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34 帝国の思惑

 ラーファを見送ってから数十分後、何故か僕達はヘンゼルさんと面会を“することなく”お屋敷から追い出され、何が何だかわからないまま宿へと戻るという謎の事態に陥っていた。


「……ねぇ、クリスさん。結局どういうことだったの?」


 ラーファが1人で屋敷に入っていったと思ったら、面会が中止になって追い出されて。

 だけど、ラーファは満足そうに笑顔で帰ってきた。

 端的にまとめるとこんな感じなんだけど、正直に言って意味がわからないし。

 詳しい話を聞きたい一心で、僕は隣を歩くクリスさんに話しかけた。


「……恐らく、面会をする必要自体がなくなったからではないかと思います」


「なくなったって、どういうこと?」


「私達が行うはずだった面会の目的はラーファさんの保護、もしくは任務への同行の提案でしたよね?私の予想では断られる可能性が高いと踏んでいたのですが……。ラーファさんの面会後、私がヘンゼル上四位から受けた指示は『ラーファ“様”を同行させるように』という予想とは真逆のモノだったんです」


 曰く、クリスさんがラーファを迎えに行った時、部屋の中にいたヘンゼルさんは顔面蒼白な状態で呆然としていたらしい。

 しかも、『ラーファ様を同行させるように』『ラーファ様の好きにさせるように』としか言わない状態になっていたとかなんとか……。


「ヘンゼル上四位がわざわざ“様”付けで呼ぶような人物が、たまたま路地裏にいたなんて考えられません。やはり、ラーファさんは特別な事情を抱えているようですね」


 クリスさんはそう言い切って、視線を前へと向けた。

 その視線を追ってみれば、そこには何かを指さしたサラと、それを引き留めるラーファが――ん?


「確か、魔物って言葉を話せないはずよね?何でオークが話してるのよ!」


 え、オーク!?


 焦ってサラが指さす先を見れば、そこには確かに……豚がいた。

 オークよりは小柄だし、どちらかと言えば人間って感じがするけど……。


 確かに、人型の豚が――サラをにらんで怒っていた。


「てめぇ!クソガキ!ぶっ殺してやる!」


「あぁ!?やれるならやってみなさいよ!初級火魔法しか使えないような雑魚なんて瞬殺よ、瞬殺!」


「サラちゃん!オークじゃなくて“豚獣人”さんですから!頼みますから、杖を下ろしてくださいぃー!?」


 怒るオーク――じゃなくて、豚獣人さん?とサラが互いにバチバチとにらみあう。

 まさに一触即発な状況に、クリスさんが慌てた様子で駆け込んでいった。


「すみません!この子、ちょっと頭がおかしいんです!《――風よ!》」


「ちょっと、何するのよ!おかしいのはこいつ――むぐぐぐっ!」


 クリスさんは謝りつつも、魔法詠唱と共にサラとラーファを小脇に抱えこむ。

 暴れるサラの口をふさぎながら必死に駆け寄ってくる姿は……何というか、本当にサラのお姉ちゃんみたいだった。


「行きますよ!」


「う、うん!」


 僕はクリスさんの言葉に従い、急いで通りを走り抜け――

 そうして借りた部屋へと駆け込んだ瞬間、クリスさんは2人を置いてからベッドへと倒れ込んだ。


「もぉ、無理ですぅ。勘弁してくださいぃ……」


「大丈夫――なわけないよね、お疲れさま、クリスさん」


 僕はクリスさんの頭をナデナデしながら、ポツンと立っている2人に目を向ける。


「それで、何があったの?」


「その、実は……」


 ラーファは申し訳なさそうに顔をうつむかせながら事の顛末(てんまつ)を説明してくれた。


「最初はサラちゃんが豚獣人さんをオークだと指差したところから始まったんです――」


 ラーファ曰く、


『豚っぽくて人型、そして魔力がある!今度こそ、オークよね?倒してもいいわよね?』


『いや、あの、全然見た目が違う……らしいです、多分。わたくしは魔物を見たことがないのでわからないのですけれど、“言葉を話せるのはヒトだけ”だって、お母様が言ってましたから』


『いや、実際見たあたしが言うんだから間違いないわ。あれはオークよ!大きさがちょっと違う気もするけど、個体差でしょ、きっと』


 という感じで、サラが豚獣人さんに絡んだことが騒ぎの原因だったらしい。

 どうしよう、もうこの時点でサラが100パーセント悪いんだけど。


「サラちゃん、相手が言葉を話しても信じてくれなくて……」


「いや、あたしだって途中で嘘じゃないってわかってたわよ?ただ、あいつが、クソガキとか言うんだもん」


 あの、サラ?

 可愛い感じでむくれてるところ悪いんだけど、それは人を魔物呼ばわりした人間が言っちゃいけないセリフだと思うよ?


「……今度からは、早とちりしないでくださいね」


「うっ、わかったわよ」


 未だにベッドに横たわるクリスさんからの唸るような声に、流石のサラも悪いとは思ったらしい。

 サラはバツの悪そうな表情で口を尖らせると、そのままベッドに寝そべり寝息を――え、これ反省してる?本当に?


 ……というか、2人共寝ちゃったら僕とラーファの2人きりになっちゃうじゃん。


「えっと、ラーファ。これ食べる?」


「それはガラス、ですか?」


「これは前世……じゃなくて、僕の故郷の飴なんだけど――」

「縁様の故郷の味!頂きます!」


 ダウンした2人のことは置いておくとして、僕までラーファを放置する訳にはいかない。

 僕は帝国から持ってきたお菓子セットに“リバージョンを使って”から、ラーファに手渡していった。

 腐ろうと無くなろうと“包装紙さえあればいつでも戻せる”から残量とか気にしなくてもいいし、大盤振る舞いだよ、うん。


「おいひぃ、おいひぃれふ」


「ふふっ、よかった」


 最初は間を持たすだけのつもりだったけど、これは思ったよりも楽しいかもしれない。

 僕はお菓子で頬を膨らませたラーファに更なる餌付け行って――ふと、気づけば2人で結構な時間を過ごしていたらしい。

 窓の外は既に夕暮れで、もう夕食すら近い時間になっていた。

 クリスさんとサラは……まだ寝ているけど、そろそろ起こさないと。


「ねぇ、クリスさん。起きて――」

「確かに、今のうちに明日の話をしないといけませんね」


「うわぁ、びっくりした!」


 突然起き上がったクリスさんからびっくりして跳び退く。

 クリスさんはそんな僕を見て微笑むと、スッキリしたような表情で言葉の続きを口にした。


「縁殿のナデナデのおかげで元気になりました――ではなく、こほん。夕食へと行く前に明日の任務についての説明をしようかと思います」


 実は寝てなかったのかな?

 いや、そんなことよりも。


「サラ、起きて」


「ふぇ?ご飯?」


 多分、大事な話だろうし、サラにも聞いてもらわないと。

 僕は寝ぼけたサラを倒れないように膝へと座らせて、話を聞く態勢を整えた。


「に、二重の意味で羨ましいです!わたくしも、混ぜて――」

「気持ちはわかりますが、ラーファさんも座ってください。今から任務の“目的”について、大事なお話しをしますから」


 任務の目的?

 そういえば実務の方に関しては聞いたけど、目的は聞いてなかったような?


 首を傾げる僕に対し、クリスさんは真剣な表情で口を開く。

 ただ、その内容は僕がまったく想像してなかった方面のモノで――


「まず始めに、今回私達が聖都へと来たのは両国で仲良くするためではありません。聖都に対する力の誇示、示威行為――わかりやすく言えば“圧力をかける”ことが、任務における大きな目的となっております」


 え!?今回の任務ってそんな怖い内容だったの!?

 傍に立ってるだけでいいとしか聞かされてなかっただけに、僕の驚きは相当なものだった。


 というか、こんな話をラーファに聞かせてもいいの……?


「帝国としても聖都は戦いたくない相手ですから。故に、まずは警告をというわけです。さしもの聖都と言えど、縁殿の存在は無視できないはずでしょう」


 それって、まさか。


「僕が傍に立ってるだけで仕事になるっていうのは……」


「はい。近くで聖都のトップを威圧し続けてくだされば結構です」


 聞いてないよ!!!


「ま、待ってください!騎士様を聖都への圧力に使うとはどういうことなのですか!?」


 僕が抗議しようとしたその時、ラーファが声を上げてクリスさんへと詰め寄った。


 ラーファは聖都のお嬢様……となれば、今回の話は許せる内容じゃない、と思う。

 でも、そんなラーファにクリスさんは静かに首を振ると、厳しい表情で言葉を返した。


「ラーファさんには説明していませんでしたが、縁殿は我が国の『勇者』なのです。伝説で語られ、お伽噺に出てくる、女神様の使者なのですよ」


「ゆ、縁様が勇者様……?」


「はい。近いうちに司教達へは通達を出す予定なので、この件は誰に言ってもらっても構いません。我が国は勇者を“保有”した、それは変わることのない事実ですから」


 クリスさんの話に、ラーファが信じられないといった表情で僕を見つめる。


 まぁ、そうなる、よね。

 守るなんて言いながら素性を隠して、しかも、故郷を脅すような行為をするなんて聞かされたら……嫌いになってもおかしくない。


 ……心が、痛い。


 僕は耐えきれず、ラーファから視線を逸らし――


「きゃああああああ!!!」


「ふぇ!?――むぐっ!」

「にゃっ!?――むぎゅ!」


 けれど、次の瞬間。

 何故かラーファは悲鳴をあげて……まるで自らの胸へと仕舞いこむような勢いで、膝上のサラごと僕の頭を抱きかかえてきた。


 む、むぐぐ、お、おぼれる!

 サラと同じ気分を味わいながら、僕は何とか抜け出そうと少しだけ力を入れ――


「そ、そんなの!最高すぎますぅぅうううう!!!」


 ……あれ?


 予想とは違う、感極まったような声に僕は首を傾げ――られなかったけど。

 抱きしめられながらもラーファの様子を不思議に思っていると、言葉の続きが頭上から聞こえてきた。


「わ、わたくしと添い遂げる運命である騎士様が勇者様?な、なんて素敵な……あぁ、あぁ、ラーファは感激です。こんなことがあっていいのでしょうか?」


 早口すぎて何を言っているのかほとんど聞き取れなかったけど……多分、雰囲気的に喜んでる、よね?

 ラーファの故郷を脅すなんていう、ひどい話していたのに何で?

 予想外の反応に困惑していると、ラーファのお腹に潰されていたサラがモゾモゾと這い出して抗議の声を上げた。


「――ぷはっ!ちょっと!縁はともかく、あたしを巻き込むんじゃないわよ!魔法撃つわよ!」


「ひぃ!?」


 さすがにサラの脅迫は怖かったのか、ラーファは抱きしめるのを止めて僕の後ろへと隠れてきた。

 何げなく盾に使われているけど……まぁ、守るって言ったし、何よりサラは怖いもんね、うん。


「あの、話を先に進めてもよろしいでしょうか?」


 ただ、気付けばクリスさんは呆れたように僕達を見ていて……。

 その視線に耐えきれなくなった僕は2人をどうにかして宥めてから、クリスさんに話の続きをお願いした。


「こほん。えっと、勇者の力を示威行為に使うというところまで話しましたね?では、具体的な予定なのですが――」


 具体的な予定という、クリスさんの話を要約すると。

 明日、まず僕達は聖都の中央にある大聖堂まで行って、そこで聖都のトップに勇者の力を見せるのが初めの仕事になる、とのことだった。

 聖都にとって――というか、女神教にとって勇者の存在はかなり大きいものだから、少なくない動揺を与えられるだろう……というのが、帝国の狙いらしい。


 争わないためとはいえ、“脅す”という悪者のような行為に僕が微妙な気持ちになっていると、ラーファが恐る恐る手をあげて、クリスさんへと質問を投げかけた


「あの、大聖堂に向かうって、全員で、ですか?」


「はい。勇者である縁殿だけでなく、ヘンゼル上四位を含めた私達全員が付き従う予定です」


 クリスさんの答えにラーファがつらそうな表情を見せる。

 さっきまで平気そうだったのに……もしかして、大聖堂に何かあるのかな?


「ラーファ、なにか問題があるなら話してほしいな。もしかしたら力になれるかもしれないし……」


 胸の中で(くすぶ)る罪悪感から逃げるように、僕はラーファに優しく問いかけた。



 ****



「縁様……」


 これはまずいです、予想外です!

 縁様が勇者様だったというのは、もう言葉にできないほどの驚愕と幸福の嵐でしたが、これはその代償といったところでしょうか。


 行動を共にするということだけを目的に動いていましたが、まさか皆様が“お母様”に会うために来ていたなんて……。

 考えるのですラーファ!なにか、なにか抜け道が……!


「ん?もしかして大聖堂に行くのは嫌なわけ?」


「え、えっと、はい。その、会うわけにはいかない人物が多すぎまして……」


 まぁ、そもそも大聖堂にいる人とは誰とも会いたくないんですけれど。


「なら、あたしと宿で待ってればいいのよ。聖女に会えないのは残念だけど、元々そういう話だったし。約束はちゃんと守るわ!」


「サラちゃん……!」


 やっぱりサラちゃんはいい子です、多分。

 “あの”帝国騎士とエルフであるサラちゃんが一緒にいるのは、よく考えれば謎過ぎる状況ですが……。


 いえ、それよりも――


「……危ないことになっても空には飛ばさないって約束してくれますか?」


「は?できるわけないでしょ」


 あぁ、縁様、女神様。

 どうか、どうかわたくしに加護を……。


「ま、まぁまぁ。そんな物騒な事が簡単に起きるわけないし、ラーファもそこまで気にする必要はないんじゃないかな?」


 不安げなわたくしを案じてか、縁様が安心させるための言葉を掛けてくださりましたが――なぜでしょう。

 その言葉からは不穏な気配しかしないのです。


「大丈夫よ。もし襲撃されたとしても、あたしが一捻りしてやるから何も問題ないもの!」


 ただ、ドンッと薄い胸を叩くサラちゃんの可愛らしい姿を見たおかげか、少しだけ安心することができました。


 昨日の雷魔法や空の彼方まで人間を吹き飛ばすという風魔法、あとは上級水魔法を使えるという話。

 併せて考えれば、サラちゃんが強すぎる魔術師なのは確実ですしね。


 それに、市井にもわたくしのことが噂になっている様子はありませんでした。

 もし、場所がバレているのなら今すぐにでも飛び込んでくるのが“あの人達”です。

 それがないということは、そういうことなのでしょう。


 隠蔽は完璧、備えも万全。

 わたくしの未来は縁様と完全に結ばれ、そして2人はめくるめく幸せな日々を――



 と、そう、思っておりましたのに。



「どうして、こうなったんでしょう……!?」


「ラーファ、こっちよ!」


 翌日の早朝、聖都の中でも裕福な層が集まる区にて。

 多数の爆発音を響かせながら、わたくしとサラちゃんは逃げるように走り続けていた。


 後ろから迫るのは……人相の悪い男達。


「あぁ、もう!面倒くさい!」

 《――火と風よ、燃え盛る旋風を以て我が敵を押し留めよ!》


 サラちゃんが“複合魔法”なんていうトンデモ魔法を操って男達を迎撃するも、倒れた仲間に構うことなく男達は私達を追い続ける。

 それはまるで死んでも追いかけるというぐらいに、すごい執念を感じさせるほどで――


「だぁああああ!!!なんなのよこいつら!縁はどこなのよ!」


 あの時、もっと考えていれば何かが変わっていたのでしょうか?

 わたくしはサラちゃんに手を引かれながら、そんなことばかりを考えていた。


初獣人は豚獣人となりました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] またまた迷子と思いきやまさかの女皇の娘!それにしてもどれだけおてんばな姫なんだ(笑)縁君の周りに色とりどりの女性が増えてきましたね!もしかして縁君もボーイッシュな女のk…
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