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07 勇者の力

「これが、これが走るってことなんだ、すごい!」


 騎士さん達と一緒に走りながら、僕は“走れる”ということにとても感動していた。

 歩く時より早く流れる景色、勝手にリズムよく吐き出される息。

 そして、何より地面を強く蹴る感触!

 あぁ、自分はちゃんと健康になれたんだなって、ついつい笑みが零れてしまう。


 お母さん、お父さん、僕、ちゃんと走れるようになれたよ。


「おいお前ら!勇者様はあんなに楽しそうな顔で走っておられるというのに、その顔はなんだ!!!」


 ん?あれ?アスカルさんが怒ってる……?

 突然聞こえてきたアスカルさんの怒声に考えを中断し、周りを見渡してみる。

 すると、いつの間にか僕の周囲に騎士さん達の姿はなくなっていて。


「そ、そんなこといったって!」

「これいつもの!」

「二倍は走ってますよぉおお!!!」


 疲れたような声に振り返ってみれば、僕から数十メートル離れた先に騎士さん達が歩きながら叫んでいる姿が見えた。

 普段から鍛えているはずの騎士さん達がああなるってことは、もしかして体力もおかしいのかな?

 よくよく考えると、結構走ったはずなのに疲れてるって感じがまったくないし……ちょっと、全力で走ってみよう。


「むん!」


 強く地面を蹴り、速度を上げる。

 すると、しばらくもしない内に僕は騎士さん達の真後ろまで“追いついて”しまって。


「周回遅れする近衛騎士ですみません、許してください」

「嫌だ!アスカル隊長のお仕置きは嫌だ!」

「勇者様、できればアスカル隊長に我らのお仕置きを撤回するよう頼んでいただきたく……」


 あ、その、ごめんなさい……。

 追い抜いた瞬間に聞こえた絶望の声を背中で受けながら、僕はゴール地点で待つアスカルさんの前で足を止めた。


「じ、持続走終わりました!」


「お疲れさまです。お見事でした」


 えへへ、褒められちゃった――じゃなくて。


「あの、騎士さん達には、その……」


「大丈夫です、任せてください」


 よかった、アスカルさんもちゃんとわかってくれたみたいだ。

 にっこりと微笑んだアスカルさんに安心して、僕はその場で騎士さん達を待つことにした。


「さて、全員揃ったな」


 そうして数分後、騎士さん達が全員ゴールしたのを見て、再度アスカルさんは微笑みを浮かべた。

 それは僕に対して『任せてください』と言った時と同じ笑みで。


「相手が勇者様とはいえだ。お前達は誉れある近衛騎士で、騎士は体力が資本。何が言いたいか、わかるな?」


 あれ?雲行きが何だか怪しいような……?


「なぁ、『ホルトン』上四位。お前は、あと何周すれば十分だと考える?」


「そ、それは、えぇと、その」


 あっ、追い抜いた時にお願いをしてきた人がイジメられてる!?

 チラチラと助けを求めるような視線を受けて、僕は慌ててアスカルさんに話しかけた。


「あ、あの!騎士さん達はもう十分頑張ったと思います!だから、その、お仕置きは――」

「なるほど、勇者様は“既に十分”と考えますか。では、そうしましょう」


 え、あれ?どういうこと?

 せめて少ない周で済むようにと思って話しかけたのに、アスカルさんはあっさりとホルトンさんを解放して持続走の終了を宣言してしまった。

 不思議に思って騎士さん達の方を見れば、騎士さん達はアスカルさんをにらみながら溜息をついていた。


「うわぁ、素直に答えたら許してくれる系のやつだったか」

「勘違いさせて、殊勝なこと言ったら実際にさせられる地獄の罠とか、俺はどうかと思う」


 え、あれって罠だったの?


「ごめんなさい、僕のせいで……」


「いやいや、悪いのはあの性悪隊長のせいですから!勇者様は悪くありません!」

「あの人が笑ってるときは要注意です!勇者様も気を付けて!」


 いや、性悪は流石に言い過ぎだと思うけど……。

「そんなに大声で言ったら聞こえちゃうんじゃ?」と思ってちらりとアスカルさんの様子をうかがってみれば、アスカルさんは手元に何かを書き込んだ後、こちらを振り向きにっこりと微笑んだ。


 瞬間、僕の側から素早く離れていく騎士さん達。

 さっきまで地面に倒れこんでいた人もいたはずなのに、元気だなぁ。


「あいつらには明日地獄を見せるとして――さて、勇者様の訓練内容ですが、体力も力も我々とは比べ物にならないようですし、体作りはしなくてもよいでしょう。なので、次は技術を学べる訓練を体験してもらいましょうか」


 さらっと怖いことを呟きながら、アスカルさんは騎士さん達に指示を出して、何かの準備をし始める。

 技術を学べる訓練ってことみたいだけど、剣術とかそういうのをやるのかな?


「勇者様には、これから我々の模擬戦を観戦してもらおうかと思います」


「観戦?見るだけでいいの?」


「はい。まずは対人戦闘とはどういうものかを、知ってもらうことが重要ですので」


 知ることが重要、かぁ。

 確かに、戦闘なんて言われたところで、僕は絵本とかゲームで見た程度のふんわりとしたイメージしかわからない。

 きっと僕の戦闘経験がゼロだってことを考えてくれたんだよね。

 やっぱり、隊長さんってすごいね、うん。


「あぁ、一応これだけは念頭に置いていただきたいのですが、今から見る戦いは模擬戦であるため誰も死人は出ませんし、例え怪我をしたとしても精々が骨折程度で収まる“余興”です。あくまで訓練であり、本当の戦闘とはまったく違うということだけはお忘れなきように。では、私は準備の方へ行って参りますので、これで」


 そう言って、アスカルさんは僕の返事も聞かずにどこかへと走り去ってしまった。

 あの、骨折ってそんな軽い怪我じゃないよね?

 安心できないんだけど……。


 そうして不安を感じながら(しばら)く待っていれば、どうやら準備は終わったらしい。

 騎士さんに連れられて試合場まで移動した僕が目にしたのは土俵(?)の上で向かい合うアスカルさんと副隊長さんの姿で。

 けれど、その光景を見た瞬間、僕はお互いが手に持っている武器の鋭い輝きに気が付いてしまった。


 あ、あれ?


 模擬って話だったから竹刀とか木刀を想像してたんだけど……何で、金属なの?

 危険な気配に慌てた僕は案内してくれた騎士さんに急いで話しかけた。


「あの、アスカルさん達が持ってる武器って危ないやつだよね?大丈夫なの?」


「は、はひ!隊長と副隊長が戦うときは真剣で行うことが恒例になってしまっております!私達がやるときは木刀を使いますので心配ありません!!!」


 な、なるほど、強い人同士特有のルールってやつなんだね。

 詳しい話を聞けば、どうやらアスカルさんと副隊長さんは幼い頃からのライバルらしくて。

 真剣――刀身が潰れていない剣を使うのも、『いまさら木を振り合っても楽しくない』なんていう、よくわからない理由が原因だった。

 戦う事が仕事の騎士さんだからなのかな、僕とはだいぶ考え方が違うみたいだ。


「では、今から模擬戦を始める!両者準備はよろしいか?」


 あ、模擬戦が始まるみたい。

 考えを中断して慌てて2人に目を向ければ、2人は審判に対して静かに頷きを返している所だった。


 周りが緊張感に包まれる中、頷きを見た審判は勢いよく息を吸い込み――大きな声で号令を下した。


「始め!」


 審判の号令と同時に、2人は弾かれたように相手に突撃していく。

 離れて見ている僕にすら伝わるほど、2人の気迫は凄まじいものだった。


「せえやぁ!」

「はあぁっ!」


 アスカルさんは上段から、副隊長さんは下段から剣を振りぬき、2人の剣が火花を上げてぶつかりあう。


「くっ!」


 腕力勝負はアスカルさんに分があったようで、最初のぶつかり合いはアスカルさんが優勢だった。

 だけど、副隊長さんも負けるだけじゃない。

 押し負けた副隊長さんはつば迫り合いを避けて、そのまま流れるように足払いを――って、あれ?


 僕は、何であの戦いが普通に見えてるんだろう?


 2人ともすごい速さで動いていて、すごい速度で剣を振っているのはわかる。

 でも、僕にはその動きが、挙動が、2人の視線の向きまでもがハッキリと見えていた。


 え?もしかして、肉体強化って“動体視力”も含まれてるの?

 しかも、見えるだけじゃなくて戦いの内容も何となく理解できちゃってるし……どうなってるんだろう、これ。


「ぐぅ!?」


 アスカルさんのうめき声に、僕は意識を模擬戦へと向け直す。

 どうやら考え込んでいる間に立場が逆転していたらしい。

 今度はアスカルさんの体勢が崩されていて、今にも勝負が決まりそうになっていた。


「もらったぁああ!!!」


 副隊長さんが勝利を確信して、笑みを浮かべる。

 アスカルさんが体勢を直した頃には、既に副隊長さんの剣が間近に迫っていて。


「もうダメだ!」と僕が目をつむりそうになった、その時――


 《――風よ!》


 突如アスカルさんは叫びをあげると、直立姿勢のまま副隊長さんに向けて急加速の突進を仕掛けた。

 剣を構えた姿勢でスライドしていく光景は、なんというか、すごくシュールだったんだけど……。

 どうやら、その攻撃(?)は副隊長さんの隙を突いてしまったらしく、


「お前!“魔装具”を使うのは卑怯だろ!!!」


「勇者様の前で負けるぐらいなら何でも使うわああああああ!!!」


「ぐわぁあああ!!!」


 結果として副隊長さんはアスカルさんの突進を防げず、ボールのように場外まで吹き飛ばされてしまい。

 そのまま副隊長さんが地面に落ちた瞬間に、審判はアスカルさんの勝利を告げてしまった。

 どうやら、魔装具(?)の使用は反則じゃなかったらしい。


「勇者様!私の活躍はどうでしたか!!!」


「え、えっと、すごかったです」


 嬉しそうな笑みを浮かべながら近づいてくるアスカルさんに言葉を返す。

 ただ、その、僕としては吹き飛ばされた副隊長さんが気になるというか……。

 ちらりと副隊長さんが飛んで行った先を見れば、案の定副隊長さんはぐったりと横たわり、身動きすらしていない様子だった。


 アスカルさんには悪いけど、ちょっとだけ様子を見に行こう。

 僕はアスカルさんに一言だけ謝ってから、副隊長さんの元まで急いで走り寄った。


「あの、大丈夫ですか?」


「い、いえ!大丈夫です!今そちらに――あだだだだ」


 あっ!?やっぱり怪我してた!?

 慌てて駆け寄り怪我をしているところを見せてもらうと、副隊長さんの足首は大きく腫れて紫色に変色していた。


「痛そう……」


「面目次第もありません……」


 何とかしてあげたいけど……こ、こういう時はどうすればいいんだっけ?

 僕が前世知識をフル動員させようとした――その時だった。


『――リバ――――』


 突如、頭の中に“言葉”が浮かび上がる。

 それは、まるで体に染み渡るかのように溶けていき。


「……んぇ?」


 ふと、気付けば僕は手のひらを副隊長さんの足首へと向けていた。

 困惑しながら手をどかしてみれば、副隊長さんの怪我は最初から無かったかのように“消え去っていて”。


「あ、あれ?」


 僕は、一体何を……?

 理解不能な出来事に戸惑っていると、副隊長さんが震える声で呟きを漏らした。


「き、き、き……」


『き』?

 よくわからない呟きに、視線を足から上げる。

 すると、そこには、


「奇跡だっ!!!」


 涙を流しながら両手を合せ拝む、副隊長さんの姿があった。

 何が何だかよくわからないけど、とりあえず落ち着いて――


「勇者様は女神様だったっ……!」


 違います。


「ライル、一体どうしたんだ?」


 突然の女神様認定にどうすればいいかわからずにいると、遅れてこちらに来たアスカルさんが副隊長さんの様子を見て驚いたような声を上げた。

 あ、副隊長さんの名前は『ライル』さんっていうんだ、覚えておかなきゃ。


「アスカル、この方は勇者様ではない!」


「なっ!?お前っ!なんてことを!!!」


 副隊長――ライルさんの発言にアスカルさんは怒りの形相で拳を振り上げる。

 そして今にも殴りかかりそうな雰囲気で、ライルさんに向けて一歩を踏み出した。


「待って待って待って!ストップ!アスカルさんストップ!!!」


 惨劇の予感に、僕は慌ててライルさんの前に立つ。

 ひぇええ、真正面から見たアスカルさん怖すぎるよぉ……!

 よくわからないけど、ライルさんは早く謝った方がいいと思う!


 焦りながら振り返れば、ちょうどライルさんと目が合った。

 ライルさんは深く頷きを返してきて――あ、嫌な予感がする。


「治癒の奇跡!こんなことができるのは女神様をおいて他にはおられまい!この方は女神様なのだ!!!」


 だから、違うってば!?

 ご、誤解を解くには……そうだ、女神様が行方不明だって話せば解決――


『探す場所の手がかりも情報も何もありませんし、現地の人が受ける不安を考えれば相談もしない方がいいでしょう』


 これ話しちゃダメなやつじゃん。


 神様からの説明を思い出して、頭を抱える。

 ま、まぁ、女神様の事は説明できなくても僕が男だってことは周知の事実だし?

 きっと、アスカルさんがちゃんと説得してくれるはず。


「なるほど……!」


 なんで納得してるのさ!

 さっき僕が男だって話聞いてたよね!?


「『なるほど』じゃないよ!?僕は男っ!男ですっ!!!」


 僕の必死の説得によりアスカルさんは正気を取り戻してくれたけど、悲しいことにライルさんの誤解が解けることはなく。

 結局、ライルさんは怪我の事とか、様子がおかしいって事から医務室へと連行されていってしまった。


「どうしてこんなことに……」


 そう呟きながら、僕は自分の手のひらを見つめる。

 ライルさんの足が治った“あの現象”。

 思い返してみれば……あの時、僕は絶対に何かをしたはずなんだ。

 ただ、どうにも記憶が曖昧というか、(もや)が掛かるというか、うーん。


「もしかして、これが神様の言っていた――」

「え、これは一体何があったんですか……?」


 聞き覚えのある“安心できる声”に慌てて周囲を見渡す。

 すると案の定、試合場の入口近くには困惑しながら立ち尽くすクリスさんの姿があって。


 僕は急いでクリスさんの元へと駆け寄ると、ギュッとその手を握り締めた。

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