其の弐拾壱
通信機が破壊された事で生まれたノイズに、鹿山牡丹は思わず顔をしかめる。役に立たなくなったインカムを頭から外し、大きくため息をついた。
計算外だ。そう胸中で吐き捨てる。
本来であれば、軍の小隊程度に負けるような戦闘員たちではない。最終的に数で押される事はあろうが、そんなものは無意味な仮定だ。現状、全員の撤退くらいは容易いはずだったのが事実。
なのに、インカムから漏れ出す音はノイズだけ。
紛う事無く、失敗だ。
そもそも作戦の趣旨であった襲撃も失敗している。注ぎ込んだ総勢四十名はグローリア東日本支部にとって手痛い支出。何らかの形を持って責任を取らねばなるまい。
あれほどまでに素早い対応。緻密な連携と高度な攻撃。そして、妨害工作を行ったにも関わらずたった四人でテロリスト三十名を壊滅させる教師と生徒。どれをとっても計算外だ。しかし、『想定外だった』は言い訳にならない。『ここ』はそういう世界だ。
「あーあー。やっちまったな」
唐突に背後から掛けられた声を聞いても、牡丹は驚かない。数分前からそこにいる事は把握済みだった。
「あのような化け物がいるなんて情報はありませんでしたが」
「おいおい、アタシのミスだってか? まー否定はしねーがよ。だからここにいるわけだし」
「自分も責任を取るつもりで?」
「おー」
短く返事をした人影、瑞科瑠璃には何も言わず、椅子から立ち上がって踵を返す。
「……しっかし、『死神』ね。報告するんか?」
「ええ。当たり前です」
にべもない返事に、瑠璃は肩を竦めた。
「相変わらずだな」
「全ては我が君のためです」
まるで機械のように躊躇いがない返答に、今度こそ瑠璃は小さく吹き出す。その様子を冷たく見下ろしていた牡丹を、瑠璃が見上げる。
「そんなもの、結局はアタシら全員そうだっての」
その答えにも、牡丹は反応しない。ただ、栗色のショートヘアを小さく揺らして頷いただけだ。
「それにしたって、『死神』とやらの実態がもー少し掴めねーと、報告しよーにもな」
問題はそこだ。情報が致命的に足りない。構成員の情報漏洩を危惧してカメラの類を全て破壊した事が今更になって悔やまれる。
しかし、そんな事をしても時間の無駄だ。いつだって、与えられた手札で勝負するしかないのだから。
――――――魂に刻め、死神の名を。
「……声色からしておそらく少年でしょう。ただ、少々気がかりな事が」
「あー、被さって聞こえた女か」
「ええ」
瑠璃にも聞こえていたとなれば、牡丹の利き間違いではない。少年のような、少し高めの男声に混じって聞こえた、アルトの女声。胸の奥を締め付けるような懐かしさと、魂を切り刻むような罪悪感をもたらしたあの声は、おそらくただの声ではないだろう。
「その辺も、雷様か白衣に聞けばわかんだろ」
「そう思う事にしましょう」
「あんま悩むと禿げんぞ」
欠伸をした瑠璃の、整える気がないぼさぼさな髪に目をやる。無感動な声音に一つまみの呆れを載せ、告げた。
「自分が禿げるよりも貴方が禿げる方が早そうですが」
その返答は予想外だったのか、瑠璃は大欠伸の途中だというのに不思議な声を上げた。
「んぬぁ……ま、アンタはしっかり手入れしてるみてーだからな」
「ええ。全ては我が君のために」
その返答に、瑠璃は肩を大げさに竦めて見せた。
「アンタは奴にベッタリだな」
「全てを失った自分に手を差し伸べてくれたのは彼だけでした。だからこそ、その恩に報いるべく自分は彼に全てを捧げるのです」
「『自分と言う人間が持ちうる全てを』だったけか?」
「ええ」
自分を見上げ、台詞の後を継いだ瑠璃を見下ろす。百七十センチ近くある牡丹が百五十センチと少しの瑠璃を見ようとすれば、必然的に見下ろさざるをえない。けれど、無感情、無表情な牡丹がそれをすれば、怯まれるのも必然だった。
「そんなこえー顔すんなって。別にバカにはしてねーよ」
「そんなつもりはありませんが」
機械的な返答に、瑠璃がため息をつく。
「アンタ、もう少し笑ったらどーだ? せめて『我が君』の前でくれーさあ」
「……善処します」
廊下に響く声が遠くなっていく。それはすぐに、反響で意味を成さなくなっていった。




