表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/155

其の弐

 ばたばたと、外が騒がしい。けたたましい足音に混じって、怒声のようなものも聞こえてくる。

 図書室にあるまじき喧騒に、玄と同じく本を読んでいた数人や、生真面目にノートに何かを書き込んでいた上級生などが顔を上げた。

 いつもの癖で紫乃の気配を確認する。普段なら、活性化した魔力と共に、玄の正面に位置する第一実技室に存在するはずなのだが――――。

 ――――ない。

 魔力はおろか、気配すらない。そもそも、第一実技室に人の気配が存在していなかった。

 嫌な予感に駆られて、本を乱暴に棚に戻す。極力音を立てないように廊下に飛び出したら、丁度向こうから走ってきた赤人にぶつかりかけた。

「……すいませ」

「神木! 丁度よかった!」

謝ろうとした言葉を遮られ、叫ばれる。その切羽詰った様子にただ事ではない雰囲気を感じ取り、玄は次を待った。

「三枝が、襲われてる!」

 その言葉が終わらないうちに、玄は凄まじい速さで玄関を目指していた。


 「このっ……離しなさい!」

二の腕を掴まれ、力の限り振り回す。だが、男女の差か、体格の差か、振り払う事もできない。

 唐突に襲われ、虚を突かれたのが痛い。反応できない紫乃は簡単に間合いに入られ、ここから巻き返すのも用意ではなくなってしまっている。どうやら紫乃を捉える事が目的らしく、魔法戦が展開できないのもまた、紫乃が追い詰められている一つの要因。

 それでも何とか体を捻り、自分が巻き込まれないよう角度を調整する暇もなく掌を向ける。

「『風弾呪(ふうだんじゅ)!』」

だが掌で生まれた風の球は、腕を捻られる事であらぬ方向に飛んでいってしまう。

 生憎とレイピアは校門でマネージャーに預けてしまった上、この炎天下体力を消耗していたところへの奇襲。校内にいて騒動が伝わるのが遅いのか、玄が来る兆しもない。

 絶望的だ。

 そんな、的確だからこそ残酷な戦況把握で生まれた隙を、見逃してくれるような相手ではない。

 一際強く腕が引かれ、足が地面を離れる。精一杯もがいた反動を逆に利用され、ハンマー投げのように、男たちが乗っていたバンに放り込まれた。必死の抵抗も虚しく、中で待機していた男が手際よく紫乃の自由を封じていく。

 「……ミストレス!」

不意に響いた声は、ドアが次々と閉まる音で掻き消される。

「神木ッ!」

叫んだ拍子に、開いた口へ布が押し当てられる。

 それ以降、紫乃が抵抗する事はなかった。


 車が発車するする寸前、くぐもった叫びが聞こえたような気がした。それは、玄の耳には紫乃が叫んだ助けを求める声のように聞こえて、胸の内が掻き乱されていく。

「すまない、神木。ぼくらがついていながら……」

「皆さんが無事で何よりです。警察と十塚様に連絡を」

早口にそれだけ言い終え、地面を全力で蹴る。左腰の刀と、それに重ねるように差した紫乃のレイピアが揺れる。長く伸びた髪がたなびくのに任せて、加速していく。すれ違う通行人が目を見開いてこちらを見ているが、そんなものは関係ない。

 走りながら携帯を手早く操作し、もしもの時のためのGPSを起動する。表示された光点を確認し、ほっとした。どうやら、携帯の電源は落とされていないようだ。これで、紫乃を見失う可能性は限りなく低くなった。だが、まだ安心できない。

 これ以上ないほど全力で疾駆していても、誘拐犯たちの乗る黒いバンのナンバープレートは徐々に遠ざかっていく。当然だ。常人を軽く凌駕するとはいえ、現在玄の身体能力は常人の魔力活性時に少し劣る程度なのだ。だが、こんな衆人環視の場で魔力を活性化させるのも躊躇われて、玄は徐々に小さくなっていくリアガラスに唇を噛んだ。

 〈おい! 見失ってしまうではないか! 何をしているのだ!〉

頭の中で、伊邪那美の叫び声が響く。

(GPSがあるから、完全にロストする事はないよ。大丈夫)

〈それでも、時間はかかるであろう!〉

返せる言葉を、玄は持たない。黙って、唇を噛む歯に力を込めるだけだ。

〈その数秒のせいで、あの者が死んだらどうするのだ! (ぬし)は、また誰かを喪うのだぞ! また誰かを死なせるというのか!?〉

それは、引き金だった。玄の激情を暴発させるだけの力を持った、感情のトリガー。

 ――――また、誰かを死なせる。

 その一言に、玄は横っ面を張り倒された気分だった。

(それだけは、嫌だ)

〈ならば、なんとかするのだ!〉

握り締めていた携帯を震える指で操作する。確実性を上げるために、足を止めた。

〈何故止まるのだ! 行ってしまうではないか!〉

子供のように喚く伊邪那美は無視して、暗号通信でメールを送る。宛先は、藍紫だ。

〈何をしておる! 急ぐのだ!〉

「……分かってる」

〈ならば何故足を止めておる! 今すぐに〉

(だから、力を貸して。伊邪那美)

身体の奥底で、ため息をつくような気配がした。

〈今更だの。好きなだけ使うがよい〉

同時に、体中にエネルギーが這い回るような不思議な感覚が広がる。今、玄の体表面には、手の甲から顎の辺り、そして足首の辺りまで黒い幾何学模様が広がっているはずだ。

 それこそが、神の力を宿す者の証なのだから。

 大きく息を吸う。閉じていた目を開けば奇異なものを見る目の通行人。既に黒のバンは影も形もない。

 GPSで居場所を確認する。少し先の交差点を右に曲がり、今は直線で五百メートルほどのところを進んでいる。

 大きく地を蹴れば、急激な加速感が体を包み込み、景色が斜め下へと流れた。

 塀を足場に隣の民家の屋根に飛び乗る。通行人があげた驚きの声を置き去りに、隣の屋根へ。飛び石のように屋根を伝い、道路を辿るよりも早くバンの元へと駆ける。高低差は跳躍で埋め、流れていく色とりどりの地面も視界の外。

 ただ、玄の中にあるのは一つだけ。


 一刻でも早く、紫乃の元へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ