35 サラちゃんは滅茶苦茶(ラーファ視点)
遡ること、十数分前。
あんなことになるとは露知らず、わたくしとサラちゃんは縁様達を見送った後、宿の中でお留守番をしていました。
本当は静かに――それこそお昼寝でもして過ごしたかったのですが、ただ待つだけというのは活発的なサラちゃんの肌にはまったく合わなかったらしく。
「ねぇ、ラーファ。暇じゃない?魔法の練習でもする?」
この話題の振り方も既に6回目と……既に、サラちゃんの我慢は限界へと達しつつありました。
「えーっと、あっ、この果物はまだ食べてませんよね?次はこれを一緒に――」
「却下よ!もう誤魔化されないんだから!」
うっ、流石に無理ですか。
本来なら魔法が得意な方に指導してもらえるというのはとても貴重な事なので、断るなんてことはしないのですけれど……。
今だけは別というか、魔法だけは正体がバレる危険性が、高くてですね。
頭の引き出しが全部魔法になっているようなサラちゃんに、わたくしの魔法を見せるのは……正直、とても危ないと思うのです。
「実はわたくし、魔法が苦手でして……」
だから、ごめんなさい、サラちゃん。
わたくしは笑顔を顔に張り付けて……嘘ではないにしろ、明確に誤魔化すようなことを言ってしまいました。
友達であるにも関わらず、無垢なサラちゃんを騙すような行為をしてしまったことに少しの罪悪感を覚えながら、サラちゃんの様子をうかがえば――
「は?上級光魔法を使えるのに、そんなわけないでしょ。もっと自信持ちなさいよ」
な、なんで?
サラちゃんは残念そうな顔もせず、落胆する様子もなく。
“何でそんなことを言ったのかわからない”というような、どこまでも透き通った――全てを見通したかのような瞳を、こちらに対して向けていました。
「……何故、わたくしが上級光魔法を使えると、わかったのですか?」
「視りゃわかるわよ、当たり前じゃない」
見ればわかるって滅茶苦茶すぎますよ!?
“聖都で上級光魔法が使える人間”なんて、この時点で特定できないはずがないのに、何故そんな平然と――あ、そっか。
サラちゃんの引き出し、魔法しかないから……。
「ふっふっふ、バレては仕方ありません。サラちゃんにはわたくしのとっておきを見せちゃいますよ!」
「お、言うじゃない。いいわよ!本当に凄かったらあたしのとっておきも見せてあげるわ!」
それなら、少しくらい、いいですよね?
この場にはサラちゃんしかいませんし、正体がバレる心配はしなくていい。
わたくしは安心して魔力を操作して、上級光魔法を発動させました。
《――天よ、我が身体に祝福を与え給え》
この魔法の効果は単純明快、ですがインパクトは十分のはず!
わたくしは湧き上がる力に従うように、机の上に用意してあった木の実――クルミやココナッツを素手で破壊してみせた。
「どうですか!?これこそが聖――コホン、上級光魔法の身体強化です!」
決まった!
これは信徒の皆様に見せると必ずウケる鉄板ネタなのです。
サラちゃんもこれには満足するはず――
「確かにすごいけど、縁は魔法なしでそれできるのよね。非力な見た目ですごいパワーっていうのは見飽きちゃってるというか……」
……今、わたくしはかなりのショックを受けています。
み、見飽きてる、なんて。
そんなことを言われたのは生まれて初めてなのですが……。
「もっと派手なやつないの?まぁ、ないなら仕方ないけど……」
あ、あぁぁ!サラちゃんが目に見えてしょんぼりしてる!
これ絶対、自分のとっておきも見せたかったやつですよ!
落ち込むサラちゃんも可愛いですが……うぅ、派手?派手なやつですか?
――あ、そうだ!あれがありました!
「さ、サラちゃん!派手なやつありますよ!すごいやつです!」
「身体能力系は縁で見てるから――」
「いえ、違います!年に一度くらいしかやらない大技がありますから!」
わたくしの言葉にサラちゃんの目が輝いた。
これは失敗できませんね。
「本当は夜にやるものなのですが……多分、朝でも凄さは伝わると思います」
「大丈夫よ!あたしは魔力で視るから。魔法なら見逃さないわ!」
魔力で見るって意味が分かりませんが、サラちゃんが大丈夫だというのならそうなのでしょう。
「では、外に出ましょうか。よーし、頑張りますよ!」
気合を入れながら、わたくしはサラちゃんをバルコニーへと連れ出す。
ふぅ、ラーファ、集中ですよ。
「では、いきます!」
《――天よ、鍛冶の赤、豊穣の緑、清流の青、我らに未来を示し給え!》
先程と合わせて2回目の上級魔法。
わたくしは魔力が抜け落ちる感覚に耐えながら、手のひらを空へと向ける。
瞬間、わたくしの手のひらから七色の光が溢れだした。
「ふわぁ、綺麗ね……」
聖都の天上に広がった七色の天幕、そしてそこから降り注ぐ暖かな光。
流石のサラちゃんも口を閉じることすら忘れている様子でした。
よし、大成功です!
「でも、これ、何の魔法なの?」
「これはですね、占光の魔法と言って、七色の光が落ち着いた後の色彩や色の偏りで占いをする魔法なんです」
本来、この魔法は夜が一番短い日に行われる祭事で使われるもので、祭事の締めに打ち上げるのが恒例になっています。
その時に占うのは、国の未来や、その年の豊作、流行り病のこと等々、いろいろなものがありますが――
「今回は何を占ったのよ?」
「今日は極めて個人的なことを占わせていただきました。縁様とわたくしの、ふふふ」
この魔法が個人間の関係を占うために使われた例は一切ありませんが……まぁ、わたくしと縁様ですし、素晴らしい結果が出ていることでしょう。
ちらりと空を見上げれば、空には案の定――あ、あれ?
「なんか、ぐちゃぐちゃな色してるけど。あれ、大丈夫なの?」
サラちゃんの言った通り、気付けば空は色が不規則に混ざりあったような、でたらめに色を塗った絵画の様な有様を呈していました。
これでは色相で占うこともできず、何もわかりません。
そんな予想外の結果にあ然と立ち尽くしていると、突然サラちゃんに腕を引かれ、わたくしは思わず転びかけてしまった。
「ちょっと!あんた達、誰よ!」
「ふぇ!?」
いきなりのことに驚きながらサラちゃんの視線を追えば、“いつの間にか”部屋には黒い服装に身を包んだ5人組がいて、わたくし達をにらみつけていました。
「そこの少女、隣の御方――ではなく、彼女を渡せ」
この見覚えがありすぎる服装は、間違いなく“影”です。
何で場所がバレて――あっ、もしかして?
恐る恐る、空を見上げればそこには未だ魔法の幕が張られていて……。
……ど、どうしましょう。
自業自得な突然のピンチにどうすればいいのかわからなくて、足が竦んでしまう。
けれど、そんなわたくしとは対照的に、サラちゃんは臆することなくわたくしの前へと歩み出て優しく声を掛けてくれました。
「ラーファ、安心しなさい」
サラちゃんはそう言ってわたくしの手を握ると、影の人達に対して不敵な表情を浮かべてみせる。
「あんたにはあたしが付いてるんだから。こんな雑魚共、怖がる必要なんてないわ!」
さ、サラちゃん……!
そうです、わたくしは縁様と添い遂げるのですから――ここで弱気になっちゃダメですよね!
「サラちゃん!一緒にこの人達を倒しましょう!」
「「「「「えっ!?」」」」」
驚くように声を上げた影の人達に申し訳なく思いながら、わたくしはサラちゃんの後ろに隠れることにしました。
ごめんなさい、わたくしはまだ捕まる訳にはいかないのです。
「よく言ったわ!ついでにあたしのとっておきを見せてあげるから、目を離すんじゃないわよ!」
あ、そういえば、そんな約束でしたね。
サラちゃんのとっておきって、一体どんな魔法――
《――風よ、我の言葉に従い、その幻想の御霊を顕現せよ!》
え……?
わたくし達と影の人達の間に何か……生えた?
「サラちゃん、あれ……なに?」
「青龍の尻尾の先端よ」
青龍?青龍ってあの?大昔にいたっていう御伽話の?
それに、尻尾の先端ってどういう……?
「上級魔法はこの化け物から力を借りて使うって聞いたから、逆に引っ張り出してみたのよ」
……はい、わたくしには理解できない領域だというのはわかりました。
「でも、使ったのって初級魔法だったような」
「あぁ、それね。一部だけなら初級でも出せるように練習したのよ。でも、お世話になった宿を壊したくはないし、ここじゃ狭すぎるから今回は先端だけね」
……はい、滅茶苦茶ですね。
「な、なんだこれは!?お前ら気を付けろ!」
《――風よ、その身で剣を為し、敵を切り裂け!》
「合わせる!」
《――火焔よ、我が敵を燃やし尽くせ!》
サラちゃんと話している内に、影の人達が青龍の尻尾?に攻撃を仕掛けていた――けれど、まるで効いてはいませんでした。
というよりあれは、本当に風魔法なのでしょうか?
なんか、見れば見るほど実物感があるというか、生きている風にすら思えてくるのですが……。
「サラちゃん、アレ生きてませんか?」
「お、さすが最強光魔術師ね!ふふーん、あれは物質と魔法を融合させた身体を持っていて――」
サラちゃんの説明を要約すると、生物ではなく半物質?の魔法ということらしいです。
物質としての側面がある故に物質に対して干渉しやすく、それでいて魔法による干渉を受けづらいとかなんとか。
聞けば聞くほど、ズルい魔法です――ではなくて。
それよりも、ですよ。
「サラちゃん、貴方は一体……?」
今までは騎士様のことで頭がいっぱいだったから気にしてませんでしたけれど、改めて考えればサラちゃんは“おかしい”。
半物質の魔法だけでも十分おかしいのに、今までの情報を整理すればサラちゃんは3属性を使えることになります。
普通は2属性持ちすら“かなり希少”だというのに。
いくらエルフとはいえ、こんなの、それこそ英雄ぐらいしか――
「よくぞ聞いてくれたわ!火水風雷の四属性を操る凄腕魔術師、それがあたしよ!どう?敬う気になったかしら?」
楽しそうに笑いながら薄い胸を張るサラちゃんを見て……わたくしは納得してしまいました。
勇者である縁様と規格外のサラちゃん、あとは会談の目的。
併せて考えれば、帝国で亜人と蔑まれているはずのエルフが帝国騎士と仲良くしている理由もわかるというものです。
「……帝国は戦争を起こす気なのですね」
恐らく、今回の会談の結末がどうであれ、帝国は“侵略戦争”を再開してしまう。
聖都に対しては勇者を人質に、周辺諸国に対しては勇者を兵器として……。
しかも、帝国に足りなかった魔法という要素が加われば、きっとその力は大陸を揺るがすほどになることでしょう。
「さて、こいつらは全員倒したし、さっさと逃げ――あ、でも飛ばされるのは嫌なのよね?危険ってほどじゃないから別にいいけど……そうなると、どこに逃げようかしら」
いつの間にか倒されていた影の人達から視線を外し、サラちゃんと繋いでいる手を改めて握り返す。
もし、縁様やサラちゃんが何も知らずに利用されているのだとすれば、許すわけにはいきません。
ですが、判断するにはもっと情報が必要でしょう――そう、例えばクリス様の心情、とか。
「一度、縁様達と合流するのはどうでしょう?大聖堂までは着いていけませんが、ヘンゼル外交官の屋敷に立て籠もることはできるわけですし」
「あー、あの豚野郎の屋敷があったわね。よし、それでいくわよ」
何だか誘導しているようで申し訳なく思いますが、仕方ありません。
とりあえずの方針を決めた後、わたくし達は宿から飛び出て縁様達を追うことになりました。
――と、ここまでが街中を逃げ回るに至った経緯だったわけですが。
「だぁああああ!!!なんなのよこいつら!縁はどこなのよ!」
《――火と雷よ!》
サラちゃんの魔法により、影の1人が勢いよく屋台に突っ込んでいきました。
一応、見える範囲にいる影は倒しきりましたけど、油断はできません。
影の人達はどこからともなく襲ってきますから――って、前方にまた!?
《――雷よ!》
瞬時にサラちゃんが魔法を放つも、影の人達は数人で防御魔法を展開し、遂に無傷で凌ぎ切ってしまいました。
このままでは捕まってしまうのも、時間の問題かもしれません。
しかし、サラちゃんに強い魔法を許すことだけは、絶対にできないのです。
「うぅ、初級魔法だけじゃ倒しづらいわ。本当に面倒ねこいつら!もう上級魔法使ってもいいわよね!?」
「だ、ダメです、サラちゃん!お願いです!」
サラちゃんの物騒な発言に慌てて言葉を返す。
そう、これだけはちゃんと言っておかないといけません。
だって、サラちゃんは宿の外まで追ってきた影の人を“民家諸共”上級魔法で潰そうとしていましたからね……。
もし、わたくしが「初級魔法だけで被害を出さないように戦ってほしい」と頼まなかったらどうなっていたことか。
サラちゃんがどんな環境で育ってきたのか疑問は尽きませんが、“友達”の頼みをちゃんと聞いてくれる良識があって助かりました……。
「仕方ない、振り切るわよ!掴まりなさい!《――風よ!》」
「ど、どうするんですか!?」
風魔法の詠唱に不安を感じながらも、サラちゃんの腕にしがみつく。
すると、体がほんの少しだけ地面から浮いて――
「と、飛んで!?や、やだ!空には――」
「違うわよ!って、そんなこと言ってる場合じゃないわね。行くわよ!」
「ふぇ――えぇ!?いやあああああ!?」
いきなりの急加速に、わたくしの頭は瞬時にパニックを起こしました。
だって、これ!体も横たわって、頭から!頭から進んでいるのです!
そ、空は嫌だと言いましたけど!地面が目の前にあるのも怖いのですけどー!?
「これ、高く飛べないし、あんまり重いものは飛ばせないから使いどころなかったのよね。今回は助かったけど、改良が必要かもしれないわ」
「な、なにがああ!?何が起きてるんですかぁああ!?」
「何がって、風魔法を使った運搬と飛行の魔法よ。まぁ、ぶつけたりはしないから安心しなさい」
サラちゃんの滅茶苦茶さを知っていたら安心できません!
「ひぃいいいやああああぁぁぁ……!」
しかし、そんな思いがサラちゃんに届くはずもなく。
結局、わたくしは半ば意識を飛ばしながら聖都の街を飛び回ることになるのでした……。
サラちゃんは危険、よくわかりました……はい。




