08 クリスさんとの模擬戦 1
「ちょ、何で手を――」
「クリスさん、あっちの訓練は終わったの!?」
いきなり大勢の前で木人形を破壊させられたり、女の子扱いをされたり、女神様とか言われたり……。
クリスさんがいない間に起きた数々の出来事は僕の心を抉るには十分すぎたから、うん。
できれば一緒にいてほしい。
そんな気持ちで、僕は仰け反るクリスさんの手を握り締め続ける。
「いや、終わりましたけど……あの、それよりこの状況は?何やら、ざわついているようですが」
この状況って、要するに――
「おい、さっきの副隊長の言葉聞いたか?」
「勇者様が女神様だったって話だろ?流石に嘘じゃないのか?」
「それがな、俺見たんだよ!副隊長の足が一瞬で治ったやつ!あれ絶対に奇跡だって!」
……この、騎士さん達の騒ぎのことだよね?
「えっとぉ、そのぉ……」
どうしよう、どうやって説明しよう。
僕がクリスさんにどう説明するかを悩んでいると――突如、訓練場に大きな音が響いた。
びっくりして音が出た方向を見れば、アスカルさんが直立不動の姿勢で手のひらを合わせていて。
「そこまでっ!訓練を再開するぞ!!!」
次に聞こえてきたアスカルさんの怒声に、反射的に背筋が伸びる。
周りを見れば僕以外も同じだったみたいで、騎士さん達は冷や汗を垂らしながらバラバラな方向に散らばっていった。
「すごい声だったね……」
「流石は“無双鬼”、すごい迫力でした」
クリスさんが発した物騒な呼び名に、思わずアスカルさんを二度見する。
無双鬼って絶対、怖いやつじゃん。
アスカルさんは怒らせないようにしよう、僕は固く誓った。
「ははは、見苦しいところを見せてしまいましたな。それとラインハルト上五位、その恥ずかしい二つ名は出さないようにお願いします」
「恥ずかしいなんて言わないでください。私にとってアスカル隊長も尊敬する騎士の一人なのですから」
恥ずかしそうに頭をかきながら歩いてきたアスカルさんに対し、クリスさんが和やかな雰囲気で話しかける。
もしかして、2人は仲良しさんなのかな?
「ねぇ、クリスさん。アスカルさんと知り合いなの?」
「あー、えっと、護衛騎士になる前の所属は近衛三番隊だったので……」
思い切って聞いてみると、クリスさんは目を逸らしながら困ったような表情で答えてくれた。
え、近衛三番隊所属ってことは……。
「クリスさんって近衛騎士だったの!?すごーい!」
近衛騎士といえば大体の作品で強キャラが担当するポジション!
アスカルさんやさっきの騎士さん達は体格も筋肉もすごくて顔が怖いから、近衛騎士なのも納得していたんだけど……まさかクリスさんも近衛騎士だったなんて、びっくりだよ。
上級騎士の試験も腕前だけで突破したとか言っていたし、想像以上にクリスさんってすごい人なのかも?
僕は思わず尊敬のまなざしでクリスさんを見つめてしまった。
「いえ、そんなすごいモノでもないんです。私はただ――」
「おっと、私語はそこまでです。こちらも訓練を再開させねばなりませんからね」
そうだ、今は訓練中だったっけ。
アスカルさんの真剣な雰囲気に僕は慌てて口を押さえる。
「怒られないよね?大丈夫?」と、恐る恐る顔色をうかがえば、そんな僕にアスカルさんは笑みを深めて。
「さて、ここからの訓練なのですが。ラインハルト上五位と勇者様には打ち合いをしてもらおうかと思います」
次の瞬間、何故かとんでもないことを言い始めた。
え、どうしてそうなったの……?
「そ、それは流石に早いのでは……」
クリスさんがちらりと僕を見てからアスカルさんに反論する。
僕もクリスさんに賛成するように首を縦に振ったんだけど、逆にアスカルさんは首を横に振り、理由を説明し始めた。
「先程、私とライルの模擬戦を見物してもらったのですが、勇者様は全ての動きを目で追っておられた。恐らく、問題はないはずです」
え、戦いながらそんなところまで見てたの?
僕はアスカルさんの言葉に驚き――そして同時に、クリスさんから向けられている視線に気付いた。
「……なるほど、つまりは伝説通りだったわけですか」
その言葉は、まるで突き放すかのようで。
僕が反応するよりも早くクリスさんは僕達に背を向けると、どこかへと歩き去ってしまった。
「さぁ、我々も武器を選びに行きましょう」
「う、うん」
クリスさんとはあとで話せるから、大丈夫だよね?
そんな風に不安を飲みこみながらアスカルさんに着いていくこと、数分後。
僕は紆余曲折ありながらも無事に武器を選び終わり、再び訓練場へと戻ってきた。
「おまたせ、クリスさん」
「いえ、私も今戻ってきたところで――え?」
先に訓練所へと戻ってきていたクリスさんに声を掛ける。
すると、クリスさんは僕を二度見してから、困惑と驚きが同居したような表情でこちらを見つめてきた。
「あの、勇者殿?その武器は……?」
まぁ、うん、そうなるよね。
だって、僕の選んだ武器は……普通には見えないし。
「まさか、“先代の勇者様が作った武器”をお選びになるとは、これも運命ですかな!ハッハッハ!」
アスカルさんの言葉に、僕は“引きずりながら持ってきた”自分の武器を見下ろす。
僕の身長より長いってだけでもおかしいのに、更に言えば厚くて幅も広くて、すごく重そうで……。
見た目は大きい剣のようだけど、剣と呼ぶにはあまりにも武骨な黒い“鉄塊”。
それが僕の持ってきた武器の正体だった。
「本当に運命なのかなぁ……」
ちなみに僕の武器が“コレ”に決まった理由は、選べる武器の中で外見が飛びぬけて変だったことに興味を持って触れた瞬間、アスカルさんに『運命だ!』と決められてしまったからだ。
先代勇者が作った剣だというのは確かに驚きだったけど、運命というか、強制というか……。
選んだというより選ばされたのではないかと、微妙に納得できていない僕がいた。
「それ、確か“不壊の剣”ですよね。持てるんですか……?」
クリスさんの言葉に応えるように剣を持ち上げ、ブンブンと振り回す。
明らかに重そうだし扱いづらそうなんだけど、どういう訳か持っていてしっくりくるというか、扱い方が何となくわかるというか。
自分でもよくわからない、不思議な感覚だった。
これも肉体強化の影響なのかもしれない、多分。
「……流石、勇者ですね」
クリスさんがボソッと何かを呟いた後、僕に向かって“木剣”を構える。
どうやら、このまま訓練を始めるつもりらしいけど……木と鉄塊って、武器の差がものすごくない?
そう思ってアスカルさんを見上げるも、アスカルさんはにこりと微笑み、僕の背中を一押しするだけだった。
「ラインハルト上五位の心配をする必要はありません。勇者様は全力で取り組むようにお願いします」
背中を押された僕は一歩前へと進んで、クリスさんと向かい合う。
ただ、僕は前世でも駆けっこすらしたことのない不良品だったから……取り組めと言われてもよくわからない。
どうしたらいいのかわからず立ち尽くしていると、溜息をついたクリスさんと目が合った。
「まずは私に向かって剣を振り降ろしてみてください。それでいろいろとわかりますから」
「う、うん」
クリスさんの言葉に頷いてから、僕はアスカルさんやライルさんの真似をして剣を構えてみた。
えぇと、木剣に向けて剣を振り下ろせばいいんだよね?
僕は不壊の剣(?)を大きく振りかぶってから――クリスさんの元まで“一息”で踏みこみ、そのまま剣を振り下ろした。
「ふぇっ!?え、えい!」
まさか一歩で距離を詰められるなんて思わなかったし、あまりの踏み込み速度に自分でもびっくりしてしまった。
けれど、クリスさんは僕の攻撃をひらりと躱すと、
「はっ!」
そのまま流れるような動作で、躱した勢いを乗せた木剣をこちらに向けて突き出してきた。
それに対して僕は急いで剣を持ち上げて、剣の腹でその突きを受け――って、あれ?
「踏み込み方も普通で、構えも悪くありませんでした。反応もいいですし……本当に戦ったことはないのですか?」
そんなことを言われても……。
自分の体を見下ろし、首を捻る。
もしかして、肉体強化って剣の使い方も含まれてるのかな?
「……まぁ、いいでしょう。初級者程度の実力があったのは嬉しい誤算ということにしておきます。では、今度は私から」
言い終えると同時に、クリスさんは僕との距離を詰めて木剣を打ち込んできた。
どう考えても当たったら痛そうなその攻撃を、僕は必死に防ぎ続ける。
「ひぃっ!?ひゃぁ!?」
「なんですか、その声は……」
勝手に声が漏れるのは許してほしい!だって、怖いんだもん!
そうしてしばらくの間攻撃を防いでいたら、クリスさんは満足気な表情で距離を離してくれた。
「まだまだ余裕そうですね。では、次は今の2倍の速度で打ち込みますので、そのつもりで――はぁっ!」
え、2倍!?
驚きの声を上げようとした所に、さっきとは段違いに速い攻撃が襲いかかってきた。
「ひぃっ!?」
必死に剣の軌道を目で追いかけ、攻撃を防ぐ。
ただ、それができたのも最初だけで段々と体の方が追い付かなくなってきた。
攻撃を見てから動いてるわけだから当然かもしれないけど、このままじゃ――
「剣先をただ見るのではなく、相手の体の動きで予測しなさい!」
よ、予測って何!?
何が何だかよくわからないけど、僕はクリスさんの言う通りに剣先から視線を外して体全体の動きを見るように集中した。
すると、集中した瞬間にクリスさんが大きく体を捻り、
「ひゃああ!?」
あ、危ない、間一髪……。
僕は無意識に振り上げた拳で、とてつもない速度で迫ってきた木剣を防ぐことに成功していた。
剣先だけを見てたら絶対に当たっていただろうし、籠手が無かったら怪我してたかも。
もしアドバイスに従わなかったらと思うと……うぅ、怖すぎる。
「お見事です。ですが、相手の武器によっては腕を持っていかれるので、それは最後の手段にしてくださいね」
「う、うん。わかった!」
なんだか怖いことを言われたような気がするけど、褒められたんだよね。
嬉しくなって、ついつい顔がにやけてしまう。
「ふふっ、では、次は私に打ち込んできてください。私に当てられたら今日はそれまでとしましょう」
「うん!」
もう一度剣を構えて、クリスさんを見つめる。
多分、体に当てたら危ないと思うし、ここは……。
「えーい!」
僕は横薙ぎに剣を振るい、まずはクリスさんの足鎧を狙うことにした。
けれど、クリスさんは僕の攻撃を見てからジャンプ。
軽く躱して涼しい顔をこちらに向けてきた。
「えい!」
足が駄目ならと次は籠手を狙ってみるも、今度は視線すら向けられずに避けられてしまい。
そんな僕の不甲斐ない様子に、クリスさんは呆れたような表情で自らの体を指差した。
「末端なんて狙っても当たりませんよ、勇者殿。当てるだけなら肩、胴。もしくは首を狙いましょう」
そう言いながらクリスさんが点々と指し示す場所は、確かに避けることが難しそうな所ばかりだった。
だけど、それらは……何だか攻撃したらダメな場所に思えて。
「最初の足狙いはそれなりによかったのですが、軽鎧相手には効果が薄い上に姿勢が低くなるのでお勧めできません。すぐに動くことが難しくなりますからね、わかりましたか?」
クリスさんの言葉は間違いじゃないとは思いつつも、僕は別の心配をしてしまっていた。
「でも、もし当てちゃったら、危ないよ。クリスさんが怪我しちゃうかも……」
僕としては単純に心配で、気遣ったつもりで言っただけの言葉。
だけど、それは――どうやら、クリスさんを傷つけてしまう言葉だったらしい。
「あぁ、先程はそんな風にも言いましたが心配はありません。今の勇者殿の攻撃なんて寝ていても躱せます……というか、一応は上級騎士ですからね、私」
「あ、その、ごめんなさい!」
一変して暗くなった雰囲気に慌てて頭を下げる。
言われてみれば余計な心配だったかもしれないし、近衛騎士というプロ相手に失礼すぎたかもしれない。
「嫌われてたらどうしよう!?」と思いながら、恐る恐る顔を上げれば、そこには何故か僕以上に慌てた様子のクリスさんがいた。
「お、怒ってるわけではありませんから、大丈夫です!勇者殿は安心して打ち込んできてください!」
「う、うん」
嫌われてなくて安心した、けど。
返事をしちゃった以上、もう反対はできないよね。
「じゃあ、いくね?」
ただ、僕の身体能力はおかしいを通り越している気がするから。
一応、いつでも止められる程度の力で怪我をさせないように、僕は木刀を構えるクリスさんに向けて剣を振りぬいた。
クリスさんに言われた通りの胴体狙い。
僕の攻撃としては初めての人を狙った攻撃……だったのだけど。
「これは――いえ、勇者殿。ちゃんと当てる気で来てください。手を抜いているのはわかっていますよ」
僕の振るった攻撃は木剣を折った“だけ”で、クリスさんに掠ることもなく。
更には注意まで貰うという散々な結果で終わってしまった。
「縁殿がその気なら、“本気でやるまで”というのも終わる条件にいれましょうか」
「ほ、本気でやるまで!?」
折れた木刀から腰の武器へと持ち替え、真剣に構えを取る様子から、言葉通りの本気度が伝わってくる。
もし、次も本気で攻撃しなかったら、これは今度こそ怒られちゃうかも……。
「い、いくよ」
怪我はさせたくない。
でも、怒られて、それで嫌われるなんて絶対に嫌だ。
僕は焦る頭でどうにかしようとして、当てそうになったらギリギリ止められるくらいの――それでもさっきと比べれば段違いな力を込めた一撃を、もう一度胴体へと向けて振り抜いた。
「っ!」
さっきよりも速い攻撃にクリスさんの表情が変わる。
よし、このまま防御できそうになかったら当たる寸前にブレーキを掛けて軽く当てる感じにしよう!
僕は心の中でガッツポーズをしかけた――けれど、次の瞬間には驚きで目を見開いていた。
《――水よ、我が身を大河と化せ》
「ふっ!」
なんと、クリスさんは僕の攻撃を真正面から受け止めてしまったのだ。
押し込もうとしてみてもまるで壁に向けて剣を振るったかのような感触で、ビクともしない。
「こんな大きい剣を持てるくらいの力持ちになったはずなのにどうして」とか「すごい音がしたのに一歩も動かないなんて、おかしい」とかいろいろと気になるところはあったんだけど……。
ただ、僕はそんな驚きよりもクリスさんが呟いた、“いかにも”な詠唱が気になって仕方がなかった。
「ん?どうされました?」
本当はすごく聞きたかった。
「そのカッコいい詠唱が魔法なの?」って、今すぐにでも聞きたかった。
だけど……。
「なんでもない……」
真剣に訓練をするようにと言われたばかりで、それをやる勇気は僕になかった。
……訓練が終わったら、絶対に聞こう。
僕は気を取り直して、今度こそ一撃を当てるべく攻撃を再開した。
小さい子が大きい武器を持ってるって、いいですよね。




