其の伍
特設リングの中央で、視認すら正確にはできないような戦闘が繰り広げられている。それを傍目に見ながら、茜は次の相手を探していた。先程、茜の二人目の相手が気絶したところなのだ。
茜の周りには、既に相手のいる人たちばかり。ルール上はそこに乱入しても問題ないはずだが、二人からの総攻撃を食らって脱落となるのは、先輩たちが証明している。それは避けたい。
リング上全てに意識を広げ、その上で起きている全てを知覚していく。
左横で一組。四年生と二年生。二年の一撃が入るが、有効にはならない。
正面に一組。紫乃と玄。今は束の間の膠着だ。
そして、右横で手持ち無沙汰に紫乃たちの戦いを眺めている蒼次。
残り六人。脱落者は二年が二人、三年が三人、四年が一人だ。
その計算を一瞬で終えた茜は、それと同時に次の相手に近づいていく。その相手はもちろん、そちらも相手のいなさそうな蒼次だ。
その足音に気づいたわけでもないだろうが、蒼次が不意に茜へと目をやる。視線が合い、蒼次は納得したように笑った。
「お前も一人か?」
「ええ。お手合わせ願います」
「おう、遠慮なく来い!」
言うが早いか、蒼次は既に黄色い光を纏っていた大刀を構える。
その大刀を一言で言うなら、『長い』だろうか。刃渡りは一メートルに届くだろう。かの佐々木小次郎が使っていたような、『物干し竿』とでも言うべき刀。とは言え、比較的長身である蒼次が扱っているため、そこまで長くは見えないが。
「『焔槍呪』」
開幕の挨拶だ。威力は基礎攻撃呪文で最高だが、軌道が直線ゆえに避けられやすい、一長一短の呪文。
それを、蒼次はセオリー通りサイドステップで避け、一直線に距離を詰めてくる。その驚異的な速度に、茜は怯んだ。そのせいで、対応が遅れる。
「『焔弾呪』!」
バスケットボール大まで魔力を込めた火球を射出する。対応の遅れが吉と出たか、それは目前まで肉薄していた蒼次への牽制として、一度下がらせるほどの戦果を挙げた。
「『雷龍呪』!」
着地の隙を狙った追撃。それを、蒼次は最低限の重心移動だけで避けて見せた。紙一重なその動作で、服の裾が焦げるのも構わずに。
再びの突進。大上段に振り被ったその大刀が、煌く。刃引きが成されているとは言え、金属の残虐な煌めきは本物と大差ない。
けれど、二度目ともなれば怯む事はない。落ち着いて、今度は防御魔術を展開する。
「『暗黒結界呪』」
伸ばした右手の先に生まれるのは、黒色の透明な結界。それを通して、迫り来る蒼次の端整な表情を見る。笑みを消した真剣な表情は、あまり見た事のない顔で。
蒼次が大刀を振り被る。袈裟懸けに振り下ろされたそれは、結界に衝突し、派手な衝撃音と共に切り裂いた。咄嗟に跳び退った茜の右足を、剣先が掠める。
いくら、魔法攻撃力が底上げされているとはいえ、尋常ではない攻撃力。その威力に、戦慄が走る。
このまま基礎魔術で攻防を続けても、押し込まれるのは目に見えている。
だとすれば、どうするべきか。
答えなど、決まっている。
バックステップを重ね、飛び跳ねるようにして距離を取りつつ、口を開く。追ってくるその姿を見据え、できる限り早口で紡ぐ。
「古来より永きに渡りて世を治めたる八百万の神々が一柱、『建御雷神』よ。我が魂を贄とし、その力の一片を我が力として貸し与え給え――――」
実力では絶対に叶わない。たった一撃でそう悟らせるほど圧倒的な蒼次を打ち破るための、最後の手段を。
「――――『神雷』」
雷系統固有魔術。全ての攻撃魔術の中で最強の攻撃力を誇る、文字通り神のごとき雷。
伸ばした両手の延長線上、迫り来る蒼次の上空に、魔術陣が出来上がる。茜の両手の先にも、同じ模様。手元を起点としない魔術特有の現象だ。
その二つの魔方陣の周囲に、スパークが散る。
茜の手元に現れた魔方陣を見とめた蒼次が目を見開き、対になる魔方陣を探す。その目が上空の魔方陣を探し当てたとき、迸るスパークの嵐の中で、一際大きく瞬いた。
地を揺るがすような爆音が響き、『光弾呪』にも負けない閃光が目を刺す。蒼次を六人は巻き込めるであろう大きさの雷が、リングの端で轟いた。
「……や……った……?」
そう呟いた次の瞬間、茜の体はリングの外を飛んでいた。
「……え?」
「まさか固有魔術まで撃つとは、流石に危なかったぜ。けど、まだまだだったな」
急激に加速した蒼次が、落雷の瞬間、閃光に紛れて背後に移動していたと悟ったのは、保健委員に抱きとめられた後だった。




