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45 帝国の危機

 部屋が変わってから数日後、僕はいつものように訓練場で、いつものように模擬戦を行っていた。

 ただ、その“結果”だけはいつもと違っていて。


「えへへ、僕の勝ちー」


「ぐぬぬ、まさか背後に“転移”されるとは……次は負けません!」


 訓練用の木刀を持ち上げてポーズを取る僕に対し、ホルトンさんは悔しそうに表情を歪める。

 まぁ、転移というか自分の位置をホルトンさんの背後まで戻しただけなんだけど。


 “初勝利”、かぁ……。


 この世界に来てから、既に4カ月。

 それはつまり、騎士さん達との訓練も4カ月目に突入するということで――


「……ふふん!」


 僕は今、最高に舞い上がっていた!


 だって、待ちに待った初勝利だよ?

 能力ありで、ホルトンさんは利き腕しか使っちゃいけないというハンデ戦だったけど、それでも騎士さんに勝ったんだよ?


 あぁ、なんだか初めて勇者としての一歩を踏み出せたような気がする……。


 オーク戦では吐いて、聖都では勘違いを起こした僕だったけど。

 今日は、今日だけは勇者って言える、よね!


「ホルトンさん、僕すごい?」


「えぇ、もちろん。まさに勇者と呼ぶにふさわしい成長をしておりますよ!」


 ホルトンさんの言葉が嬉しすぎて、思わず頬に手を当て体をくねくねさせてしまった。

 この気持ちを僕だけで抱えるなんて無理だよ、うん。

 早速、皆に自慢しに行こう!


 僕はホルトンさんに断りを入れてから、訓練場の出口へと振り返る。


「あっ」


 けれど、訓練場の出口には“あの人”がいて。


「まさか上四位にも勝ってしまうとはー。流石は勇者様、すごいですねー」


 視線の先にいるあの人――スタネアさんがこちらに向けて手を振る。

 その表情は笑顔で、声も優しいモノだったけど……僕は思わず視線を逸らしてしまった。


「……何か用事?」


「ふふふ、お昼ご飯のお誘いですよー。さぁさぁ、訓練は一度中断して食べに参りましょうー」


 お昼ご飯……。

 スタネアさんの言葉に、思わず寂しい気持ちが湧き上がってくる。


「あの、セーノさんは……」


「セーノ?あぁ、ミーゼス家のご令嬢の事ですかー。あの方なら今は別の任務に従事しておりますのでー。勇者様が心配することはございませんよー」


 今までは休憩とか訓練の終わりには、いつの間にかセーノさんが側にいて。

 褒めてくれたり、お話ししてくれていたのに……。


 そう、部屋が変わったあの日から、僕はセーノさんと会えずにいたのだ。


「寂しいのはわかりますが、彼女も任務ですからー。さくっと切り替えて、私で我慢してくださいねー?」


 別の任務があるとか、僕の担当が変わったとか。

 いろいろ理由は聞かされたけど……切り替えるなんて、できるわけがない。


 けど――


「……」


 作戦の準備で騎士さん達も皆忙しい状況なのに、わがままを言うのはダメ、だよね。

 そうだ、僕が我慢すればいいことなんだから。

 迷惑なんて、掛けられない。


「うん……」


 僕は寂しい気持ちを胸の奥に押し込んで、スタネアさんと一緒にキラキラの自室まで戻ることにした。

 ニコニコと上機嫌そうに歩くスタネアさんに着いていき部屋の扉を開けると、


「お疲れさまです、勇者様」


 “案の定”、部屋の中では全身鎧を身に着けた2人の騎士さんが壁際で待機をしていて、部屋に帰ってきた僕達を慣れた様子で出迎えてくれた。


「あ、はい。お疲れさまです……」


 言葉を返しながら、ちらりと騎士さんの様子を確認する。

 近衛三番隊の騎士さんとは違う紋章を付けていて、何だか機械のような雰囲気を感じる人達。

 スタネアさんからこの人達が“近衛二番隊”だということや、僕の護衛をすることになったという話は聞かされていたけど。


 やっぱり、慣れないなぁ……。


「はぁ……」


 憂鬱な気分になりながら、僕は席に着く。

 テーブルには、既に出来立ての料理が準備されていた。


「どうぞ、冷めない内にいただいてくださいー」


 ニコニコしながらじーっとこっちを見てくるスタネアさんから視線を外し、僕はいただきますをしてから目の前の料理に手を出す。

 もちろん、いつものように美味しい。

 けど、何となく……物足りない気がするのは気のせいなのかな。


 言葉で言い表せないような気持ちを胸に感じつつ、僕は黙々とご飯を食べ続ける。

 すると、半分ほど食べ終わったところで――対面の席から大きな欠伸が聞こえてきた。


「……ふわぁああ」


「え?」


 びっくりして目を向けると、スタネアさんがテーブルに体を突っ伏していて。


「すみません―……。私、どうしても朝は弱い方でしてー……」


 そんなよくわからないことを、眠そうな声で僕に伝えてきた。


 今は、朝というかお昼なんだけど……。

 寝不足、なのかな?


「もしかして、夜までお仕事頑張ってるの?」


「夜のお仕事……?あ、あら、うふふふー。勇者様ったら、意外とグイグイくるんですねー?」


 ……何で、くねくねしてるんだろう。


 突っ伏しながらくねくねとする謎の動きをじっと見つめていると、突如スタネアさんは思い出したかのように体を起こして、僕に向けて手を合わせてきた。


「そうです、そうですー。今日のお仕事、まだありましたー。ご飯を食べ終わったら聖堂まで来てください、勇者様ー」


 聖堂?何かあるのかな?

 気になった僕が質問しようと……したんけど、既にスタネアさんは再びテーブルに突っ伏して、寝息を立て始めてしまった。


 ……質問は後にして、お昼食べちゃおう。


 僕はできるだけゆっくりと、時間をかけながらお昼ご飯を食べて。

 そうして、数十分後――


「ごちそうさまでした」


「ふふふー、勇者様は不思議な挨拶をしますねー?」


 お昼ご飯を食べ終わった僕はスッキリとした表情のスタネアさんに連れられて、聖堂へと移動した。


「さて、邪魔者がいない内に、ちょっと真剣なお話しがあるのですがー……」


 スタネアさんに先導されながら大きな扉を開けると、キラキラとした装飾が目に飛び込んできた。


「うぅ……」


 金色ばかりの豪華絢爛な輝きが目に突き刺さってきて、思わず目を隠す。

 なんか、ヘンゼルさんのお屋敷みたいだ。

 これが帝国式なのかな?


「どうぞ、お座りくださいー」


「あ、うん」


 スタネアさんの言葉に目をシバシバさせながら席へと座り、壇上を見上げれば、いつの間にかスタネアさんは小さな台の後ろにいて――って、あれ?


「スタネアさん、何で台の横に“お布団”が敷いてあるの?」


「えっ?あー!?し、仕舞い忘れてましたー。あわわわー……」


 僕の言葉にスタネアさんは慌てた様子で布団を引っ張り、何故か祭壇の後ろに押し込み始める。

 この世界でお布団なんて初めて見たけど、ちゃんとあるんだね。

 今度、僕の部屋にも敷いてもらおうかな。


「こほん!えぇと、勇者様には帝国のためにやっていただくことがありますー。それを、今から説明しますねー?」


「あ、うん」


 どうやら、お布団は片付け終わったらしい。

 スタネアさんは誤魔化すように咳払いをしてから、お話しの続きを始めてくれた。


「まず始めに言っておきますが、帝国は1週間後に戦争を起こしますー。そこで、勇者様には私達と一緒に戦地に赴いてほしいんですよー」


『戦争』

 その言葉は前世でも聞いたことがある……気がする。

 確か、意味は漢字の通りで、戦うとか争うってことだったよね?


 やらない方がいいとか、大変な事とか、ふんわりとした話は聞いたことがあるんだけど。

 テレビでも戦争映画、戦争特集って言葉が出てカッコいい飛行機や船が見えた瞬間、お母さんがチャンネル変えちゃってたし。

 日本の歴史に何かあるんだろうってところまではわかっても、社会と保険体育の教科書だけはお母さんがダメって言って渡してもくれなかったし……。


 ハッキリ言って、僕には戦争が何なのかよくわからなかった。


「戦争って何するの?」


 もう、ここはスタネアさんに聞いちゃおう。

 わからないことは人に聞く、これだよね!


「え、は?戦争を知らないって、あちらの世界はよっぽど平和なんですねー。……羨ましい」


 あ、あれ?呆れられちゃった?


「端的に言えば、戦争というのは国同士の争いですー。どちらが正しいか、どちらが正義なのかー。それを決める戦いなんですよー」


 正義を決める戦い?

 意味がよくわからなくて首を傾げると、スタネアさんは言葉を続けてくれた。


「例えば、そうですねー。帝国の東にある『リィーン』や『イース』という国では“奴隷”が鉱山で酷使され、多数の民が病に侵されていると聞きますー。反面、帝国では“奴隷を持つこと自体を禁止”しておりますがー……勇者様的にはどちらが正義ですかねー?」


「奴隷って、何?」


「そ、それもですかー……。奴隷は簡単に言えばヒトとしての最下層ですかねー?奴隷は殆ど道具みたいな物なのでー。それを増やして使うというのを彼の国は行っているんですー」


 ヒトの最下層、殆ど道具。

 そんなひどいことを、増やして使うなんて……意味わかんない。


「僕は帝国が正義だと思う!酷使して病気にするなんてひどいもん!」


「ですよねー。勇者様ならそう言うと思ってましたー。つまり、今回の戦争もそういうことなんですー。けれど、今回の“敵”は奴隷を酷使する国よりもひどいかもしれませんねー」


 え、今の話よりもひどい国があるの?

 思わず息をのむと、スタネアさんは微笑みを浮かべ……その国の名前を口にした。


「そう、この世界の敵は『リベリア王国』。聖都の西にある彼の国は“魔王”を復活させ、世界を手中に収めようと画策しておりますー」


 魔王、復活?

 思ってもみなかった言葉に、僕は驚きで目を見開く。

 すると、スタネアさんは楽しそうに笑って、言葉を続けた。


「しかも、その手先として彼の国は英雄『カイン・リジル』を登用しましたー。英雄が魔王復活のための下僕となるなんて、恐ろしい話ですよねー」


 しかも、英雄“カイン”って、サラが大好きな絵本に出てきた人だよね?

 世界を救ったっていう、あの英雄の……。


「我ら帝国は長年リベリア国に苦汁を飲まされ続けてきましたー。周辺諸国と手を組んでの“関税の引き上げ”!それによる“民の貧困”!国境線の村に対する卑劣な“侵略行為”!その全てはリベリア国の指金で、彼の国は大陸に巣食う病なのですよー。きっと、魔王復活を止められるのが帝国だけだとわかっているんですー」


 突然の内容と難しい言葉に、僕の頭から煙が出始める。

 けれど、そんな僕に構うことなく、スタネアさんは熱に浮かされたような表情で言葉を吐き出し続けた。


「特に民の貧困は問題として根深い物になっていますー。帝都は未だ平和ですが、地方――特に国境付近の村では食べる物にも困るくらいの貧困に喘いでいますからー」


「え、食べ物にも困るって」


 そんなの知らない、聞いたことがない。

 だって、セーノさんに頼めばご飯は用意してもらえたし、サラだって毎日何かしらのお菓子を食べてるし。

 クリスさんもラーファも、食べ物で困ってるなんて話……したことないのに。


 それって、本当の事なの?


「皇帝陛下も村々を見捨てず、あらゆる施しを行っておりますがー……それも行き届かないのが現状ですー。現に勇者様の訓練を担当していたホルトン様が居た村も、畑は魔物に荒らされ食べる物も手に入らず、毎日が必死の生活だったようですよー?」


 それは想像しようにもできないほど、僕の常識からかけ離れた“現実”で。

 僕は慌ててスタネアさんに問いかけた。


「い、今は大丈夫なの?」


「えぇ、もちろんですー。彼も王宮勤めとなってからは生活が安定したようで、今年には2人目の子供も生まれるとかなんとかー。近々、帝都に家を買って家族で住む予定もあるみたいですよー。ですが、それはほんの一握りだけの話ですー。力のないものから死ぬのが帝国の現状ですからー」


 よかったけど、全然よくない。

 まさか、これがセーノさんの言っていた帝国の危機、なの?


「もし仮に全ての元凶であるリベリア王国に勝利できたならば、今苦しんでいる民達を救うことができますがー……。それには勇者様の協力が不可欠ですー。どうか帝国全ての民や、勇者様の大事な人達のため、協力してくれませんかー?」


 そう言い切ってから、スタネアさんは僕を見つめて、言葉を止める。


 まだ頭が混乱してるけど……。

 今の話で、リベリアがすっごく悪い国で、帝国がそれを止めようとしているというのは……何とか理解できた。


 でも――


「僕は……」


 魔王とか英雄とか、すごい存在が敵にいるのなら勇者の出番だとは思う。

 だけど、実際の僕は……そんなに強いわけじゃない。

 ホルトンさんには初勝利できたけどハンデありだし、クリスさんやサラには未だに勝てたことがない。


 僕にできることなんて、本当にあるのかな?


「ありますよ、勇者様ー」


 まるで心を読んだかのような言葉に、驚いて顔を上げる。

 視線の先ではスタネアさんが、まるでラーファやフィムさんみたいな笑みを浮かべて、僕を見下ろしていた。


「戦争を開始すると他の国々がリベリア王国側についてしまい、帝国は更なる窮地に立たされるかもしれませんー……。なので、勇者様には我が帝国が正しいのだと証明をしてもらいたいのですー。正義は我にありと、そう世界に伝える――これは女神様の使者である勇者様にしか、できない事なのですー」


「僕にしか、できない」


 神様から頼まれた使命とはまったく関係ないことだけど……。

 リベリア王国を倒さないと世界が終わるというのなら同じこと、だよね?

 なら、魔王復活を止めて帝国を救うのも、勇者の使命……。


「やっていただけますかー?」


 スタネアさんの問いかけに、僕は力強く頷きを返す。

 戦うのは嫌なことだけど、困っている人達を見捨てたりせず、全部を助ける――絵本のような勇者になりたいというのが僕の夢なのは変わらないし。

 それに、例え世界の為でなかったとしても、帝国にはたくさんお世話になってるんだ。


「毎日おいしいご飯が食べられて、お風呂に入る生活ができてるのも、この国があるからなんだもんね。頑張らないと!」


 暗い話ばっかりだったから、あえて明るく言葉を返す。


「ふふふ、そうですねー。恵みある明日のため、一緒に戦いましょう、勇者様ー!」


 すると、スタネアさんはそう言って、今までで一番の満面の笑みを見せてくれた。

 それを見て、僕は自分の選択が間違いじゃなかったんだって、心からそう思えた。

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