Loop96. 4話 タイムレポート.1999
■フロリダ某所キャンピングカー内 11月30日午後9時
[今回は日本の渋谷にボクも行くよ]
暖かな白熱電球が照らす狭い車内。
ぽつりと少女の声が落ちる。
可愛らしさのなかに、どこか大人っぽさを孕む中性的な声色。
それは、寝台の分厚いノートパソコンの画面へ滑らかなタイピングログとして直接、打ち込まれていく。
ゆったりとした水色のスウェットを脱ぎ捨てながら、片手間で電子レンジのボタンを押す。
上下の寝間着を脱ぎ捨て、飾りのないシンプルな下着姿になった彼女は、そのまま重い電気ケトルを掴んで水を溜めたポリタンクへと向かった。
コックをひねり、ごぼごぼと水を注いでセット。
電源スイッチを入れる。
電子機器の低い稼働音が重なるなか、濡らしたタオルで軽く顔を拭い――ジュリはモニターへと視線を送った。
[やった!!ジュリちゃんと実際に会うのは初めてだね]
画面の向こう、チャットの相手――江戸むらさきからの即レス。
この果ての無いリセットの世界において、おそらく唯一の特異点であり、最も信頼の置ける仲間。
ジュリにとって、はるか遠い時間軸の彼方で見つけた、妹のような存在だった。
[そうだね。どの時間軸においても、初めてのことさ]
今まで、実際に会うという選択を取らなかったのには理由がある。
チーン、と間の抜けた音を立てたレンジから熱々のピザを一切れ取り出し、マグカップの挽き立てのコーヒーに湯を注いだ。
泥のように濃い、良い香り。
質素な食事を寝台の横の手製デスクに並べ、ジュリは腰掛けた。
傍らの小さなラジカセにカセットテープを押し込み、再生ボタンをカチリと押し下げる。
これが、ジュリの起床後のルーティーンワークだ。
[それで、いつ頃こっちに来るの?]
[今日にでも動くつもりだよ。到着は……明後日くらいかな?]
[やった!楽しみにしてるね!]
画面の向こうで無邪気に跳ねているであろう妹分の姿を想像し、自然と口元が緩む。
過去95回の繰り返しのほとんどをジュリは世界各地の異常現象の観測と、12月31日のデータ収集に費やしてきた。
時空間の歪み。
この時代において秘匿されてきた超常現象。
あるいは星の海からの来訪者。
――あらゆる可能性を網羅するための、孤独な情報収集の旅をしてきた。
ジュリー・タイターは、未来人である。
西暦2121年のサンフランシスコからタイムトラベルしてきた特殊工作員だ。
未来の世界を統べるAIによる完全管理社会の打倒。
それを目的としたレジスタンス組織に属し、各時間軸で失われた技術を回収するために1998年のアメリカへ送り込まれた。
本来であれば、任務を終えて帰るはずだったのだ。
――けれど、時間飛行は失敗した。
帰るべき未来が、存在しなかったのだ。
1999年12月31日より先の時間が世界線から丸ごと――――消失していた。
当初は混乱し、己の時間干渉が未来を消したのかと狼狽もした。
だが、その絶望は別の『埒外の存在』によって上書きされる。
新年を迎えようとするその日。
――――世紀末の最後の日。
その夜に、ジュリは世界の破滅を目撃した。
赤く染まる空とすべてを平らげる無数の白き枝。
人が抗えるはずもない、絶対的な超過存在。
恐怖の大王――仮称、アンゴルモアの降臨だった。
ジュリは『完全記憶能力』を持っている。
一挙一動、脳のシナプスに刻まれたデータは意識するだけで完璧に再生できる。
だからこそ、彼女は時間諜報員に選ばれたのだ。
タイムリープの事実を虚実交えてネットに投稿し、情報を募り始めてから数回目の周回。有象無象の冷やかしのなかに、一つの書き込みを見つけた。
『――あなたもあの白い枝を見ましたか。それは赤い空に広がる木の根のようでしたか? >サキ』
それが、江戸むらさき――サキとの出会いだった。
ジュリが極力、サキと直接合わないように立ち回ってきた理由はいくつかある。
しかし、その最たる要因は至極単純で人間的だった。
未来から来た特殊戦闘員でありエージェント。
世界の暗部を潜り続けてきた常識外の人。
戦うために生まれ育てられてきたジュリ。
そして、その意味を失った彼女が故郷に残した使命と言う繋がりすら喪ってしまった。
そんな彼女だからこそ思わずには居られなかった。
一度でも彼女の温もりに触れてしまったら。
また遠く離れた戦場で孤独に耐える自信がなくなってしまうから。
画面越しの見ず知らずの少女だ。
それでも繰り返す12月の中でいつの間にか、家族のような信頼と親愛を抱いてしまっていた。
[うん。ボクも楽しみにしているよ、サキ]
■フロリダ某所 12月1日午前2時
「ふらーいみー、ふんふんふーん♪」
お気に入りの音楽のカセットを鳴らしながら、バスタブでシャワーを浴びる。
自然と鼻歌が漏れた。
なんともノスタルジックな曲調で彼女のお気に入りの曲だった。
ジュリは、この時代の芸術が好きだ。
あらゆる文化さえAIに管理、淘汰された2121年の未来にはこんな雑多で美しい娯楽は残っていない。
温水が頭から爪先へと流れ、前回の12月に残した悔恨を洗い流していく。
引きずらない。
――――次も、全力で挑むだけだ。
■フロリダ某所 12月1日午前3時
雲ひとつない、満天の星空。
街灯など1つもない荒野の只中。
真夜中の一本道を一台の乗用車が軽快なエンジン音を響かせて疾走していた。
闇の中――月明かりに鮮やかに浮き上がる明るい赤色のオープンカー。
解放的な車体から、小気味のいい音楽が夜風に溶けていく。
「ふんふーんふんー♪」
ハンドルを握るのはジュリー・タイター。
サキと会うために空港へと向かう道中だった。
拠点を引き払い、コンテナに預けてあったマイカーを回収した。
このクラシックカーに見える車体こそ、未来から持ち込んだ最大のガジェットだった。
――――PiPiPi!
不意に、無機質な電子音が夜の静寂を破る。
「ん??アラート?」
ダッシュボードの奥に仕込まれた『重力波観測装置』の針が、異常な数値を叩き出していた。
急速な地場歪曲――物理法則を超越した巨大な質量が現れる予兆。
「おるふだ。おぐとと」
――唐突に、車の背後から声が聞こえた。
ジュリの持つ記憶の中、どこにも存在しない異質な音声。
どくんっ、と心臓が跳ねるのと同時に反射的にアクセルを踏み込んだ。
車の加速に合わせて、夜風が分厚い壁となって押し寄せる。
(……寒気、やばッ)
初めて聞く声だというのに、直感的に理解した。
(サキが言っていた、モンスター――『妖魔』だね)
46回目の周回でサキから共有された、人を喰らう異形。
だが、なぜだ――。
今までの95回の周回において、アメリカ全土で妖魔が観測された事例は『ゼロ』だ。
確かにクリーチャーや土地由来の怪異は存在していたが、この『妖魔』と言うモンスターは初めてみた。
それが何故かこの瞬間に現れた。
(…………ボクが日本に向かうから、か?)
バックミラーに映る流線型の胴体。
全身を覆う白黒の縞模様。
手足は退化しているようだが、何らかの推進力で車の速度にぴったりと追従してくる。
頭部にあるたった1つの巨大な単眼。
――そして裂けた大口が不気味な笑みを浮かべていた。
『えだ。おるえだ。ふまとふまと』
夜の荒野に異形の歓喜に満ちた声が響いた。
読んでいただいてありがとうございました!
次回 5話 は『タイムレポート1999。2』です。
ぜひお楽しみにお待ちいただけたらうれしいです!
更新時間は12時頃です。




