28 そうだ『聖都』、行きたい
サラが帝国に来てから3週間ほどが経ち、水中月――5月の終わりに差し掛かった頃。
この日も僕はアスカルさんと一緒に王宮内での訓練に勤しんでいた。
「えぇーい!!!」
声を上げながらアスカルさんの上半身に突きを放つ。
アスカルさんは体を傾けることで、それを避けたけど――ここまでは想定済み!
「てい!」
僕は避けた方向に合わせるように突きを横薙ぎの攻撃に変化させて、素早く追撃を放った。
運動も戦うことにも慣れなくて、実際オークの時は何にもできなかった僕だけど……これでも、この世界に来てから3か月以上は訓練してきたんだ。
そろそろ、一本くらい取れてもいいはず……!
そう考えて繰り出した、肉体強化ありきの無理やりな力技は――けれど、まったく通用せず。
「おぉ、強くなりましたなぁ。しかし、まだまだ」
アスカルさんは焦ることなくそっと自らの剣を滑らせると、そのまま抵抗すら感じさせない自然な動きで僕の攻撃を軽々と受け流してしまった。
ぐぬぬ、もう一回!
僕は受け流された剣の軌道を強引に変化させながら、今度は左下から斬り上げる形で攻撃を振り直す。
いつもより早く剣が振れてる!これなら!
そう思って繰り出した攻撃は――何故か棒立ちしていたアスカルさんに当たることなく、そのまま“通り過ぎ”。
不思議に思って手に持った剣を見ると、いつの間にか柄の先にあるはずの剣身は……残念ながら、行方不明になってしまっていた。
「うぅ、“また”折っちゃった……」
「ハッハッハ、惜しかったですな」
「はぁ……」
これで何回目だろうと落ち込みながらリバージョンで剣身を元に戻す。
アスカルさんは軽く笑ってくれたけど、僕にとってこれは深刻な問題だった。
オークの時もそうだったけど、思い切り振る度に剣が折れるのは単純に戦いづらいし……。
何より、まともに剣すら扱えないとなると、それはまったく勇者っぽくないというか。
「このままじゃ僕の勇者要素がゼロになっちゃうよ……!」
最近、抱くようになった危機感に頭を抱えて座り込む。
すると、その時、視界の端に僕の元まで駆け寄ってくる小さな金色の影が見えた。
まぁ、僕より背が低くて金髪の女の子なんて、1人しかいないんだけども。
「サラ、どうしたの?」
「何か用があるのかな?」と思いながら近づいてきたサラに声を掛けると、サラは手元で火魔法を操りつつも哀れむような表情で慰めの言葉をかけてくれた。
「あんたって、何ですぐに武器壊しちゃうの?わざと?」
前言撤回、慰めでもなんでもなかった。
わざわざ駆け寄ってきてイジワル言うなんて、ひどいよね。
「剣がもろいのが悪いんだもん」
「さっきそこら辺にいた兵士が『あんな頑丈な剣をへし折るとは!』とか言ってたのにそんなわけないじゃない。嘘を吐くのは悪い奴だってパパ――師匠が言ってたから。あんたも嘘はダメ、わかった?」
「うん、ごめん……」
うっ、正論過ぎてまったく言い返せない。
確かに力加減ができていないのも、うまく剣を振れていないのも、結局は僕の実力不足だもんね、うん。
「はぁ、どこかに絶対折れない剣とかないかなぁ……」
「それなら何も気にせず思いっきり振れるのに」と、僕が溜息混じりで呟いた――その時、“とある剣”の存在が流星のごとく頭をよぎった。
刃が潰されていて、頑丈で、とても大きい、鈍器のような剣……。
そうだよ!あれがあるじゃん!
「アスカルさん!あの剣はどこにあるの!?」
まさに、さっきの呟き通り――折れて困るなら“折れない剣”を使えばいいんだよ!
ひらめきに突き動かされるように立ち上がり、アスカルさんへと詰め寄る。
僕はもう、開き直っていた。
「ん?あの剣とは?」
「えっと、僕が最初に使った、すごく頑丈な剣」
ジェスチャーしながら剣の事を伝える。
すると、アスカルさんは少しだけ悩んでから……ある衝撃的な事実を告げてきた。
「あの剣は『聖都』に返却したので、もうここにはありませんね」
返却って、どういうこと……?
「あ、あれって借り物だったの!?」
「えぇ、あの剣は前にも言った通り先代の勇者様がお作りになられた武器なので、返却しないとうるさいんですよね……。“女神教”にとっても勇者様というのは特別ですから、当然の話ではあるんですが」
待って、待って!話についていけないんだけど!
「はい!質問いいですか!」
「そうですね。訓練も一段落しましたし、何でも聞いてください」
何でもという言葉に甘えて、僕は当たり前のように出てきた女神教等の、知らない言葉に対して片っ端から質問をしていった。
その結果わかったことは、先代勇者が作ったあの剣――“不壊の剣”は名前の通りで絶対に壊れない剣だという事と、女神教という“女神様を信仰する宗教”の総本山が『聖都シーディア』であるということだった。
「女神教の聖典によれば勇者様は女神様の使者であり、天使様と並ぶ信仰対象であると記されています。ただ、天使様とは違い勇者様は別世界にいらっしゃるわけですから、お呼びするには“触媒”という勇者様に“縁がある”何かが必要だったようでして。それで、いろいろと手を回した結果、ようやく貸し出してもらえたのがあの剣だったという訳です」
「天使がいるの?」って疑問はひとまず置いておくとして。
そんなにすごい扱いを受けている勇者の剣が帝国に貸し出されていた理由とは、ズバリ僕のため。
正確には勇者召喚のために必要だった、とのことらしい。
「じゃあ、剣を借りたいって思ったら……」
「それは、聖都に直接出向いて貸してもらうしかないでしょうなぁ。ハッハッハ」
まるで冗談話のようにアスカルさんは笑っていた。
けど、なんというか。
それは結構――いや、かなり“あり”だと思うんだよ。
だって、聖都に行くことができれば剣を貸して貰う“ついでに”女神様のことを調べたり学んだり、いろいろできるんだよ?
問題があるとすれば、僕の自由外出が未だに認められていないということだけど……。
それに関してはクリスさんを説得すればなんとかなる、きっと!
よし!そうと決まれば訓練なんてしてる場合じゃないよね!
僕はアスカルさんに断りを入れた後、暇そうにしていたサラを引き連れて早速クリスさんの部屋へと向かうことにした。
もし、聖都に行けて剣がすぐに借りられたら、自由時間も少しはあるだろうし。
きっと市場には美味しい食べ物だって――あ、聖都慢頭とか?あったりして?
ふふふ、さらば帝国、だよ!
僕の心は既に聖都へと旅立って――
「却下です」
「まだ何も話してないよ!?」
クリスさんの手により強引に現実へと引き戻された、ひどい。
「ちょっと!話くらい聞いてくれたっていいじゃない!」
部屋に入った瞬間、両指で作ったばってんマークを突き付けてきたクリスさんの横暴に対し、サラがプンプンと怒り始める。
僕もサラを応援すべく頬を膨らませてみたけど、クリスさんは断固としてばってんマークを崩さず。
むしろ、ジト目をしながら僕達に向けて言葉を返してきた。
「目を見ればわかります。どうせまた面倒事を頼むつもりでしょう、騙されませんよ」
ぼ、僕はただ、聖都へ観光しに行きたいっていう建前を話すだけのつもりだったのに……。
こうなったら、せめて建前だけでも聞いてもらおう。
「じ、実はアスカルさんから近くに聖都っていう綺麗な国があるって聞いてね?一度見に行きたいなって――」
「却下です」
うぅ、まだ言い切ってないのに!
意志が固すぎるクリスさんの様子に、思わずうつむく。
「ねぇ、聖都って英雄――聖女が住んでる国なんでしょ?聖女は最強の光魔法を使うらしいし……あたしも行きたい!絶対、行きたいわ!むしろ、縁を連れ去ってでも行くから!」
すると、何となく連れてきたサラが頼もしい援護を飛ばしてくれた。
まぁ、僕の為というよりは、魔法と英雄見たさって感じが強いけど……まぁ、それも仕方ないかも。
だって、サラは暇さえあればずーっと魔法を使ってるくらいの……想像以上の魔法大好き人間(?)だったからね。
なにせ、サラと出会ってから今まで――3週間とちょっとの日常を振り返ってみても、脳裏には魔法の修行をするサラ、英雄の絵本を読みながら魔法を訓練するサラ、僕を煽りながら魔法をぶつけてくるサラの姿しか浮かんでこないくらいだし。
前に一度、なんでそんなに頑張れるのか聞いた時だって――
『才能に甘えて努力しないなんてバカのすることよ。強くなりたいなら、それだけ頑張る。当然じゃない』
なんて、ストイックすぎる言葉が真顔で返ってくるだけだったし……。
そう考えると、今回の聖都観光は、サラにとってすごく魅力的に見えたのかもしれない。
まったく狙ってなかったことだけど、サラがやる気なら2人でクリスさんを押し切ることだってできるんじゃ――
「サラが言うと冗談に聞こえないんですが……しかも、よりにもよって聖都へ観光って。それ、縁殿が言い出したんですか?」
「そうそう。なんでか知らないけど聖都に行ってみたいって、いきなり言い出したのよ」
サラの言葉を聞いて、クリスさんが切れ長の瞳を更に細めて僕へと向けてきた。
……これは、ちょっとまずいかも。
「……本当の目的は?」
剣のことを話したら訓練が足りないだけだって怒られそうだし……ここは建前で乗り切るしかないよね、うん。
「せ、せっかく別の世界に来たんだから、一度くらい観光してみたいなって――」
「他には?」
まだ言い終えてないのに、圧がすごいよ……。
「あ、あとは女神様が気になるなって――」
「で、本音は?」
一応これも本音なのに……。
「じ、実は――」
クリスさんの放つプレッシャーに負けて……結局、剣のことを話してしまった。
案の定、怒られることにはなったんだけど、意外だったのは、クリスさんが『上に対してちゃんと申請する』と言ってくれたことだった。
「クリスさんのことだから『勇者の存在は秘密にしたい』とか言うかなって、思ってたんだけど」
「最初の任務の時とは少々状況が違いますし、何より“箱入り娘”はこれ以上増やしたくありませんからね……」
僕の言葉に溜息をつきながら、クリスさんはサラを見つめる。
すると、その視線に気づいたサラは腕を組み、胸を張りながら勢いよく反論を始めた。
「あたしは箱入りなんかじゃないわ!森にだって通ってたもの!」
家の周囲の森だよね、それ。
夜番の時に聞いた会話を考えれば確かにサラは箱入りで間違いないと思う。
クリスさんがそれを知っていたのは意外だったけど……サラから聞いたのかな?
「ともかく、縁殿をこれ以上箱入り娘にしないため、何とか頑張ってみます」
「あ、うん。お願いね」
普通に娘って呼ばれていることについて、思うところはあったけど……うん。
頼りになるクリスさんに全てを任せることにして、僕とサラは部屋を後にした。
「サラ、これからどうする?」
「は?そんなの決まってるじゃない」
聖都の事で心がフワフワしているのに訓練は、ちょっとやりたくないなぁ……。
なんて、軽い気持ちで聞いてみたけど、サラの中ではもう答えは決まっていたらしい。
僕は何の疑問も抱かず、楽しそうにポテポテと歩くサラの後ろに着いて行き――
「冒険をするには強さが必須って絵本に書いてあったのよ。だから、ここからはあたしと訓練よ!」
気付けば僕達は、何故か訓練場へと舞い戻っていた。
しかも、既にサラは杖を構えていて。
「え?ちょっと待って――」
「いくわよ!」
《――火焔よ、我が敵を焼き払え!》
僕は問答無用で放たれたサラの火魔法?にリバージョンを使い、魔法を青い粒子――サラ曰く、魔力になる前の魔素という謎物質に還しながら、必死で広い訓練場を駆け回った。
ただ、今回の魔法はいつもと違って、僕が走っても到底逃げられるものではなくて――
「火焔、海嘯、狂風、轟雷、これが一般的に使われる“中級”の属性指定よ。違う言葉を使ってくるやつもいるらしいけど大体はコレだって師匠が言ってたから、ちゃんと覚えること、いい?」
《――海嘯よ、我が敵を押し流せ!》
「いや、それって魔法を撃ちながらじゃなくても教えられ――ひゃあああああ!?」
リバージョンが再使用できない内に次々と放たれる魔法を避け切れず、“中級”水魔法で吹き飛ばされながら……僕は思った。
これ、普通に訓練しに帰ってアスカルさんと戦ってた方がよかったじゃん、と。
そうして、サラによる苛めのような訓練は日が暮れるまで続けられ。
解放されたのは僕が土まみれ泥まみれの……ボロ雑巾のようになった後の事だった、うぅ。
中級魔法、何だかあまり使われないイメージがあります。
ベギ〇マとかは、結構使った気がするんですけどね……。




