其の参
「それでは、第一学年、総合戦闘術の部決勝を執り行います。双方、前へ!」
宣言と共に、リング内へ踏み込む。相手は男子だ。短く刈り上げた髪に炯々と光る目。紫乃の所属する総合戦闘術部で見たことがある。確か名前は、猪狩だったか。
「構え!」
だが今はそんな事はいい。重要なのは、相手の動きと、構えられた刀の行き先だけだ。
足に力を溜める。今紫乃は、右手を胸の前で引き絞った突きの構え。対して、猪狩は下段に刀を下げた受身の構えだ。突進していけば思う壺だろう。紫乃とて、速度が身の上のフェンサーである以上そこに自信はあるが、待ち構えた相手に突っ込んでは勝算も何もない。
だからこそ、前提を崩す。
『総合戦闘術は武装呪による近接戦を重視する』という前提を。
「初め!」
「『雷槍呪』!」
紫乃の左掌から生まれた雷の槍が、武装呪を展開していた猪狩目がけて飛んでいく。それを避けて大きく横に跳んだ先に、待ち構える剣尖。
一撃、二撃、三撃。右、中心、左。目にも留まらぬ三連撃が、猪狩の右肩、喉下、左肩を叩く。それを叩き込んだ当人は、既にバックステップで間合いの外。開幕の挨拶代わりの軽攻撃は、当然の如く『明確なダメージを与えられる攻撃』とは判定されず、試合は続行だ。
「『風装呪』」
ここでようやく武装呪を展開。右手のレイピアが軽くなり、緑色の光を帯びる。
そして、猪狩もまた体勢を立て直していた。武装呪を展開したのか、刀が赤い光を帯びている。
そう、ここまでは開幕の挨拶代わりなのだ。
「カアッ!」
一瞬の気合と共に間合いを詰めてくる。三メートルほどの距離を一足飛びに詰めた刀が、紫乃の頭上に迫る。
必殺の威力を込めた大上段からの唐竹は、しかし空を切り、地面を殴った。
蜂蜜色の髪が靡く。すれ違うように前へ出た紫乃が振り返りざま、一撃。すぐさま引き戻して二撃。三、四、五。突きの合間に斬撃も交え、猛然と凄まじいまでの速さで連撃を仕掛けていく。右、左、上、下。肩かと思えば喉を。脇腹を、腿を。だが、レイピアの短所か、どれも『明確なダメージ』は与えられていない。もちろん、このまま直撃が続けば、『蓄積ダメージ』と判定され勝利できる。
けれど、このまま猪狩が黙ってそれを受けてくれるはずもない。これ以上ないほど集中力を研ぎ澄まし、目まぐるしく動く目が霞むほどに加速したレイピアの切っ先を追う。
猛攻が少しずつ凌がれ始め、手応えが少なくなっていく。本来ならば一度距離を取り、魔術による流れの変化を狙う局面。
けれど、紫乃は笑った。獰猛に、そして美しく。
わざと大きく腕を引き、渾身の突きを予告する。視線は鳩尾に固定。一瞬の溜めを経て、紛う事なく全力の刺突を放つ。
唸りを上げて鳩尾に吸い込まれたレイピアの刀身に、横から刀が叩きつけられる。
瞬間、右手の力を抜いた。
当然の如くレイピアは紫乃の右手を離れ、宙を舞う。観客も、審判も、猪狩でさえもそのきらめきを目で追う。
そんな隙を、紫乃が逃すはずがなかった。猪狩は今、これ以上ないほど油断しているのだから。勝利を確信し、その先の栄光を見据えて。
突き出した右手を左手が追う。猪狩に飛びつくような体勢で懐に飛び込み、その顔の正面で、強く手を叩いた。
空気が破裂するような快音。狙い済ましたその一突きはレイピアよりも鋭く猪狩の意識の隙間を貫く。
間近に迫った猪狩の瞳から生気が消え、動きが止まる。振り抜いた刀が返ってくる事もない。その一瞬は、紫乃にとって最高の獲物。
潜り込んだ懐を掴み、足も使って地面に引き摺り倒す。短く呻いた猪狩の顔面に、右の掌を突きつける。
「『焔弾呪』」
掌に火球が生まれ、猪狩の鼻先を炙る。その熱さに耐えかねた猪狩が叫ぶまで、数秒かからなかった。
「こ、降参だ!」
沈黙する第一実習室。その帳を、紫乃の一瞥で我に返ったらしい審判が裂いた。
「勝負あり! 勝者、白、三枝紫乃!」
一拍遅れて、歓声が響いた。
誰もいないリングに一礼して、白線の外に出る。待ち構えていたのは黄衣だった。
「……見事だった。あれが、『奥の手』か?」
その問いは、微妙な返答で濁す。
「ええまあ。その一つです」
その返答にも、黄衣は何も言わない。濁した事をわかっていて、追求する気はないらしい。
「しかし、猫騙しというにはあの硬直はおかしい。どういう原理なのかくらいは教えてもらえるのだろう?」
それに答えたのは、紫乃ではなかった。
「戦闘中という極限の緊張状態、もしくは油断による神経の緩み。緊張ならばその張り詰めた糸を、油断であれば意識の隙を、音の剣で貫く。そんなイメージですよ」
背後から響いてきたのは、聞き慣れた玄の声。どうやら、直接戦闘術の部は終わっていたらしい。
「集中している時やぼんやりしている時に傍で大声を出されたら、普段以上にびっくりするでしょう? それと同じような原理です」
「ふむ、詳しいな、神木」
「元々僕が教えた技ですから」
納得したようなしていないような、どっちつかずな表情を浮かべて考え込む黄衣。話は終わったと判断し、玄に向き直る。
「神木、わたしは決勝バトルロワイヤルに出られるわよ。あなたはどうなの」
「僕も、決勝進出は決定したよ。後は桜井さんだけだけど」
「あたしも勝ったよ!」
向き直った紫乃の背後、つまり黄衣の方から意気揚々とした声が響く。丁度入口から入ってきたところらしい茜の学校指定ジャージは、ところどころ真新しい。魔術によって修繕されたのだろう。つまり、それだけ激戦だったということ。
「お疲れ様、茜。これで約束は果たしたわね」
「うん。じゃあ、決勝でね」
不敵な笑みを浮かべ、頷く。いつも通り横に並んだ玄は普段どおりの微笑でその奥を読ませないが、笑みが深い。
「負けないわよ」
「あたしも、そのつもり」




