29 いざ聖都へ!
あれから数日後の昼下がり、聖都に関しては特に何も進展はなく。
僕とサラは日々の訓練疲れを癒やすために部屋でダラダラと過ごしていた。
「サラ、そんなに食べたら太ってまんまるになっちゃうよ?」
ダラダラしながらも前世産お菓子の2袋目に手を伸ばそうとしているサラにストップをかける。
前世のお菓子はカロリーが高く、脂も多い。
サラも運動はしているみたいだけど……体形というのは何が起きるかわからないっていつもお母さんが言ってたし、食べ過ぎはよくないもんね。
「うっ、まんまるは嫌なのに、食べたい気持ちが……これは恐ろしい食べ物だわ」
うんうん、気持ちはすっごいわかるよ。
必死にお菓子から目を逸らしているサラの言葉に共感しながら、お菓子を素早く片付けていく。
すると、ちょうど片付け終わったタイミングで、ドアの方から聞き覚えのあるひかえめなノック音が聞こえてきた。
「縁殿、クリスです。今、よろしいでしょうか?」
やっぱりクリスさんだ。
僕は扉を開けるために立ち上がり――ついでに、サラに対して“とある”不満をぶつけることにした。
「サラ、あれが本当のノックだよ。あれと比べれば、サラがやってきたノックはもはや嫌がらせだね」
優しく言ってもサラは基本的に聞き流すし、ここは心を鬼にしよう。
そう思って、少し意地悪に言ってみたけど――サラは反省する素振りもなく、ぷいっと顔を背けて、ふてくされたように言葉を返してきた。
「あれじゃ、聞き逃すかもしれないじゃない。大きい音を立てた方が効率的よ」
……まぁ、気付きやすいという意味では効率的かもしれないけどさ。
嵐のようなノック音と扉向こうから聞こえてくる謎のカウントダウンを思い出しつつ、僕は納得できない気持ちのままクリスさんを部屋へと迎え入れた。
「あ、サラもいたのですか。ちょうどよかったです」
「ちょうどいいって、なにかあったの?」
不思議に思って問いかけると、クリスさんはどこか困ったような様子で事情を話してくれた。
「実は聖都に行きたいという話の件で進展がありまして」
「……もしかして、ダメだった?」
自由に王宮から外出できない現状じゃ、やっぱり無理があったのかもしれない。
言葉に迷っているクリスさんの様子を見て、諦めの気持ちが心に浮かんでくる。
けれど、続けられた言葉は、僕の思っていたのとは違うモノだった。
「いえ、聖都へ行くこと自体は許されました。その、できるならば明日にでも出立せよ、とのことです」
聖都行きを許されて、しかも出発は明日。
すぐに剣を借りに行けるなんて、嬉しいことしかない――のに、なんだろう。
楽しい話って感じがまったくしないんだけど……?
「は?明日?いきなりすぎるんじゃない?」
確かに、余裕がないというかなんというか……。
何か事情がありそうな雰囲気にクリスさんの様子をうかがえば、クリスさんは僕とサラを交互に見てから、意を決したように口を開いた
「勇者殿、貴殿には聖都シーディアに外交官として赴いてもらいます」
その改まった言い方に、思わず背筋が伸びる。
わざわざ“勇者殿”なんて言うくらいだから……多分、重要なことなんだよね。
「外交官って、なにやればいいの?」
ただ、外交官なんてやったこともないし、そもそも僕は聖都のことを何も知らない。
そんな不安を感じながら問いかければ、クリスさんは少しだけ微笑んでから質問に答えてくれた。
「いえ、外交官というのは立場だけですので、実際の職務は別の者に担当させます。少々お待ちください」
クリスさんはそう言って部屋から出て行き、扉のそばに控えていたらしい誰かを引き連れて戻ってきた。
その人は妙に幅が広いというか、出るとこだらけというか……帝国では初めて見るタイプの男の人だった。
「ぐふふ、私は帝国上級騎士階級四位の『ヘンゼル・ルパ・ダーイン』といいます。以後お見知りおきを」
「あっ、ぼ、僕は窓香 縁といいます。えっと、ヘンゼルさんで、いいんですよね?」
体に似合わない優雅な一礼にびっくりしながら、慌てて男の人――ヘンゼルさんへと挨拶を返す。
すると、ヘンゼルさんは僕の挨拶に笑みを浮かべ、フスフスと鼻を鳴らしながら呟きを漏らした。
「ふひっ、『ヘンゼルさん』ですかぁ、なるほど」
今まで会った人達は名前で呼んでも大丈夫だったからヘンゼルさんもって思ったんだけど、ダメだったのかな?
「その、呼び方、変えた方がいいですか?」
「あぁ、いえいえ、滅相もない!私としても勇者様とは是非仲良くいたしたく――いやいや、変な意味ではございません。これっぽちも邪な思いなどなくてですね、えぇ」
ち、近い!何で近づいてくるの!?
熱のこもったヘンゼルさんの視線と詰め寄りに思わずクリスさんへと視線を向ければ、クリスさんは溜息をついてから僕とヘンゼルさんの間に割り込んできてくれた。
「ヘンゼル上四位は外務卿直属の外交官でとても優秀な方です。勇者殿は傍にいていただくだけで結構ですので、外交官という役職に緊張する必要はありません」
な、なるほど、頼りになる人なんだね。
いろいろと怖いけど、クリスさんがここまで誉めるのなら悪い人じゃない、と思うし……僕も慣れるように頑張ろう。
そんな風に僕がクリスさんの言葉に納得していると、おもむろに部屋を見渡していたヘンゼルさんが驚愕を顔に浮かべて何かを勢いよく指差し始めた。
「ゆ、勇者様、そちらの少女は!?その耳は!?」
ヘンゼルが指差した方向――ジト目を浮かべてムスッとしているサラを見て、僕も今更ながらに気付いた。
そうだ、帝国では亜人が敵だったっけ。
サラは一目で人間には見えないからね、何か言われたら僕が庇わないと。
そう思いながら、ヘンゼルさんに視線を戻すと……そこには何故か鼻息を荒くしたヘンゼルさんがいて。
「ど、どこで?どこで見つけたのですか!」
「うえぇ!?」
言葉と共に再び詰め寄ってきたヘンゼルさんから、僕は仰け反るようにして後退ってしまった。
いや、どこでと言われても……。
「えっと、この前の任務の時に森で――」
「あの森で拾ったと!ぐふふ、勇者様は容姿だけでなく運もいいようだ!」
拾った……のかな?
確かにサラは家出少女だし、間違ってはいないと思う。
でも、運がいいってどういうことなんだろう?
僕が首を傾げれば、ヘンゼルさんはニヤリとした笑みを浮かべて言葉を続けた。
「勇者様、時に相談なのですがこの少女を――」
「ヘンゼル上四位――いえ、聖都専任外交官様、この少女はラインハルト家の客人でもあります故、入り用というのであれば私を通していただけると助かります」
けれど、ヘンゼルさんが何かを言いかけた瞬間、クリスさんが少し大きな声で言葉を被せて、その続きをかき消してしまった。
それに対してヘンゼルさんは不満げな様子だったけど、結局それ以上に何かを話すことはなく。
「それでは勇者殿、私達はこれで」
そのまま、クリスさんはヘンゼルさんを引きずるようにして、部屋から出て行ってしまった。
一体なんだったんだろう……?
まるで嵐が通り過ぎたような気分で、しばらくあ然としていると、何故か今まで一切喋らなかったサラがポツリと呟いた。
「さっきのって、オークよね?何で王宮に魔物がいるのよ……」
それは失礼すぎない?
そう思いながら目を向ければ、サラはあからさまに不機嫌な表情でヘンゼルさん達が出て行った扉をにらんでいた。
「しかも、あいつ……“嘘ついてた”。きっと悪いやつよ、退治した方がいいわ」
いや、今度は物騒すぎるし。
「退治した方がって、なんで――」
「だって『邪な思いなどない』ってところで嘘だったのよ!?絶対悪い奴だわ!倒すべきよ!」
「……“嘘だった”って、何でわかるの?」
まるで決めつけるかのような発言が気になって聞いてみれば、サラは何でもないかのような口調で答えてくれた。
「嘘ついたら魔力に出るもの。視ればわかるわよ」
なにそれ、初耳なんだけど。
あまりにも万能すぎる魔力視に、ズルいという気持ちでいっぱいになる。
ただ、それだとさ。
「僕が嘘をついたらわからないってことになるけど、それはいいの?」
僕には魔力が無い。
それって、サラから見れば嘘が見破れない相手って事になるんじゃ――
「まぁ、あんたに関しては問題ないわよ。考えてることがわかりやすいし」
……「実は信用してない」なんて言われたらどうしようとか、少しだけ心配してたのに。
これは悪口を言われてるよね?
きっとそう、絶対にそう、間違いない。
「わかりやすいのはサラも同じでしょ。すぐ考えてることが顔に出るし、行動にも出るじゃん」
「はぁ!?喧嘩売ってるわけ!?」
互いに顔を見合わせ、にらみあう。
ただ、数秒もにらみあってるとお互いに目が疲れてきて……結局、すぐにやめてしまった。
「サラ、チョコ食べる?」
「食べる!」
怒っていてもいいことないし、仲直りには甘いものだよね。
サラと一緒に前世産の板チョコをパリパリ食べながら、自然と僕の思考はさっきの話へと流れていた。
不壊の剣のこと、あわよくば女神様のこと。
やりたいことも、行きたい所もたくさんある。
せっかく、聖都に行けるんだからチャンスは活かさないと、とは思うんだけど。
突然の出発やヘンゼルさんの存在、一筋縄ではいかないような雰囲気。
どうしても嫌な予感しかしないんだよね……。
「モグモグ、なんか難しいこと考えてるみたいだけど、準備くらいはしておいた方がいいんじゃない?」
「え?あぁ、そうだよね」
……確かに、わからない事を悩んだところで仕方ないかも。
出発は明日だから、あまり余裕がないのも事実だし……こういう時は頭より手を動かそう。
そう気合を入れて、僕はサラと、いつの間にか部屋にいたセーノさんに手伝ってもらいながら明日に向けての準備を始める。
そして翌日、僕達は見覚えのある御者さんが操る馬車へと乗り込んでから、聖都に向けて出発したのだった。




