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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
6章 貴人の責務
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「おい、カネン。」


パイが馬を寄せてきた。普段通り、落ち着いているように見えたが、さすがに少し声はたかぶっていた。


 「この方向に、何があるんだ。えらく厳しい戦いに、おれたちを引っ張り込むじゃねえか。」

 

ユミンが指さした方向は、はじめは何のことない、森に見えた。

しかし、近づいてみると、普通の警戒兵にしては多すぎるオジンの手下たちの集団が、森の中にはいた。目を細めて見ると、森の奥に即席の、小さな基地があった。

自然、戦いは激しくなる。パイは即席で集めた兵を叱咤して戦い、メイ、カネンですらもおのおの弓を引く。


「ここに、アシムが。」

いるはずだと、あんたらの聖女が行ったんだ――とカネンが言おうとしたところに、二人の間に馬を走らせてきたものがいた。


「カネンさん、お知らせだぁ。」


そう言って間の抜けた声で話すのは、ソン。ソンは敵の数が一番多い、森の奥に見える基地を指さして、


「ユミンさんが、あそこの近くにアシムさんがいるって。」


基地の近くは足場が悪く、馬からいったん降りなくてはならない。そのリスクを犯したくないのか、パイは少し顔をしかめて言った。


「本気か、ソン。おれたちを殺すつもりなのか?」

「なんかなぁ。虫とお話されてたなぁ。姐さんの言うことなら間違いないだろぉ。」

「ああ間違いねえ。ただあそこに突っ込むとなると、少し手がいるな。」


パイはそう言いながら自分たちの率いてきた手勢を見る。

カネンたちが道々拾ってきた兵士――金に釣られ、地位に釣られ、また個人的な理由などからついてきた兵士たち。彼らはよく戦っていた。しかしその胆力も限界に近づいてきていて、ひときわ守りの固いオジンの砦に突っ込ませるのは難しそうだった。


カネンがそう思っていたとき、声を発したのはメイだった。


「ソンさん、ユミンさんがそう言ったんですね?」


少年は、ソンがうなずくのを見るや、馬を飛び降り、単身で基地に向かって走り始める。そしてこう叫んだ。

「聞け!わたしはショウの第五太子メイだ――兵士よ!わたしを助けたものは厚い恩賞を与えるぞ。そして敵よ!わたしを傷つけたならば、ショウの街すべてがお前たちを追うぞ!」


その声を聞いて、敵と味方の間に一瞬の空白ができた。味方の兵士は恩賞という言葉に前のめりになる。敵の賊兵たちはショウの街の復讐という言葉に及び腰になる。

その空白でパイが大音量で叫んだ。


「みな、メイさまに続け! 続け――」


一斉に味方の兵士がメイのあとをついて走り始め、カネンもそれに続く。気を呑まれた敵兵は崩れ始め、砦の周囲に道ができる。


カネンが追いついたとき、メイは少し、笑っていた。

メイの笑みは、自分の『策略』があたった、会心の笑みだった。

自分が教えた少年が、自分を含めたひとを、動かし始めている。カネンはメイの笑みを見て、うれしさとも、たくましさともつかない感情を、胸に抱いていた。



戦いの音が、洞窟の外で大きくなってきていた。

さすがにアシムも気が付き、洞窟の外に目を向ける。


かがり火が見えた。その火が映し出すのは、二人賊を相手どって戦う巨体。その巨体は、真っ白の僧服を着て、


「おらぁぁぁぁぁ」


と、獣のような声を張り上げながら、長物の武器を振り回し、彼に群がった賊たちは、旋風に舞う木っ端のように吹き飛ばされる。

しかし、吹き飛ばされた者たちは、気を失っても、死にはしない。その僧衣を着た男の武器は木製、また先端は布で包まれており、不殺の工夫が徹底されている。彼の僧衣には泥はついていても、血はついていない。

その大柄な男の背後から、一人、剣をもってとびかかろうとする影があった。すると、


ぴゅっ


という小気味の良い音とともに、先端に重石のついた矢が、その影の後頭部に直撃する。影は、昏倒。

矢を放ったのはこれもまた僧衣をきた、小柄な男。その男は、


「兄貴、ユミン様がそっちに行くよぉ」


と、叫び、大柄な男がそれにこたえる。


アシムはその二人に声に、姿に、見覚えがあった。パイと、ソン。信じられない気持ちで、パイが敵を吹き飛ばし、漏らした敵をソンが撃ち抜くのを、アシムは見ている。

そして、その二人に守られて、街のお転婆娘のように、僧衣の裾をからげて走ってくるのは、聖女、ユミン。


アシムは、彼女が近づいてくるにつれ、自分の体の痛みや、苦痛が、徐々に遠のいていくのを感じた。

そして、男二人に守られ、洞窟に滑り込んできた彼女に触れられると、もはや半身を死につけていた自分の肉体が、強引、ともいえる勢いで生に引き戻されるのを、アシムは感じた。


「ああ、間に合ってよかった。ご恩をお返しすることができました。」


そう言うユミンに、アシムはかすれた声で言う。


「奥に、子供がいる。」


ユミンは少し目を笑わせて、


「ええ、存じています――パイさん、ソンさん!」


はい、と、従順な声が返ってくる。


「アシムさんを見つけました――お運びするのを、手伝ってください!」


そうしてアシムは、ソンに引きずられ、パイに担がれて、洞窟の外に出た。

外では、不意の襲撃から立ち直り、ようやく統制が取れてきた賊たちと、シヨウの街の記章をつけた兵士たちが戦っていた。アシムはその様子を、驚いた眼で見ながら、入り口で出迎えるカネンに言った。


「お前が、助けてくれたのか。」


カネンは横に首を振る。そして、傷ついた兵士に代わって弓を引いていた少年の肩を叩き、その顔を見て、アシムはほっと、息をつく。


「メイさま――」


その少年の顔は、戦場の興奮で輝き、アシムはその表情に、自分の主を見た。

メイが言った。


「約束は果たしたぞ、アシム!――さあ、帰ろう、わたしたちの街へ!」


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