44 私の想い(クリス視点)
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「……こちらが、新しい部屋です」
拝謁が終わった後、“私”は縁殿を“王宮管轄”の新しい部屋へと案内した。
新しい部屋は軽く内装を見回すだけでも、今までの部屋より豪華で広く。
いくら御三家といえど、一貴族では対抗できないのだと……まるで、見せつけられているかのような気分だった。
「うわぁ、前の部屋も凄かったけど、こっちもすごいね。全部ぴかぴかだよ」
素直に喜ぶ縁殿を見て、胸がズキリと痛む。
すると、縁殿は私の心を読んだかのように表情を曇らせ、心配そうに声を掛けてきた。
「クリスさん、今日は本当に大丈夫?何かあったの?」
何かあったか、ですか。
そう聞かれたら、あるとしか答えられませんね。
例えば、縁殿の管理がラインハルト家から王宮へと移ったことはかなり大きな変化になるでしょう。
まぁ、ミーゼス家の凄まじい反発により、今作戦の間だけということにはなりましたが……。
これまでラインハルト家とミーゼス家で防いでいた他騎士家の“干渉”を、今作戦の間だけでも真正面から受け止めなければならなくなるというのは……想像だけでも憂鬱極まりないことです。
「……いえ、何も」
ですが、それを縁殿に話してどうするというのでしょう。
“私なんか”がどうにかできる問題じゃない上に、むしろ縁殿を巻き込む側だというのに。
「何にもありませんよ。縁殿は今までと同じように過ごしてくだされば――」
私は何とか笑顔を作り、縁殿へと言葉を――
「むん!」
「ひょぇ!?」
あ、あの、何で私は頬を引っ張られているんでしょうか……?
困惑しながら縁殿を見つめると、縁殿はちょっとだけ頬を膨らませてから、口を開いた。
「クリスさん、今『私なんか』って考えてたでしょ」
ど、どうして……。
口が使えないので視線で問いかけると、縁殿は誇らしげな表情で微笑んだ。
「もう4カ月も一緒にいるんだもん、わかるよ――なんて、気付いたのは今なんだけどね、えへへ」
あー、可愛い、癒やされる――じゃなくて。
そうか、もう4カ月になるんですね……。
初めて縁殿と会って、友達になって、色々と騒がしい毎日を送ってきましたが……思えば、あっという間でした。
「――ぷはっ、ふふふ、思い返してみると、縁殿はちゃんと成長しましたね。最初の頃は危なっかしくて、見ていられないほどでしたが」
頬を掴んだ手を外しながら、縁殿に笑いかける。
すると、縁殿は少しだけむっとした表情で抗議の言葉を返してきた。
「むぅ、ひどいよ!クリスさんだって最初はずーっと浮かない顔してた癖に!」
う、浮かない顔、ですか。
恐らく、友達になった“あの夜”までのことを言ってるんでしょうけど。
そこまで暗い感じ、していましたっけ……?
そんな風に、私が縁殿と出会った頃の事を思い出そうとしていると。
ふと、縁殿が真剣な表情をしていることに気が付いた。
「ねぇ、クリスさんはいつも“友達”のことを信頼に値する相手とか、背中を預けられる相手って言ってるけど……僕じゃ役に立てないのかな」
……それは、どういうことでしょう?
突然の言葉に困惑する私に対し、縁殿が笑みを浮かべる。
けれど、それはいつものように満開の花が咲くような笑みではなく……どちらかと言えば固く、つらそうな笑みで。
「ぼ、僕もさ、最近は頑張って強くなってきたし、きっと、役に立てると思うんだよね。そう!この前だって、アスカルさんにも強くなりましたな!って褒められて――」
体を震わせながら早口で言葉を紡ぐその様は、明らかにいつもの縁殿ではない。
頼られたいという言葉とは裏腹に、その表情はまるで――
「嫌われたくない……?」
「っ!?」
思わず漏れ出てしまった言葉に対し、縁殿が目を見開く。
しかし、その言葉は……縁殿だけではなく、私にも響くものだった。
「……なるほど」
そうか、私がいろいろな事を話せなかったのは“教えたとしてもどうにもできない”からではなくて。
「私は、縁殿に嫌われるのが怖かった……のですね」
気付けば、私は語り始めていた。
オーク駆除から帰ってきたあたりから抱き始めていた、不安を。
「最初はよかったんです。縁殿と一緒に帝国に貢献していく、そんな未来を考えるだけでよかったんですから。でも、夜番での話を聞いてから。そして実際に任務をこなしていくうちに。私達は縁殿を仲間としてではなく、良いように“利用”するための道具として扱っているのではないかと、考えるようになって……」
夜番の時、サラとの会話で縁殿はこう言っていた。
『帰れないのに、元気になっても、意味ないよ。お母さん、お父さん』と。
つまり、縁殿は病気や迫害と戦いながらも、“家族に囲まれて幸せな生活を送っていたはず”だったのだ。
だというのに、私達はそれを自分達の利益のために奪ってしまった。
もちろん、皇帝陛下には何か考えがあるのだろうし、国の運営の事など、ただの騎士である私にわかるはずもない。
けれど、帝国民ですらない縁殿の幸せを奪い、女神様の力に頼って縋る。
それが帝国のあり方なのかと、私は疑問に思ってしまったのだ。
「きっと、今後はもっと縁殿への命令が増えていくと思います。それは帝国がこの大陸を平定するまで止まることのない日々――きっと縁殿にとって、とてもつらい日々に、なるはずです」
オークを切っただけで気分を悪くしてしまう縁殿が戦争に参加すれば、結果など火を見るより明らかだろう。
「そうなったら、縁殿は帝国を――友達を利用した私を嫌うのではないかと、怖くて。今更なのに、勝手な理由で縁殿を召喚してしまったことすらも、謝りたいと思ってしまって」
自分でも虫のいい話だとは思っている。
でも、こうして全てを打ち明ければ……縁殿なら、許してくれるのではないかと、そう考える自分もいて。
「えぇと、命令とか戦争とかはあんまりよくわからないんだけど……僕は、クリスさんを嫌いにならないし、お願いなら何度でも聞くよ?利用されてる、なんて思ったことないから、気にしないでほしいな」
はい、縁殿ならそう言ってくれると、わかっていました。
しかし、実際に“その場面が来た時”、同じ言葉を言えるとは……やはり、思えないのです。
それを縁殿にわかってもらう為、私はもう一度、縁殿の顔を見つめ直し――
「それに召喚って話だけど……僕がこの世界に来た理由に多分、帝国は関係ないから。クリスさんが謝ることはないと思うよ?」
けれど、縁殿が続けた言葉に、思わず動きを止めてしまった。
「……え?どういう、ことですか?」
それは縁殿にとっては何でもない言葉だったのでしょう。
でも、私にとって……いや、帝国にとって“それ”はあまりにも危険な発言でした。
「だって、僕がこの世界に来たのは神様に頼まれたからだもん。あ、頼まれた内容は内緒なんだけど、帝国を助けてとか、そういう話じゃないんだよね。だから、本当に無理なことはちゃんと断るし、大丈夫!」
縁殿が女神様の使者なのは百も承知です。
でも、私は――いや、帝国は今まで、縁殿は“何の使命もなく召喚された”のだと、思い込んでいた。
縁殿が帝国のために尽くしてくれているのは純粋に帝国の為だと、“召喚主”である帝国に従っているためだと、そう考えていた。
だが、そうではなかったのだ。
縁殿には何かの使命があって……しかも、それは帝国を助ける為ではない。
つまり、縁殿は本当にやりたいことや使命を我慢して、お願いを聞いている?
『帝国には僕の助けが必要だって、セーノさんにお願いされちゃったから』という夜番での言葉通りに、契約も何もない不安定な口約束を、本当に信じて?
「まさか、嘘でしょう……?」
皇帝陛下は臣下に対するような態度で縁殿に命令を下しておりましたが、女神様から使命を受けていた勇者相手に一国の皇帝“程度”の命令など、何の意味があるのでしょう?
一応、生活の面倒を見ているという“恩”はあるはずですが、その程度のことで作戦に参加してくれるなどと安心できるはずもありませんし……。
帝国は、まさか、とんでもない道を進んでいるのでは――
「縁様、ご無事ですかっ!」
「遊びに――助けに来たわよ!」
「あ、サラ、ラーファ!」
衝撃的な事実に私の顔が青ざめ始めたところで、部屋の扉が勢いよく開き、見覚えのある少女2人がなだれ込んできた。
ラーファ様はともかくとして、サラは縁殿から“隔離”するという話にされていたはずですが……どうやって?
驚く私の目の前で、3人は楽しそうに会話を始める。
すると、その会話の中で、とある話がこちらに聞こえてきた。
「ねぇ、縁。これ見て。どう?カッコいい?」
「え?これって……ヘッドドレス?何でサラがそんなの付けてるの?」
「ふふふ、サラちゃんはわたくしのスーパーメイドさんになったのですよ!見た目にはヘッドドレスを装着しただけですが、これで完璧にわたくしの従者。何処でも一緒、というわけです」
……確か、例の条約の中でラーファ様とその従者の振舞いは制限できないという話を聞いたような気がします。
わざわざラーファ様がサラを従者扱いしたということは、そういうことでしょうし……なんというか、流石としか言えませんね。
「ふぅ……」
ですが、これで縁殿が寂しい思いをすることは無くなりました。
私、では不足ですが、サラやラーファ様なら任せることができるでしょう。
……例え、縁殿がこの作戦の途中で帝国から抜け出したとしても、きっと。
痛む胸を押さえながら、私は今までの“勝手な推測”と、自分の気持ちに蓋をして。
「サラ、乱暴な貴方にメイドなんてできるんですか?」
「なによ!バカにしてるわけ!?料理と家事と洗濯ができればいいんでしょ?余裕だわ!」
気持ちを悟られないように、笑顔を浮かべながら。
私は3人の会話に混ざっていくのだった。
まだまだ勘違いは継続中です。
縁君、神様の件どころか自分が死んだことすら他人に話してないですからね。




