47 リベリア戦線
あれから翌日、僕は朝早くから馬車に乗り込むことになっていた。
理由はもちろん、戦地へと向かうため。
てっきり、1週間後に出発なのかと思ってたけど……移動時間を考えれば当然の話というか。
聖都の時もそうだったのに僕ってバカすぎるよね、うん。
「はぁ……」
自分の頭の悪さにショックを受けながら馬車の扉を開く。
すると、中にはソワソワしているクリスさんとお菓子を頬張るサラがいた。
「いや、朝からお菓子って……」
クリスさんの様子も気になったけど、サラのインパクトが強すぎる。
思わず言葉を漏らすと、クリスさんが苦笑いを浮かべながら事情を説明してくれた。
「『頭を使う前にはトウブンって聞いたから、戦う前のお菓子は当然』とかなんとか、よくわからないことを言って聞かなくてですね……」
やばい、僕のせいだった。
いつかの時に軽い気持ちで教えたことだったけど、まさか1週間前から糖分摂取を始めるなんて。
サラのお菓子中毒を舐めてたよ……。
「サラ、朝からお菓子なんてダメだよ。病気になって、一生甘い物食べられなくなっちゃうよ」
お菓子ばっかり食べてたら、例え病気にならなかったとしても体に悪いに決まってるもん。
ここは心を鬼にして――って、あれ?
「ふへ!?はひよほへ!?――は、初耳なんだけど!?ど、ど、どうすればいいのよ!」
どうやら僕の言葉は効きすぎてしまったらしい。
サラは席から転げ落ちそうなほど驚くと、手に持っていたお菓子をクリスさんに向けて押し付け始めた。
「クリス、あげる!」
「え、いらないんですけど……」
さすがに驚かせすぎたかも……。
クリスさんも困ってるし、ここはフォローしておくのがよさそうかな。
「ずーっと食べてたらそうなるってだけで、今すぐじゃないから!今日は大丈夫だと思うよ!」
「なによ、驚いて損したじゃない。お菓子は返してもらうわ!」
「あ、ちょっ――な、なんでしょうね、このムカムカは……!」
瞬く間に押し付けたお菓子を奪い取っていったサラを、クリスさんがにらみつける。
わがまま放題だけど……サラらしいよね、うん。
「まったく、緊張していた私がバカみたいじゃないですか……」
「え、クリスさん緊張してたの?」
いつも毅然としてるから、そんなイメージ全然ないけど……。
馬車の座席に座りながら首を傾げると、クリスさんは少しだけ笑ってから言葉を返してきた。
「戦場で戦うこと。これは私の、長年の夢でしたから」
『戦場も経験したことのない、半端な騎士』
あの夜、クリスさんはそう言って落ち込んでたけど……そっか、夢が叶うんだね。
そう考えてみれば、今のクリスさんはどことなく嬉しそうに見える気が――
「ふ、ふふ、『武道大会の結果が良くとも戦場では別』『命のやり取りを知らぬ騎士は腕が立っても半人前』『女は戦場ですぐ死ぬ』等々、今まで散々言われるがままでしたが……これで奴らに思い知らせることができます。ラインハルト家を舐めるなよ、と。ふ、ふふ、ふふふふ」
まぁ、笑ってるし……機嫌が悪いわけではないよね、うん。
触らぬ神に祟りなし。
どこか遠くを見つめながら怪しい笑みを浮かべるクリスさんから一旦視線を外し、僕は改めて今回乗ることになった“新しい馬車”を観察することにした。
「なんか、いつもの馬車と違う……?」
聖都へ行った時のよりも大きいし、頑丈そうだ。
これから戦い(?)をしにいくんだから当然かもしれないけど、いつもの馬車とあまりにも違い過ぎるというか。
聞いた話によれば、今回の道中で馬車に乗るのって僕達だけらしいし……。
え、これ絶対に目立つやつじゃん。
「ねぇ、クリスさん。僕達だけ馬車に乗っててもいいの?」
「ん?あぁ、縁殿は今回の戦いでとても重要な存在となるわけですから、この待遇は当然です」
重要な存在……。
そういえば、スタネアさんも今回の戦争には僕の存在が必要だって言ってたような?
何をすればいいのかはまだわからないけど、期待されてるんだから皆の足を引っ張らないようにしないと。
「僕、頑張るよ!」
「はい。一緒に頑張りましょう」
「わたくしも精一杯支えますね!」
……ん?今、声が多かったような?
「あの、ラーファ様がこの場にいるのはおかしいと思うのですが……」
クリスさんの言葉に思わず隣を見れば、ラーファが馬車の扉を開けて微笑んでいる所だった。
「いえいえ、おかしくなんてありませんよ?自らの選択を見届けることは王族の勤めですから。わたくしが縁様の側にいるのは当然のことなのです!」
当然ではないと思うけど、ラーファの事だから「お姫様は危ない所に来ちゃダメ」なんて言っても無駄だろうし……。
「……勝手に離れちゃダメだよ?」
「はい!絶対離れません!」
僕が頑張れば、大丈夫だよね?
そう自分に言い聞かせながら、一応の確認でクリスさんへと視線を向ける。
「ちょっと、上の方に確認してきます……」
「あ、いってらっしゃい」
あぁ、やっぱり。
どうやら、ラーファが来るのはクリスさん的に想定外のことだったらしい。
疲労感を漂わせながら馬車を出ていくクリスさんを見送ってから、僕は未だにお菓子を貪り続けるサラへと声を掛けた。
「危なくなったらサラが守ってあげてね」
「|ふぁふぁへへほひははい《任せておきなさい》!へきはんへ、|ふぁふぁひはへーんふはおひへはるふぁほ《あたしがぜーんぶ倒してやるわよ》!」
あぁ、もうポロポロ落ちてるし!
「喋る時は飲み込んでから!」
「むー!」
お菓子を頬張るサラに注意しながら、口を拭いてあげる。
何だか結局いつもの4人組で、いつもの感じになっちゃったけど……まぁ、いいか。
「えいっ」
「むぁ!?ひゃめなはいほー!」
緊張するよりは安心しながら任務ができた方が絶対いいもんね。
皆が来てくれて、僕はとっても嬉しかったし。
やっぱり、これが一番だよ、うん。
「ただいま戻りました……」
「あ、クリスさん。おかえり」
何となくサラの頬っぺたをムニムニして楽しんでいれば、思ったよりも早くクリスさんが帰ってきた。
多分、ラーファはついてくることになっただろうし、今後の予定とか聞いてみようかな?
「ねぇねぇ、クリスさん。僕達はこれから何すればいいの?」
「いざ何を、と言われると難しいのですが……。恐らく、私達の任務は後方支援ということになるでしょう」
後方支援って、何だろう?
難しい言葉に思わず首を傾げると、クリスさんは苦笑いをしながら言葉を付け加えてくれた。
「これから我ら帝国軍は聖都領土を真っすぐに通り抜けた後、リベリア王国の国境砦に到着し次第“宣戦布告”を行います。私達の仕事は砦攻略後の中継地作りで――えぇと、簡単に言えば、リベリア王都近郊にある村への侵攻及び設営、防衛を行う自軍を後ろから助けよう、という話です」
宣戦布告とか、侵攻とかよくわからないけど、僕にも協力できることだったらいいな。
クリスさんの説明に未だハッキリとはわからない“戦争”を思い浮かべていると、説明を終えたクリスさんが唐突にサラへと手を伸ばして、その手元にあるお菓子を取り上げてしまった。
「さて、そろそろ出発の時間ですので……お菓子は没収です」
「え、ちょっ!?なんでよ!」
「サラはエルフ――ではないようですが、耳が長い人間をよく思わない帝国人は多いんです。行軍中に砂糖菓子とか煽りと思われても仕方ないので、休憩までは我慢してくださいね」
サラは“自称”人間だけど……まぁ、人によっては信じてくれないもんね。
なんてことを考えながら、貧弱な腕を振り上げて怒るサラを見ている内に、どうやら諸々の準備は完了したらしい。
準備を終えた僕達の馬車はゆっくりと帝都の外へ出て、大勢の兵士さん達――帝国軍と一緒にリベリア王国へと向けて出発した。
――そうして馬車に揺られながら進み続けること、1週間後。
僕達は予定通り砦へと到着し、そこで帝国の各方面から集まったいっぱいの兵士さん達と合流した。
「せ、戦争って、こんなに集まってやるんだ……」
馬車が止まっているのが高台だったおかげで、集まった人の多さがダイレクトに伝わってくる。
帝国を出発した時ですら多いって思ってたのに、嘘でしょ、これ……。
「うわぁ、こんなにいっぱいのヒト初めて見たわ。なんか、気持ち悪いわねぇ……」
「まったくです。帝国の人海戦術は知っていましたが、質より量と言わんばかりで本当に気持ち悪いですね」
「あの、目の前にいるのが帝国上級騎士だってこと、忘れてませんか……?」
大勢の兵士さん達に皆がそれぞれの反応をする中、僕は豪華なテント(?)が張ってある場所近くの一段高い舞台にスタネアさんがいることに気づいた。
「あ、スタネアさんだ」
「なるほど、そういえば彼女は従軍司祭でしたね……」
従軍司祭?
聞きなれない言葉に首を傾げると、クリスさんは「兵士の心を癒やす役割を持った人です」と簡単に教えてくれた。
カウンセラー、みたいな感じなのかな?
「立派なお仕事なんだね。流石、スタネアさん」
人の心を治すなんてリバージョンでもできないのにすごい。
僕は素直にそう思った、けど。
「あんな“紛い物”が司祭を名乗るなど、あってはならないのですが……」
どうやら、ラーファにとってはそうではなかったみたいで。
珍しく不機嫌そうにしているラーファに、ちょっとだけ驚いてしまった。
いつもニコニコ笑顔なのに、どうしたんだろう?
「紛い物って……同じ女神様を信じてるんじゃないの?」
「それは、そうなんですが。あれは、わたくし達が認めているモノではないので」
むぅ、よくわからない……。
同じ女神様を信じてる宗教なのに仲が悪いなんて、不思議だよね。
――なんて、そんなことを考えていた時だった。
「さぁー、我らが怨敵を、カタキを、女神様の敵を、正義の鉄槌をもって滅ぼしましょうー!」
スタネアさんが大きな声で兵士さん達に声を張り上げた瞬間、地面を揺るがすような咆哮が周囲に響き渡った。
「「「……っ!?」」」
僕とサラ、ラーファが思わず耳を押さえて、顔を見合わせる。
いきなりのことに、皆はびっくりしたような表情をしていたけど……。
その中で、クリスさんだけは嬉しそうな表情で拳を握り、何かを噛みしめている様子だった。
「な、なんだったのよ。さっきの……」
「気合を入れた、とかじゃない?」
声が収まった後もフラフラと頭を揺らしているサラに言葉を返しながら、クリスさんの様子をうかがう。
すると、クリスさんは僕達を見て、真剣な表情で口を開いた。
「縁殿、今から始まります」
今から始まるって、戦争のことだよね?
クリスさんの言葉に窓の外を見ると、外では兵士さん達が綺麗に整列して“剣を構えていた”。
――今、思えば、僕は想像すらしてなかったんだと思う。
だって、そうでしょ?
戦うと言ってもわざわざ命を奪う必要なんてないし、そもそも人を傷つけたり殺すのはよくないことで、普通じゃないんだから。
そう、普通じゃないから……やらないと思っていた。
でも、現実は――
「な、え、あれ……」
窓から見える光景に、何も動けなくなった。
けれど瞳に映る“ソレ”らは、容赦なく僕の記憶に焼き付いて、次々と心に積もっていく。
「や、やめ……」
今、兵士さんの頭に矢が刺さった。
今、騎士さんの体を雷が焼いた。
皆、皆、さっきまで生きてたのに。
何のこともなく、普通のように。
……僕の目の前で、人が、死んでいく。
「ふむ、やはり戦況はこちらが有利ですね」
「リベリアも聖都と帝国が同盟を結ぶとは思ってなかったようですから――って、ん?つまり、これはわたくしと縁様の、あ、愛の力ということに?」
「リベリアって魔導技術大国よね?何で雑魚魔法しか飛んでこないのよ。絵本で見たのと違う、むむむ……」
そんな地獄の中でも、何故か皆は“いつも通り”で。
僕は震える声で、皆に言葉をかけた。
「ね、ねぇ。な、なんで皆は平気、なの?」
すると、皆は顔を合わせて。
その中でもいち早く、クリスさんは何かに気付いたような声を上げた。
「あっ!縁殿、気分は大丈夫ですか?つらいなら外の空気を吸いましょう。安全は私が確保するので!」
そうだけど、そうじゃない。
僕は頑張って伝えようと、声にもならない声を出し続ける。
けれど、それは誰にも伝わらず、伝わってくれず。
「そういえば、縁ってオーク斬って吐いてたわよね。大丈夫?ズル技で気分を良くするとかできないわけ?」
「縁様、あまり直視はしない方がいいですよ。わたくしもハッキリ見てしまうと、汚くてつらいですから……うぅ、やはり死体というのは気持ち悪いですね。早く焼いてしまいたいです」
皆が心配してくれているのは、十分に伝わってくる。
でも、なんだろう……。
根本的な所で“ズレてる”、そんな気がするんだ。
僕は伝えるのを諦めて、クリスさんに質問を投げかけることにした。
「これが、戦争なの……?」
すると、クリスさんはいつものように微笑んで、
「はい、国のために死んで道を残す。戦争とはそういうモノです。縁殿には気分の悪い光景かもしれませんが、これは皆の頑張りで国が成り立つという素晴らしい光景でもあるのですよ。きっと、彼らも誇らしく思っていることでしょう」
ハッキリと、僕には理解できないことを言い切った。
それが僕には、とても不気味なことに思えて――
「戦争を終わらせるには、どうすればいいの?」
悲惨で凄惨な光景を見たから“ではない”謎の吐き気を抑えながら、クリスさんに問いかける。
クリスさんは困惑したような表情で顎に手を当てて……答えをくれた。
「今回の目的は魔王復活を目論む、“元”英雄カイン・リジルを討伐することなので。彼が倒れれば、一応は終戦ということに――」
「その元英雄はどこにいるの!?」
「え?えぇと、彼はリベリア王国にとって重要な戦力であるはずですから。定説通りなら王都、それか王都近くの駐屯地ということになると思いますが……」
リベリア王国、王都……。
確か、さっき見せてもらった地図によると、王都は砦を越えて、西に向かって真っすぐのはず。
ちゃんと道があるらしいから、占領予定の村にしても、王都にしても、わかりやすいってクリスさんが話してたっけ。
きっと、僕が元英雄を捕まえて帰れば、戦争は終わるんだよね……?
「ちょっと、縁。何する気よ」
声に目を向けると、サラが心配そうな表情で僕を見つめていた。
……そうだ、サラの魔法なら。
「ねぇ、サラ。僕を砦の向こうに飛ばすことってできる?」
「は?まぁ、やろうと思えばできるけど……矢とか魔法が飛んで来たら、あんたが危なくなるから嫌よ」
じゃあ、それなら――
「ま、待ってください!縁殿が出陣する命令は出ていません!そんなの絶対に認める訳には――」
「僕が走る先の、砦の壁を壊すことならできる!?」
「それなら楽勝よ。あんな薄いの余裕でぶっ壊せるわ」
それを聞いた瞬間、僕は“不壊の剣”を掴み、馬車から飛び出した。
もう限界だった。
じっとするのも、見ているだけなのも……あの空間にいることも。
僕は戦いの場を迂回しながらも“本当の全速力”で駆け出して――
「っ!」
砦前にあったすごく大きな川を一息に飛び越えて、壁へと向けて走り出した。
長い戦争が始まりました。




