抑え、次の言葉を待つ。防御の件が一部だというのなら、全体は何なのか。それを教えてもらえる事を期待して。
「それで、お前さんが負けた原因の全てだが。前に言ったよな? お前さんの剣は、『殺すための剣』だって」
思い出されるのは、今年の四月。テロリストを壊滅させた後の帰り道で、宏緑が告げた、玄の本質を突く言葉。復讐だけを考えていた当時は、その言葉が正直鬱陶しくて仕方なかった事を覚えている。
今は、感謝しているが。
「ええ。覚えています」
その返事に、宏緑は頷く。手間が省けた、とでも言わんばかりだった。
「それなら話が早い。いいか? お前さんの剣は、まだ『殺すための剣』だ。お前さんの動きは、攻撃は、『相手を仕留める事』に最適化されすぎている。この意味、わかるか?」
脳みそをフル回転させる。だが、先程と同じように、明確な答えは生み出せなかった。
悩む玄の様子に、答えは出せないと判断したのだろう。宏緑は、質問を変えた。
「お前さん、敵の攻撃に反応するとき、まず何をしてる?」
反射的な行動を、思い返して一つ一つ言葉にしていく。その作業と同時に口に出しているせいか、回答は蛇口から漏れ出す水滴のようだ。
「……武器を振り上げる向きの確認と……敵の視線を確認して……踏み出した足から移動方向の予測……」
その答え全てに、宏緑は首を振る。
「違う違う。それら全部を総合して、何をしてる?」
そこまで言われれば、流石にわかる。
「……行動の、予測?」
「正解だ」
くしゃくしゃと頭を撫でられ、思わず視線が下がる。その反応などどこ吹く風、宏緑は続ける。
「お前さんの動きは、予測しやすい。防御を考えない分、相手を殺すために最適化されすぎている分、行動の幅が狭いんだ」
回避か、反撃かの二択よりも、防御を加えた三択の方が予測は難しい。それは確かにそうだ。単純な確率でも、五十パーセントが三十三パーセントに下がるのだから。行動が直線的であれば尚更。
「予測しやすければ、反応もしやすい。それを避けるために、お前さんはあの構えなんだろ?」
「え、ええ。まあ」
「そういうわけだから、お前さんの練習は当面防御だ。体に染み込むまで、ただ防御に徹する組み手がいいな。その後は、相手を殺さない攻撃の練習も」
防御のみの組み手とは、やりにくそうだ。何より、体に染み付いた癖を押し込めての行動は、どこかむず痒い鬱憤が溜まるだろう。
だが、不満を目一杯乗せた玄の視線を黙殺して、宏緑は紫乃へ声を掛けた。玄との話は終わりらしい。
周囲を見回すが、どの部員も既に相手を見つけて打ち合っている。今更どこかに割り込むのも気が引けて、玄は紫乃の話を見学する事にした。




