其の陸
「やあッ!」
裂帛の気合と共に閃く右手。その延長線上にある刀身が動く。その全てを逸らされ、懐に潜り込まれる。
風切り音がしそうな勢いで右手の下に沈みこんだ玄が、体の捻りと足の力、腕の振りを最大限に乗せた必殺の速度で、刀を跳ね上げる。咄嗟にとった防御が裏目に出、レイピアごと両手が上がる。がら空きになった胴体に、左の掌底が突き刺さった。
「かはッ……」
鳩尾を強打され、掠れた呻き声が漏れ出す。余勢で吹き飛ばされ、受身も取れずに転がった。
「………どうする? まだ続ける?」
地面に倒れた紫乃を見下ろして、玄が尋ねる。その顔は、多少呼吸が乱れているものの微笑んでいた。
「……もち……」
自分の中で鎌首をもたげる意地を抑え込む。今は、そのときではない。今はまだ、紫乃は敵わないから。
自分が玄に敵わない。その事実が胸を締め付けるが、無視する。事実をしっかり認識し、互いの力量の差を認めるのもまた、素質だ。
大きく息を吐く。その一瞬で、紫乃の心は決まった。
よろよろと立ち上がり、玄と相対する。刀を握り直した玄とは正反対に、紫乃はレイピアを地面に下ろした。
「……降参よ。わたしはあなたに敵わないわ」
搾り出すように告げたその言葉を、玄は信じられないような目で見ていた。その失礼な態度に、思わず目が吊り上がる。
そんな紫乃の様子を見て、玄は慌てて首を振った。
「わかった。楽しかったよ」
「次は勝つわよ」
負け惜しみにも、玄は笑う。
「楽しみにしてる」
その大人な対応は綺麗に流して、紫乃は真っ直ぐに玄を見据えた。自然、背筋が伸びる。
「……勝ちなさいよ」
「……了解」
紫乃が蜂蜜色の髪を翻して、リングを降りていく。その寂しそうな後ろ姿から目を逸らし、反対側へと動かした。そこにいるのは、胡坐をかいて座っている、大刀を手にしたイケメン。一ノ瀬蒼次だ。
「終わったか?」
「ええ。お待たせしました」
「おう、じゃあ始めようぜ」
蒼次が立ち上がる。自然と体に力が入っていくのを感じる。うなじの辺りで、ピリピリと嫌な感じが蠢く。
紫乃の手前ああ言ったものの、勝てるかどうかは微妙なラインだ。蒼次の姿を改めて直視して、そう思う。けれどすぐに、そんな考えは振り払った。そんな後ろ向きな考えは、邪魔なだけ。今は目標だけを見据える。
「……勝つッ」
「やれるもんなら……なッ!」
言葉と共に地を蹴り、跳躍する。強化されている身体能力を活かしてかなりの高さまで上がり、その勢いを乗せて切り下ろした。
それを横に跳躍してかわした蒼次を追って、返す刀で振り上げる。ぶつかり合う刀身、散る火花。ギリギリと力を込め合いながら、至近距離で顔を突きつける。一メートルを越す刀身を持つ大刀だけに、重い。先ほどまで打ち合っていた紫乃とはまったく異なるその戦闘スタイルに、戸惑いが生まれる。
その一瞬の隙を突いて蒼次が力の限り振り下ろす刀。それを支える事を早々に諦め、突き出していた右足を引いてその切り下ろしをやり過ごし、左回し蹴りで顎を狙う。
体を引いてやり過される。素早く軸足を入れ替えて今度は右。着地を狙って跳ね上がった大刀を刀で抑えてバックステップ。距離を取り、相手の出方を窺う。
「やるなぁ」
「どうも」
突進からの平突き。弾かれる。余勢で一回転しての右薙ぎは蒼次の袈裟切り気味な薙ぎ払いと軌道がぶつかる。刀身を滑らせながら位置を交代し、視線を合わせた。
直後、互いの腕が閃く。金属同士がぶつかり合う時特有の甲高い衝撃音が連続で鳴り響き、空気を震わせる。
立ち位置を目まぐるしく入れ替え、回転し、飛び上がりながら自身が持てる全てを繰り出していく。右薙ぎは防がれ、跳躍しての切り下ろしは避けられる。お返しとばかりに振るわれる刀を最小限の動きで避け、がら空きの脇腹を狙った。
「健闘だったな。少し休め」
リングを降りた紫乃を出迎えたのは、保健委員による唯一の治癒魔術、『天陽』だった。体を包む白色の光が消えた後、声を掛けてきた黄衣の元へ赴く。
「完敗でしたよ」
「それでも、一年生で三位だ。快挙だぞ」
「それはそうでしょうが、一位がいますから」
「信じているのだな」
そう言われて始めて、紫乃は自分の中で玄が負ける可能性を微塵も考えていない事に気づいた。玄は勝つ。半ば確定のようにそう考えていた事に。
「……ガーディアンですから。腕は確かでしょう」
「それだけではない気がするのは、気のせいか?」
気まずくなって、目を逸らす。その仕草でこの話題を続けたくない紫乃の意思を汲み取ったのだろう。黄衣は紫乃の後方、リングへと視線を移した。
「ほら、よく見ておけ」
言われて、振り向く。リングの中心では、玄と蒼次が目まぐるしいほどに動き回って戦っていた。
玄の、一切の無駄を省いた舞踊のような身のこなしに対して、蒼次は隙を力でカバーする、荒々しい戦い方だ。その対照的なスタイルのぶつかり合いが、見るものを圧倒していた。
玄の長い黒髪が踊る。蒼次の整った顔は真剣そのものだ。息を切らしてなお笑顔は絶やさない玄は不気味に思えてしまう。
線の細い、中性的な姿が舞う。バランスの取れた長身が駆ける。
一際大きく、金属音が響いた。




