其の拾漆
テロリストたちが陣取っていたのは、紫乃たちのいた入口広場から魔法が貫いた通路を抜けた先の、太い通路だった。人が三人は並べるだろうか。所々に転がっている大きな荷物と割れた窓が、栄枯盛衰を感じさせる、そんな場所。
けれど、感傷に浸る暇などない。
「この先の部屋に複数の魔力がある。たぶんそこが中心だね」
すぐ隣にいるせいで二重になって聞こえてくる玄の声が指し示した通り、この通路の先、T字路を右に曲がった先の部屋に十五人ほどの魔力が固まっている。
だからと言って、この通路を駆け抜けてその部屋に殴り込めばいいかと言えばそうではないのだが。
「まずは、あの角の三人でしょう」
「そうだね。何とかしないと」
さっきのように魔力切れを待つわけにはいかない。彼らが黙って撃ち続けてくれる可能性よりも、仲間を呼びにいく、または仲間が気づく可能性の方が大きい。
「一撃で決めるのが望ましいわね」
「うん。できれば遠距離魔法無しで、暗殺みたいな形になれるといいんだけど」
改めて、テロリストたちのほうを見やる。紫乃たちのいる場所からテロリストまでの距離は、直線で約七十メートルというところか。
「この距離なら何秒?」
「障害物があるから、五秒くらいかな」
どれだけ鈍い人間でも、大声くらいは出せる時間だ。反応が早ければ魔法の一つでも撃たれるだろう。それではまずい。
そこで、紫乃は思い当たった。
「あなた、魔力がないわけじゃないんでしょう?」
唐突な問いに、玄はきょとんとした顔をしてみせる。けれど、すぐに紫乃の意図に思い当たったのか、こくりと頷いた。
「だったら、活性化させなさい。あなたの身体能力を更に強化すれば、三秒もかからず斬れるでしょう」
「わかった」
承諾した玄が、目を閉じる。わざわざそんな真似をする必要はないはずだが、普通ではない玄の事だ、何かしらの理由があるのだろう。
「……久し振りに、やるよ」
誰にともなく零れ落ちた呟きの後、目が開かれる。
突如として、周囲が夜になった。
本当に日が落ちたわけではない。玄の体から噴き出した余剰魔力が、紫乃の視界を覆っただけだ。けれど、紫乃はただそれだけの事にパニックを起こしそうになった。
制御を取り戻したらしい玄が、余剰魔力を自身の体に纏う。
それは、闇。光すらも吸収し、暴力的なまでに美しい黒。一切の不純物がないそれは、靄というよりも影だった。触れれば吸い込まれてしまいそうなほどに濃い、影。
「……あなた……何よ、それ……」
「僕の魔力だよ。不思議でしょ?」
何が不思議かなんて、言われなくてもわかる。この魔力量、そして濃度。紫乃を凌ぐほどだ。これほどの魔力があって、何故魔法が使えないのか。
「色々聞きたい事もあるだろうけど、後でね」
先程と変わらぬ微笑みで諭され、渋々頷いた。
「……せっかく魔力も解放したし、『アレ』使った方が安全だよね」
またしても、得体の知れない呟き。この場には紫乃以外いないはずなのに、誰かと会話しているかのような間があった。
「ミストレス」
疑問で頭がふさがった紫乃に、玄の真剣な視線が突き刺さる。
「今から見せるものは、口外しないで欲しい」
「どの程度までかによるわね」
混乱した頭でも、三枝家の一人娘として染み付いた感覚が、玄の真意を探ろうとする。
「当主様と奥様、それと孤児院の先生は知ってるから、それ以外には話さないで。これは、僕の『奥の手』であると同時に三枝家の『秘密兵器』でもあるから」
その言葉が真実である事を判断し、首肯を返す。両親と家の名前が出てきた時点で、紫乃に否やのあろうはずもないのだ。
「ありがとう」
大仰な前振りの後、玄が動き出した。
身を隠している角から覗き込み、テロリストの位置を確認する。好奇心に駆られ、紫乃もまた、邪魔にならないよう覗き込んだ。
「『魂狩』」
玄が胸元で左の人差し指と中指を立て、不吉な単語を呟く。
不意に前方の大きな箱の陰で何かが蠢き、咄嗟にレイピアを構えた。
「大丈夫」
そう言われても、紫乃は頷けなかった。蠢いた影が刃のような形状を取り始めていたから。
「あれは僕の魔法だから」
そう言い含められ、半信半疑で構えを解く。そんな事ができる魔法など聞いた事もないが、玄ならやりかねないと無理やり納得する。
その間に、曲線を含む三角形のような形状を作り上げた影は、三つに分かれてずるりと箱の陰から伸び上がり、瞬く間に三人を貫いた。ご丁寧に、声を上げられないよう喉だ。
「っ!」
あれだけ気を使った自分が大声を上げそうになり、慌てて両手で押さえる。
魔法の効果も、名前も、聞いたこともないものだ。無理やり納得したにも関わらず、思わず疑問の視線を送ってしまう。
「後で全部話すから。今は作戦を進めるよ」
言うが早いか、玄は角から身を躍らせ、一目散に通路を駆け抜けていく。その常人離れした速度を追いかけて、紫乃もまた飛び出す。
「……この中だね」
大きな扉の前で立ち止まった玄が、小さく零す。それに視線だけで同意し、震える膝に鞭打つように、レイピアを握り直した。その掌にじっとりとかいた汗を意識から締め出し、大きく息を吸う。
「少し、脅かしてみようか」
まるでいたずらを思いついた子供のような笑顔で、玄が楽しそうに呟く。この緊張に満ち溢れた空間の中にあって異質すぎるそれは、紫乃の理解を凌駕していた。何を言っているのかもわからず、思わず不思議なものを見る目で見てしまう。
そんな紫乃などどこ吹く風。玄は刀を持った右手を真横に広げ、何かに突きつけるかのような体勢を取った。
「『具現武装呪』。……力を貸して」
呆気にとられる紫乃を余所に、玄の体から噴き出した闇色の靄が刀を呑み込む。呑み込まれた刀は、全体が徐々に伸長し始めた。
玄が握った部分を中心に、刀身は前方へ、柄は後方へと伸びていく。一本の棒として二メートル前後まで伸びた刀の先端が、九十度折れ曲がる。綺麗な弧を描く一メートル弱の刃がついたそれは、紛れもなく鎌だった。
変形を終えたそれを担ぐように、刃と逆の先端についた石突で床を叩いた玄は、紫乃の方を向き直った。
「行くよ。準備はいい?」
「問題ないわ」
「じゃあ、少し下がって」
指示通り、一歩下がった紫乃を確認し、玄が扉を見据える。
「『魂狩』」
先程と同じ単語。今度は玄自身の影から、先程よりも多い六個前後が現れる。それは玄を綺麗に避けて扉を切り刻み、瞬く間に瓦礫へと変えた。
「こんにちは。お邪魔します」
身構えるテロリストたちとは対照的に呑気な台詞。悠々と室内に踏み入った玄の後を慌てて追い、紫乃も室内に足を踏み入れる。
室内にいたのは、予想通り十五人だった。全員が各自の武器を抜き、魔力の活性化も済んでいる。完全に臨戦態勢だ。もっとも、魔力の量も濃度も一般人の域を出てはいないのだが。
紫乃たちを取り囲むように半円に広がった陣形の真ん中で、玄は鎌を下ろした。意図的なのかそうではないのか、余剰魔力の闇が禍々しく玄の周囲に広がる。影の刃もいつの間にか再び発動していて、不気味に蠢くそれが玄の迫力に拍車を掛けている。
「……死神……?」
誰の呟きか、野太い声が零れ落ちる。それは面白いほど的を射ていて、思わず口元が緩む。
今の玄の姿は、まさしくその通りだった。
そんな呟きを聞いて、玄は笑みを深め、口を開く。
「あなた方にとっては、そうかもしれませんね」
それが、テロリストたちが最後に聞いた言葉になった。
瞬く間に広がった影の刃が、テロリストたちの体を次々に貫いていく。一人貫いては一つ消え、そして一つ生まれていく。どうやら、刃を作り出せる数は決まっていないようだ。
広い部屋に、阿鼻叫喚が響く。
「おおおおおッ!」
その刃の嵐を縫って玄に肉薄した一人が、握った刀を振り上げた。
「こンのガキがああぁぁぁッ!」
大上段に振り上げた刀から繰り出す全力の切り下ろしと、その身の憎しみ全てを乗せた絶叫。まさしく全身全霊のその攻撃は、常人であれば叫びに怯んで頭を叩き割られていただろう。
そう、常人であれば。男が対峙しているのは、常人ではない。紫乃のガーディアンにして史上初試験官を倒した受験生であり、未知の魔法を操る死神なのだ。
大上段に振りかぶったせいでがら空きになった男の懐を、高速で振られた大鎌が薙ぐ。大鎌の切れ味と玄の技量によって身長が半分になった男は、振り上げた刀を背後に落とし、崩れ落ちた。




