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其の肆

 「……それでは、これより決勝戦、バトルロワイヤルを開始します。各出場者は特設ステージへ上がってください」

グラウンドのほとんど全面を使って作られた、特設のリング。地面から三十センチほど高くなったそこに、飛び乗る。

 開けた視界を見回し、各辺三人ずつ並んだ正方形のリング、その全景を見渡す。

 玄は対角線上、茜は玄の隣。その他、総戦術部で見慣れた先輩が二人と、蒼次もいる。だが、それ以外は知らない顔だった。

 一番近いのは、ジャージの色からして二年生。大体の人間が同じ事を考えているらしく、一番近い人間と視線を合わせ、火花を散らしている。紫乃が見据えた二年生も同じだった。

「抜刀」

全員の武器が、音高く鞘から抜かれる。茜も護身用か、大振りのナイフを取り出していた。

「構え!」

リングの傍で、少し高い台に乗った審判が叫ぶ。

「試合……開始!」

全員が、思い思いに武装呪を展開する。赤、黄、緑、橙、濃紺、青。様々な色を纏った様々な武器が、掲げられていく。

 その中にあって、ただ二人、イレギュラーがいた。その二人は武装呪を展開する前に駆け出し、片方は道すがら展開。もう片方は展開しないまま、視線を交わした相手に斬りかかっていく。

 言わずもがな、紫乃と玄だ。武装呪が展開されるまでの一拍。その一拍を惜しむかのような行動に、リングの周囲や校舎のベランダから観戦していた生徒や、教師までもがどよめく。

 そして、たった一拍の早さは、戦闘に置いてこれ以上ないアドバンテージとなる。

 紫乃が最初の相手とした二年生は、肉薄する紫乃に驚き、けれどすぐに顔を引き締めた。その辺りの反応は、さすがに決勝戦まで来ただけあるということだろうか。

 挨拶代わりに三発、連続で突きこむ。狙いは胴体。リングの縁に近い今なら、リングアウトで脱落にできる可能性が高い。

 けれど、それほど甘くはなかった。

「ッ!」

声にならない気迫と共に、二発はステップで、一発は武器で防御される。三発とも通らなかった事にひそかな驚きを感じながら、一度距離を取る。

「……まさか、いきなり突っ込んでくるとはね」

その呟きには肩を竦めるだけで返答とし、レイピアを胸の前まで持ってくる。慣れ親しんだ右前の半身。自分の中で、血流が最低限まで落とされていくのがわかる。頭が冷え、視界が広くなっていく。周囲で響き出した剣戟の音と気迫の叫びが、遠くなっていく。

「ヤァッ!」

一閃。ほとんど同時に距離を詰めた互いの武器が、空中で交差する。紫乃の捻りを加えた刺突と、二年生の体重を乗せた袈裟切り。金属と金属がぶつかり合う悲鳴が、周囲の空間に満ちる。

 即座にレイピアを引き戻してバックステップ。支えを失ってバランスを崩した二年生のがら空きの右肩目がけてもう一度体重を乗せた突きを放つ。不可避のそれは吸い込まれるように関節を殴り、二年生はたたらを踏んだ。

「『焔弾呪』!」

相手の体勢が崩れているのならば、追い討ちを掛けるのが道理。紫乃の左掌から生まれたハンドボール大の火球が射出され、二年生にぶつかる寸前で爆発する。

「ああッ!?」

防御魔術を諦め、大きく横に跳んでいた二年生の体が爆風に煽られ、そのままリングの外へと飛ばされていく。保健委員に抱きとめられる二年生を一瞥し、リング内に視線を移した。

 現状、残っているのは五人だ。三人が脱落。現在相手のいない人間は、紫乃、玄、そして蒼次。紫乃と同様に相手をリングの外へ吹き飛ばしたらしい玄が視線を上げ、紫乃を見た。

 刹那、視線が交わる。それだけの意思疎通で、紫乃は全てを理解する。

 足に力を込める。地面を滑るような疾駆でリングの中央までを風のように駆け抜ける。玄直伝の体捌き。玄もまた、対角線上を同じように駆けていた。

 そんな紫乃たちを、口元だけの笑みで見ていた蒼次は、他に相手を見つけたらしく二人には近づかずにどこかへ消えた。だが、紫乃は既にそんなものを見てはいない。

 眼前に迫った玄を、速度と体重を乗せた渾身の突きで出迎える。二年生を相手にしたときとは桁違いに速く、そして重い刺突。互いの速度が重なり凄まじい勢いで接近しているこの状況で、最も防御の難しい突きは凶悪なまでの攻撃になる。

 玄もまた、同じような思考に至ったらしい。右手を引き絞り、緩く弧を描く刀身を水平に突き出してくる。

 互いが打ち出した必殺の突きは、刀身同士が擦れあう事で軌道を逸らしあい、肩に火傷を作りだす。勢いを殺さぬまますれ違った二人は、互いに横目で視線を合わせながら、位置を交代した。

 靴が地面を滑る。その勢いすらも利用しながら振り返り、五メートルほどの距離で静止する。頬の火傷に手を当て、何でもないと擦ってみせる。

 玄はといえば、いつも通りの微笑のまま、あの無気力な構えを取っていた。それに応えるように、紫乃は体に染み付いた構えを取る。右手を胸の前で引き絞る、右前の半身。

 「……手加減無用よ。本気で来なさい」

「『奥の手』だけは、ここで使いたくないから勘弁してね」

「ええ」

短い会話。降りる沈黙。自分の鼓動だけが聴覚を支配していく。玄の姿が引き伸ばされる。その動きが、スローモーションのように映った。

 玄の右脚が微かに上がる。左足が地を蹴る。右脚が地面を捉える。蹴る。

 その一連の動作を見た時点で、紫乃は大きく左足を引き、右足で地面を蹴っていた。

 一瞬前まで紫乃がいた空間を、玄の刀が切り裂く。それを避けた紫乃は回転の勢いで右腕を引き絞り、レイピアを打ち出す。正確な照準と速度。全てをつぎ込んだ突きは狙い違わず玄の右腕に吸い込まれ――――空を切った。

 一切の無駄を省いた回避。右側に回りこんできた玄を追って、レイピアで薙ぐ。金属同士がぶつかる甲高い音。余勢で距離を取り、左手を突き出す。

「『焔槍呪(えんそうじゅ)』!」

火焔の槍が射出され、玄の胸を貫くために飛んでいく。魔術攻撃は玄相手には卑怯かも知れないが、直接戦闘術で紫乃が玄に敵うはずも無いのだ。これはハンデとして判断してもいいだろう。

 言い訳を思い浮かべつつ、火焔の槍を追って地を滑る。

 不意に、槍の向こう側から人影が飛び出した。その人影は長い黒髪を広げて舞うように一回転し、器用に槍を避ける。その勢いで、肉薄していた紫乃目がけて斬りかかってきた。

 横薙ぎに切り払うその白刃を防ぐためにレイピアを縦に構え、その刀身に左手を添える。次いで訪れた衝撃は、勢いを殺すためのバックステップすらも吹き飛ばす威力だった。

 自身の意思で跳んだとは言え、数倍の勢いになったそれを制御するのは至難の業。どうにか膝を突いたとき、玄は既に目の前だった。

「『爆焔反照呪(ばくえんはんしょうじゅ)』!」

咄嗟に防御魔術を展開する。燃え盛る焔の結界を前に、玄は急激なバックステップで飛び退った。紫乃の肌を、熱気が焦がす。この焔は攻撃魔術と違って人体に影響がある類ではないとは言え、それでも熱さは感じる。その熱さが、紫乃の危機管理レベルを上昇させていく。

 立ち上がって深呼吸し、焔の向こう側で刀をぶら下げる玄と視線を合わせる。悔しい事に、その表情から余裕は消えていない。

 けれど、だからこそやりがいがあるというもの。

 右手のレイピアを握り直す。じっとりと湿った掌から伝わる、布の感触を確かめる。

――――大丈夫。まだ、やれる。

 胸中で呟きながら、結界を消し去る。地面を捉えた足で強く蹴り出し、体が加速していく。玄の姿が大きくなって、その右腕が、跳ね上がる。

 凄まじい速度の斬撃にレイピアの刀身を交差させ、その反動で跳躍。刀身を使ってのバク転だが、もちろんそれだけで済むはずもない。

 紫乃を追って上を向いた玄の顔に、突きを叩き込む。落下速度と体重を乗せた、尋常ではない重さの一撃。それを横に飛ぶことで回避させ、着地する。

 地に足をつけた紫乃と、玄の視線が絡まる。

 同時に、地を蹴った。

 突きが逸らされる。お返しとばかりに突進し、突きこまれた刀を半身で避けてやり過ごして振り向きざまの一撃。それをいなしながら横薙ぎに払われる刃をスライディングで掻い潜り、ステップで追撃を避ける。

 攻撃、防御、反撃、回避。互いにとって二拍子であり、総合すると四拍子のその舞踏のような攻防は続き、互いに細かな傷を負いながら、決定的な一撃には至らない。

 玄の袈裟斬りを避けたバックステップが甘く、体の前面を浅く擦られる。

 紫乃の突きを逸らしきれず、左肩を掠める。

目まぐるしく位置を入れ替え、果ては武器を持つ手すらも入れ替えながら、相手目がけて様々な攻撃を繰り出していく。

 突き、薙ぎ、切り下ろし、切り上げ。逸らし、いなし、避け、防ぐ。

 周囲の喧騒など聞こえない。剣戟の音は自分たちが奏でるものだけ。足音も、風を切る音も。自分たちだけが存在する世界。玄の一挙一動を読み取り、それに反応し、そして反撃するためだけに脳が動く。

 足払いを跳躍で避け、落下速度を乗せて突く。突き出した右腕を掴まれ、大きく振り回された。

「ッ!」

空中で懸命に体を捻り、左手を地面に突く。滑らかとは言えない地面に付いた左手に痛みが走るが、頭から締め出す。

 左手で勢いを殺し、両足を地面に下ろす。

 肉薄しているであろう玄に備えて防御姿勢を取ったところで、視界に玄の姿がない事に気がついた。

 刹那、思考が停止する。思考が止まれば動きが止まり、動きが止まれば隙が生まれる。

 上から響く風切り音を捉えたのは、その一瞬後だった。

 それが何かを確認する暇すらない。反射的に横に跳んだ。着地すらまともにできず、地面を転がる。

 けれど、間に合った。

 一瞬前まで紫乃が立っていた空間は、上空から降ってきた玄によって切り裂かれていた。

 着地姿勢から立ち上がった玄と、転がった姿勢から飛び起きた紫乃の視線が、またしても交錯する。

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