09 クリスさんとの模擬戦 2
「目をつむっても避けられるとかありえないでしょぉ……!」
「大丈夫です、勇者殿。慣れれば簡単にできます。ほら、手が止まってますよ」
「簡単にできるわけないじゃん!」と言いたい気持ちをぐっと抑えて、僕はクリスさんに言われるままに剣を振り続ける。
けれど、あれから1時間も振って、まだ振り続けているのに……未だにクリスさんは僕を解放してくれず、涼しい顔で攻撃を防いでいた。
1時間だよ?1時間も攻撃を防ぎ続けてるの、おかしいよね。
「怪我をさせちゃうかも」とか「僕の身体能力はおかしいから」とか言っちゃったのが恥ずかしくなってきたよ。
「寝ていても当たらないって、嘘だと思ったのに」
「ふふふ、嘘は嫌いなんです。例え寝ていたとしても攻撃には反撃するよう、いつも訓練してますからね」
それもうロボットじゃん!
当てたら終わりとか、どう考えても無理なやつだったじゃん!
僕は一旦、攻撃を止めてクリスさんをにらみつけた。
「そんなにかわ――いえ、にらんでもダメですよ」
「だって、訓練が終わらなかったら……」
訓練が終わらなかったら、魔法の事を聞くのが明日になってしまう。
僕は抗議の意味も含めて、「カッ!」と目を見開きながらクリスさんを見つめ――あっ、砂が目に!?
「え、もしかして泣いて。えぇっと、そうです!こうしましょう」
頑張って目をゴシゴシと擦っている内に、何かを思いついたらしい。
擦るのを我慢して視線を向ければ、クリスさんは何故か焦った様子で人差し指を一本立てて、提案をしてきた。
「もし、勇者殿が私に一発でも当てることができたら、何でも一つ、お願いを聞いてあげましょう」
「え?何でも?」
「こう言えば大抵の兵士はやる気が出ると、昔そう教わったものですから。どう、でしょうか?」
うかがうようなクリスさんの視線に、僕は目に入った砂の事も忘れて満面の笑みで頷いた。
「よーし、頑張るぞ!」
当然、やる気も最高潮だ!
だって、何でもって事は、“あの”お願いも大丈夫ってことだもんね!
僕は構えを取りながら――今度こそ本気で作戦を練ることにした。
今までの事を考えれば、恐らく“本当に”思い切り攻撃してもクリスさんなら防げる……と思う。
だから、今回は自力で止められるようなモノじゃなくて、完全に振り切る勢いでいってみよう。
クリスさんはさっきまでの攻撃が僕の全力だと思って――なさそうだけど、びっくりはすると思うから避けられないと思うし、いきなり剣で受ければ流石に仰け反ると思うし。
攻撃を受けて体勢が崩れている内に、2発目を軽く当てる感じでいけば……。
うん、いける気がする!
「いくよ!」
《――風よ、我が身を疾風と化せ》
「いつでもどうぞ」
クリスさんからの返答を聞いた瞬間、僕は力いっぱいに踏み込みながら剣を横薙ぎに振り払った。
それは今まで以上の速度と何だかすごい音を鳴らしながら、クリスさんへと迫って。
けれど、「決まった!」と思った次の瞬間、僕は再び驚きに目を見開くこととなった。
「魔法を使って正解でしたねっ!」
そう叫びながらも、クリスさんは僕の攻撃を受け止める――ことはなく、バックステップを選択。
しかも、魔法の影響なのかは知らないけど、クリスさんの動きはさっきまでより段違いに速くて、このまま振り切っても絶対に当たらないのが見てわかるほどで。
もう剣を振っている最中だからこれ以上は踏み込めないし、次はこの速度が出ることを前提に対策されちゃうから……?
こ、このままじゃ、お願いを聞いて貰えない!?
「どうにかしないと!?」と、焦った僕がそんな風に考えた時――
気付けば、僕の口はひとりでに動き、ライルさんの怪我を治した時に呟いた“あの言葉”を口にしていた。
「――リバージョン」
その直後、すごいことが起きた。
バックステップの途中だったはずのクリスさんが、まるで瞬間移動したかのように攻撃を避ける前の位置まで“戻ってきた”のだ。
クリスさんは避けようとしていたわけだから、防御なんてしていなかった。
つまり――
「ぐっ!?」
ゆっくりと動く時間の中で、僕の振るった剣がクリスさんの胴体にめりこんでいく。
それは強制的にクリスさんの体を折り曲げて――次の瞬間、クリスさんは地面を滑るように視界の外まで吹き飛ばされていった。
「だ、大丈夫!?」
もしかしたら大怪我をさせてしまったかもしれない。
そんな冷たい想像が僕の顔を青くして。
しかし、そんな想像とは裏腹にクリスさんは視界の先で平然と立ち上がると、
「今の、魔法は……?」
と、そう呟いてから、顎に指を当て何かを考え始めていた。
いくら鎧の上からだといっても、あんな速度で吹き飛ばされたのに無傷……?
それを不思議に思いながら、僕はクリスさんに近づき声を掛けた。
「あの、クリスさん。平気なの?」
「え?あぁ、受ける直前で同じ方向に跳んだので平気です。しかし、もし魔法を使ってなかったらと思うと……」
クリスさんは自分の位置を確認してから、吹き飛ばされる前に立っていた場所を見つめる。
その視線は険しく、僕には……それが怒っているようにも見えた。
「恐ろしい程の力ですね。勇者殿の体格から繰り出される力の範疇を、軽く超えています」
その言葉に、心の中で頷きを返す。
実際、今の体力、動体視力、運動能力はどれをとっても前世の僕なんかとは比べ物にならない。
それに、最後に使ったあの力は……。
「ラインハルト上五位、大丈夫ですか?」
2人して黙り込んでしまっていた所に、アスカルさんが声を掛けてきた。
そうだ、今は訓練の途中だったっけ。
「えぇ、特に怪我はしていません。しかし、鎧の方が少々」
「では、今日はこれまでとします。そもそも、そういう約束だったようですし……見たところ勇者様にも休息が必要のようだ」
そう言って、アスカルさんは穏やかな表情で僕を見下ろす。
そして、おもむろに僕の頭に手を伸ばすと、その大きな手で頭を撫でまわしてきた。
「しかし、お見事でしたな勇者様。あのラインハルト上五位に土をつけるとは、約束の件はしっかり果たして貰うように、ハッハッハ」
「わわわっ」
何だか安心する――じゃなかった、そうだ、約束!
「あの、クリスさん、お願いなんだけど……」
「はい、何でもと言ってしまいましたからね」
ばつが悪そうな表情で、クリスさんは目を逸らす。
僕は緊張しながら、昨日からずっと考えていた“お願い”を口にした。
「と、友達になってほしいなぁ……って」
緊張しすぎたせいか顔はうつむいて、更にはモジモジしながらの言葉になっちゃったけど……ちゃんと言えた。
どう、かな?なってくれるかな?
緊張半分、期待半分。
僕はクリスさんからの返答を待った。
「それは……」
けれど、僕の期待とは裏腹に、クリスさんは表情を暗く歪ませると。
「何でもといった手前、言いづらいことではありますが、お受けできません。できれば、その他の事を――」
僕のお願いは、その一言で呆気なく断られてしまった。
「あ、あはは、ごめんね。変なこと言っちゃって……」
そう、だよね。
友達なんていきなり言われても、気持ち悪いだけだよね。
いくら何でもするお願いだっていっても、不良品の僕なんかと友達になりたいわけ、ないもんね。
思えば小学校の時だって、そうだった。
ずっと友達をしてくれていた“あの子”にも結局嫌われて――
「はぁ……。ラインハルト上五位、あとで兵舎まで来るように」
「え、な、なぜ?わ、私は……」
そこから先の事は、あまりよく覚えてない。
気付けば空は夕暮れで、いつの間にか僕は部屋に帰っていて。
あんなに楽しみだったご飯も、あまり喉を通らなくて。
僕は――




