其の弐
「第十三試合を開始します。赤、三枝紫乃さん、白、佐山勇作さん。黒線まで進んで下さい」
入学式の日、玄が赤人との模擬戦で使用した第五実習室よりも広く、ギャラリーのためのスペースも広く取られた第一実習室。ここが、紫乃の初戦の舞台だ。今頃、体育館では玄が出場する直接戦闘術の部が、その隣の魔道館では茜が出場する術式戦闘術の部が、それぞれ行われているだろう。
「構え!」
審判の声で我に返り、雑念を振り払う。今は、目の前の試合に集中だ。なんと言っても、決勝戦での試合を約束したのだから。
深呼吸を一つ。相手の姿を見据え、その構えから初動を予測する。相手の武器は何の変哲もない打刀だ。構えは中段。視線は紫乃の右腕を注視している。おそらく、紫乃の初動を待ってのカウンター狙いだろう。先手を取らせるカウンターを最初から狙うとは、よっぽどの自信があるのだろう。
ならば、その狙いから覆すまで。
「初め!」
「風装呪」
呟きながら、武装呪の発動を待たずして踏み込む。一歩、二歩、三歩。四歩目で右手の相棒が羽のように軽くなり、武装呪が発動した事を知る。
そのときにはもう、相手の姿は目の前だった。
「ッ! ああ!」
自棄気味に、刃引きのなされた白刃が跳ね上がる。それは紫乃の間合いよりも少しだけ長く、照準も紫乃の腹部にぴったりだった。
だが、遅い。
玄の絶技を間近で見、せめてもと体捌きの技術の指南を乞うている紫乃から見れば、それは蝿が止まるような速度だ。
刀の軌道へと強引にレイピアを割り込ませ、その余勢で一回転。大きく広げられた左足が、相手の肩を捉えた。
「ガッ!」
直撃に怯んだ時点で、相手の勝利は潰えている。
「降参してもらえるかしら?」
喉元に突きつけられた細身の刀身を悔しそうに睨みつけながら、相手は食いしばった歯の奥から搾り出した。
「……降参」
刀を持つ右手から、意図して力を抜く。それは構えであり、挑発だ。玄が現在対峙している対戦相手への。
「初めっ!」
審判役の教師が放った一言と同時に、相手が動く。
「えぇぇぁぁぁ!」
裂帛の気合と共に突進してくる。引き絞った腕が握る得物は槍。この大会の例に漏れず刃引きが成された訓練用のものだが、それとて当たれば怪我は当たり前。
とはいえ、前時代的な倫理観など持ち合わせた人間はおそらくこの国にいるはずもなく。玄もまた、当然として穂先の向こう側を見据えた。
相手の視線は玄の鳩尾。一気に勝負を決める腹積もりのようだ。
とは言え遅い。
突き出された穂先を危なげない動作で避け、一息に距離を詰める。薙ぎ払われた槍を跳躍、相手の懐に躍り出る。
目を剥いた相手のバックステップを追って地を滑る。引き戻されていく穂先と並んで距離を詰め、左手を突き出した。
掌底が相手の鳩尾に吸い込まれる。反作用で腕を走る、肉を叩く感覚。相手の口から飛び出した唾液を避けてバックステップ。玄の着地と同時に、相手も膝をつく。
「勝負あり! 勝者、白、神木玄!」
形式上抜いたが、使わなかった刀を納める。黒線に戻った相手に一礼し、白線で区切られたリングから出た。
「遊びすぎだ」
「流石、慧眼ですね」
「茶化すんじゃない」
背後から掛けられた声にも、驚かない。直接関係のないテロ組織殲滅作戦にまで同行した人が、自分が担当するクラスの生徒の試合を見ていないはずがないのだ。
肩越しに振り向いた玄の視線の先には、厳しい顔の宏緑。近くに黄衣は見えないから、そちらは総合戦闘術の方に顔を出しているのだろう。
「……別に、相手を見下しての事じゃないですよ」
「それくらいはわかってる。けどな、本気を出してないのは明白だろ?」
「僕はこんな人間ですからね、本気で戦闘なんかしたら、死人が出ますよ」
視線が下を向くのがわかる。声に翳りが出たのも、無意識のうちだった。
それを感じ取ったのか、宏緑がため息をつく。
「次を勝てば準決勝だろう? そろそろ気を引き締めないと、足元すくわれるぞ」
「肝に銘じておきますよ」
今度こそ、自然に笑えただろうか。
大きく息を吸い、吐く。掌を濡らす汗をジャージのズボンで拭い、茜は毅然と顔を上げた。
白線で四角く区切られたリングの向こうには、対戦相手の姿。互いに手ぶら。徒手空拳ではない。純粋に魔法のみで行う戦闘だ。
「双方、前へ」
黒線まで進み、もう一度深く呼吸する。相手を見据える。初動は攻撃か、防御か。
否、そんな思考は無意味だ。いくら考えたところで、推測でしかない。仮説にすらなれない予想は、判断を鈍らせるだけの邪魔者だ。
自身を勝利まで導くルートを思い描く。相手の回避行動までもを織り込んで、勝利への道筋を立てていく。幸い、理論は得意だ。俗に言う運動神経は皆無だが、魔力の保有量と濃度では負けない自信もある。
「構え!」
右手を伸ばす。掌を広げ、相手に照準を合わせるように。相手の右掌もまた、茜を捕らえている。
「初め!」
「『雷槍呪』!」
「『暗黒反照呪』!」
敵の初動は、攻撃だった。それにあわせて、一拍遅れて防御魔術を発動する。光系統と並んで、防御に適した闇系統の『反照呪』。
相手の手を離れた雷の槍が、茜の展開した黒く透明な結界を直撃する。スパークを散らす雷の槍が闇に飲み込まれ、術者を襲う暗黒の衝撃波となって結界を砕きながら飛びだす。
刹那。
「『閃光捕縛呪!』
完璧なタイミングで阻害魔術を発動。茜の足元から生まれた光の鎖が蛇のように地面を走り、相手の四肢に絡みつく。相手はそれに怯み、防御魔術の展開が遅れた。
その一瞬が、命取りになる。
衝撃波が相手を直撃し、その華奢な体をリングの外まで吹き飛ばす。待機していた保健委員が抱きとめ、外傷の有無を確認。衝撃でふらつく相手に肩を貸し、黒線まで付き添う。
「勝負あり! 勝者、白、桜井茜!」
一礼し、リングを出た。




