其の拾伍
校門前に止まっていた車に揺られる事三十分ほど。紫乃や玄、宏緑が到着したのは、神奈川県第七区画の山側、二区だった。
「ここから少し進んだところに、廃工場がある。区画整理以降に建てられたものだから、壊されずに残っているらしい。そこが根城になっていたようだ。もっとも、今回のテロに当たって、のようだがな」
車から降り、黄衣の先導で比較的広い道を進む。その最中に説明を済ませてしまう腹積もりらしく、黄衣は淡々と話をしている。周囲に人がいたらどうするつもりなのかと、紫乃はつい余計な心配をしてしまった。
「今回は、神奈川第三駐屯地の小隊が来るはずだ。それまでは廃工場近くで偵察しつつ待機。いくら貴様たちの腕が立つとはいえ、この人数で踏み込むのは危険すぎる」
「内部にいると思われる人数は?」
「おそらく、二十五から三十人程度だろう。もしかしたらそれ以上かもしれないが、可能性は低い」
質問を発した玄が、何かを考え込むように黙る。紫乃の位置からだと髪に隠れて表情が読み取れず、正確なところは把握できないが。
「その情報、どっから仕入れたんだ」
「元々、関東周辺のグローリアの動きは監視していてな。その情報から導き出した推論だ。公立高校一校占拠するのに、あれほどの人員を動かしたのは予想外だったが」
そこで、ようやく玄が顔を上げた。そして、さらに問いを重ねる。
「テロリストの腕は、学校に侵入した人たちと同程度と考えて大丈夫ですか?」
その問いに、今度は黄衣が考え込む様子を見せる。
「そうだろうとは思うが、用心に越した事はない。油断は禁物だ」
「ええ。わかっています」
いつも通りの笑みで返した玄は、笑みはそのままに、言い放った。
「その程度の奴らなら、僕一人でも大丈夫だと思いますよ」
空気が張り詰めたのがわかる。傲慢にも取れるその発言が、冗談やハッタリの類ではないことは、玄の表情を見れば判る。もっとも、紫乃は玄の表情など微笑みしか見たことはないが。
閑話休題。玄が言い放ったその言葉に、宏緑の、そして黄衣の眉根が寄る。
口火を切ったのは、宏緑だった。
「……いや、お前さんは確かに強いけどな。それは『高一にしては』だ。さすがに、テロリスト三十人相手に一人で立ち回るのは、無謀を通り越してバカのやることだぞ」
それに、黄衣が被せる。
「それに、貴様は魔法が使えないだろう。魔法があればともかく、直接戦闘で太刀打ちできるわけがない。そもそも、防御や攻撃すらまともにできないだろう」
立て続けに否定された玄は、それでも笑っていた。にこやかに、変わらぬ様子で。
「『奥の手』がありますから。それを使えば何とかなります」
玄が告げた『奥の手』という言葉に、紫乃は首を傾げる。そんなものを隠しているなんて漫画のような事が、本当にあるのかと。
そして、黄衣は玄の顔に何か感じるものがあったらしい。黙り込んだまま、玄の顔を凝視している。その沈黙を、宏緑が破った。
「お前さん、そんなものを隠しているにせよ、いないにせよ。一人はダメだ。万が一があったとき、死に直結するからな。大人しく小隊を待つぞ」
どうやら、学校に侵入したテロリストのうち十人は玄が正面から倒したことは言及しないつもりらしい。
その中にあって、紫乃は内心可能だと思っていた。テロリストと刃を交える玄の姿を間近で見て、その強さを目の当たりにして。彼であれば、一人で軍の小隊程度は相手ができるとすら思う。それくらい、紫乃の中で玄の強さは絶対的だった。
だから、ほとんど無意識のうちに口走っていた発言も、そんな意識に基づいたものだった。
「『一人はダメ』なんですよね。なら、わたしが行きます。どちらにしろ、神木はわたしの傍から離れるわけにはいきませんから」
「尚更だ。お前さんこそ、護られるはずの人間だろ。本来なら、ここにいる事すら間違っているんだぞ」
にべもない返事にも、怯まない。そんな事で怯むなら、もとよりここにはいない。
「つまるところ、神木が魔法を使えない事が問題なのでしょう? だから、わたしが後方から魔法による援護をします。それなら、問題ないですよね」
紫乃とて、玄と肩を並べて戦えるだなんて思ってはいない。そんな事を思えるような力量ではない。紫乃は、玄の強さを尊敬すらしているのだから。
それが伝わったかどうかは分からない。宏緑はただ難しい表情で黙り込んだだけだ。そこに、今まで沈黙を貫いていた黄衣が入ってくる。
「どっちにしろ、神木には来てもらう事になる。そのために呼んだのだしな。ついてきた以上、三枝にも手伝ってもらわなければならない。だが、よく知りもしない小隊に含めたところで逆に連携を乱す事になるだろう。二人には遊撃部隊として、自由に動いてもらう事にする」
そこで、黄衣の携帯電話が震えた。言葉を切った黄衣が顔を背け、深刻な顔で電話の向こうとなにやら二言三言交わす。
「なんだとッ!? ふざけた事を抜かすな! ……あ、待て!」
不穏な言葉を叫んだ黄衣が、携帯を耳から話す。その怜悧な美貌は怒りと焦燥に歪んでいて、紫乃たちの不安を煽った。
「どうした、黄衣」
「予定していた小隊が遠征訓練中だったらしい。今頃群馬かどこかの山の中だろう」
「はあ!? なんだそれ。代わりが来るからもう少し待てって事か?」
宏緑の問いに、黄衣は苦虫を噛み潰したような顔で応じた。
「いや、あの調子では、代わりなど来ないだろう。あの老害め。こっちは私だけだと思って……」
奥歯を噛み締めた黄衣に、宏緑が不安そうな声を上げる。
「って事は、何か? 今日は解散か?」
そうであって欲しいと縋るような顔。けれど、その希望は虚しく打ち砕かれる事となる。
「いや、今を逃せば次はない。欲を言えば、この一分一秒でも惜しいくらいだ。……私の地位が気に入らない爺の事だ。ここで無理を押して死んでくれれば僥倖、それがダメでも上の評価を落とそうって魂胆だろう」
吐き捨てるような言葉と共に、黄衣は負けん気に燃えた目で紫乃と玄を見据えた。
「貴様、さっき言ったな。『自分一人で十分だ』と」
「ええ」
悔しそうに髪を掻き毟る宏緑を視界の隅で捕らえながら、紫乃は次に来るであろう言葉を予想し、口元で笑う。
「ならば、それを証明して見せろ。……宏緑と私で裏から、貴様と三枝は正面から陽動だ。できれば深くまで切り込んで撹乱しろ」
そこで一度言葉を切り、大きく息を吸う。
「我々のみで、この作戦を決行する!」




