表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

Loop96. 5話 タイムレポート1999.2



「とま!とま!」


 

  脳髄を直接凍らせるような不快な声。

 

 速度計の針は既に振り切れかけているが、異形はなおも背後にへばりついている。

 

 ジュリは片手でセンターコンソールを開け、鈍い銀色の塊――45口径の拳銃を引っ掴むと、それをシガーソケットの横の暗号スロットへ叩き込んだ。


 

 「偽装解除。支援機構【クリスト】――起動」


 

  彼女の声を認識した瞬間、コンソールの液晶が青く輝き、赤い車体が生き物のように変形を始めた。

 

 ハンドルが戦闘用ステアリングへと組み替わり、背面の排熱機構から美しい銀色の反物質粒子が吹き荒れる。


 強烈な推進力に、シートへ身体が沈み込んだ。

 

 【おはようございます、マイスター】

「やあ、おはようクリスト! 早速で悪いんだけど、運転を任せていいかいッ?!」

【了解。自動回避シーケンスを開始します】



 

  車載スピーカーから響く男声の低音と同時に、ジュリはソケットから拳銃を引き抜き、激しい風圧の中で座席の上に立ち上がった。


 

 銃口を背後へ向け、ノーエイムのまま引き金を連打する。


 

 ズドン、ズドンと重い銃声が荒野にこだまし、月明かりの闇の中に閃光が明滅した。


 

 「だい!だい!ととろ!」


 

  しかし、弾丸はすべて異形の外皮に弾かれ、火花を散らすだけにとどまる。


 

 「うわ、硬っ。妖魔ってこんなに硬いの?」

 

【計測。構成する外皮に2038年代の重装甲車両と同等の分子硬度を確認。現地の通常兵器での打突効果は薄いと推測されます】

 

「ええい、面倒な!」

 

【『抹消機構』の使用を推奨。ただしエネルギー残量を考慮し、一発のみに留めてください】

 

  未来のオーバーテクノロジーを現代で維持するのは容易ではない。

 この手の超兵器の稼働には、2121年にしか存在しない特殊エネルギー源【灰素アッシュ】が必要となる。

 

 補給の利かない今、残弾はこれからの戦いすべてを含めても『7発』が限界だ。


 だからこそ、今までの周回では一度も使わずに隠し持っていた。


 

 「でも、サキに会いに行くって約束しちゃったしね」


 

  これに絡まれたままでは街へ入れない。

 騒ぎになれば死にはせずとも、日本行きのフライトを逃してしまう。

 

 ジュリは怒りに狂う単眼の異形を鋭く見据えた。

 外皮が硬いのなら、狙うべきはただ一つ。


  

 ――――開かれた口腔の内側だ。


 

 「まずは通るか確かめる。クリスト、ひと当てして離脱。後方支援バックアップを」

【了解。遠隔支援に移行します】


 

  ――キキィィィッ!


 とタイヤが悲鳴を上げ、車体が猛烈な慣性でスリップする。

 相対的に、追ってきていた妖魔が目の前まで肉薄した。


 接触のその瞬間、ジュリは座席から跳躍し、左足を妖魔の顔面へと鋭く叩きつけた。

 激しい金属音が炸裂し、強烈な火花が散る。


 

 地表に凄まじい質量が叩きつけられ、派手な土煙が上がった。

 

 その衝撃を利用してバックフリップで空中に逃れたジュリは、しなやかに荒野へ着地し、手首を軽く振る。


 

 「左脚部生体偽装、限定解除。地表より構成元素の抽出を開始。疑似外装構築フォームアップ――」


 

  彼女の呪文に応じるように、スウェットから覗く左足のナノマシンが変形を開始する。


 地面から吸い上げられた微細な鉱物粒子が脚部へ集束する。そして、蒼い雷光を伴いながら淡く光を放った。

 

 次の瞬間には鈍色に輝く鋼鉄の足鎧へと姿を変えた。



  

 【対象、再起動。熱量の急激な変動を感知】


  

 耳元のインカムからクリストの警告。

 それと同時に、ジュリは妖魔の側面へと地を滑るように回り込んだ。


 

 「るあ!るあ!るあ!」


 

  土煙を裂いて、妖魔の口から赤熱した光線が照射される。

 真っ直ぐに荒野を切り裂く熱線。

 それはジュリが先程までいた地面をドロドロに融解させ、遥か後方で爆発した。


 

 「わお。あんまりバカスカ撃たせたくないね――っと!」


 

  間髪入れずに二発目。風船のように膨らんだ異形の口腔の奥で、次の破滅の光が瞬く。

 

 ジュリはそれを見逃さず、極限まで身を低くして突進した。わずかに軸を右にずらし、滑るように地を駆ける。


 ――じゅっ、という髪の毛が焦げるような音を残し、熱線が左耳のすぐ横を通過した。


 


 恐怖を置き去りにして、一気に間合いを詰める。

 

 地面を蹴り砕きながら、左足による超低空の跳躍。

 ほぼ寝そべるような格好のまま、未だ口を開けたままの妖魔の懐へと一瞬で潜り込んだ。

 腕と肩で荒野の砂を滑りながら、相手の真下へ。

 そしてその勢いのまま、鋼鉄の左足を妖魔の下顎へと跳ね上げた。

  ドゴォッ!という重苦しい衝撃音とともに、巨体が宙へ打ち上がる。


 

 「クリスト!!!」


 

【了解。衝撃弾インパクトバレット支援――作動】


 

  愛車からの遠隔射撃。

 妖魔の身体がさらに上空へと弾き飛ばされ、遅れて複数の重低音が荒野に響く。

 それを見届け、寝そべった体勢のまま、ジュリは銀の拳銃を上空の巨体へとまっすぐに突き出した。


 右腕を肘と肩で完全に固定し、照準を固定する。


 

 「制限解除」


        【解除申請――了】


 

 「抹消申請」


 【抹消対象照会――脅威認定。特務規定に基づく強制権を行使――了】


 【システムオールクリア。これより、因果律抹消機構を展開します】


 

 重力に従い、妖魔がゆっくりと降下してくる。


 こちらを食い殺さんと、その大きな口を開けながら。



  

 ジュリの構える銃身が、パチパチと青白いプラズマの光を放ち始めた。



 

 アーク放電の電弧が蛇のように地面を這う。




  

 極限まで加速した思考の中で、世界が引き延ばされ、すべてがスローモーションに変わっていく。



 

 じわり、と額から汗が流れるのを感じる。




 まさに、乾坤一擲。


 

 妖魔が彼女を押しつぶし、その顎が届く、まさにその刹那――。

 

  カチリ、と引き金が落ちた。


 

 「――【ロストバレット】」


 

 一筋の、極大の蒼光が天を穿った。

 

 一瞬の目眩むような閃光。

 直後、終末を予感させるような、世界を震わせる重低音が空へ響き渡る。


 

 【――脅威の消失を確認。前後時間軸の全データから、対象を完全にロスト(抹消)しました】

 

「ふーっ……。相変わらず、とんでもない威力だよこれ」

 



 ゆっくりと上体を起こし、ジュリは額の汗を拭った。

 

 先程までそこにいた妖魔は、肉片どころか、塵一つ残さず時間の因果から消滅している。


 この先の周回でも、この個体には“二度と”出会うことはない。


 

 【これよりマイスターをお迎えに上がります。その場でお待ちください】

 

「りょーかい。あーーーー、つかれた!」





 

  戻ってくる愛車――クリストを待つ間にジュリはもう一度、荒野の地面へと背中を預けた。

読んでいただきましてありがとうございます!


次回は 7月5日 更新でございます!


次のお話はあかりが主役です!

どうぞお楽しみにお待ちいただけましたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ