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その後、二日が経った。
テダとアシムは、気を失ったまま、生命活動に必要最小限の脈を残して、眠り続けている。
ずしんと、大きな地響きがした。その衝撃に、ばらばらと洞窟内の岩盤がはがれて、大きな石がアシムの額に直撃し、紋がはがれ、アシムは目を覚ました。
「ここは――」
地獄か、と言おうとするが、のどが動かず声が出ない。血肉に水分、各種栄養。そのすべてが枯渇している肉体に、急に意識を戻され、アシムの全身は地獄のような苦しみを味わう。
最悪だ。もはや体は、指一本動かすことすらできない。
なにがおれの穏やかな死を妨げたのだろう、とアシムは思う。
そのとき、もう一度、ずどんと地鳴りがした。アシムはそれを、地震だと思い、自らの不運を嘆く。くそ、なんて間が悪いんだ。
しかし、地鳴りが丘の上部から伝わってくることに、アシムは気が付かなかった。その地鳴りが、自分を助けるために、再びオジンの砦に忍び込んだクミルが、砦内の火薬という火薬に火をつけて回ったために起こった地鳴りとは、夢にも思わない。
クミルのこの行動は、メイたちのオジンに対する『奇襲』において、もっとも重要な役割を担っていた。
敵のかく乱。砦内での火薬の爆発の被害も当然大きかった。そしてそれ以上に、夜間、自らの砦が爆発炎上するのを見て、オジンとその一味は、よほどの大軍に襲われたと勘違いし、おおいに慌てた。
その混乱をつくようにして、メイたちの兵は疾駆し、オジンがアシムの捜索に出していた兵士たちに出会ったときには、それを打ち倒した。
夜に不意を衝いて、砦を襲い、速攻でアシムを(カネンたちはその死体を、と思っていたが)取り戻す。カネンがたてた作戦は単純明快だった。
いまのところは順調。しかしカネンは、浮かない顔をしながら、その集団の先頭に立つ。
不意を衝いて、目的地に達し、素早く引き返す。
その『目的地』について、カネンは作戦を立ててからずっと、悩んでいた。
アシムはどこにいるだろう?斥候の情報は不可解だった。逃げ出したという話は聞かない。しかしオジンに殺されたという話も聞かない。四方八方手を尽くしても、アシムの行方は杳として知れない。
となれば、どこかに隠れているはずだ。それも、砦の近く、逃げ出せないくらいのところに。
だが、それはどこだ?
砦への作戦を開始する直前でも、まだカネンの心は決まっていなかった。そんなカネンに、こう声をかける者がいた。
「カネンさま、アシムさんを見つけました。」
振り向くと、そこには聖女ユミンの姿。彼女は続けて言った。
「感じるのです。アシムさんは、あちらに――」
そう言ってユミンが指さしたのは、桟道の入り口から少しずれた、丘の足元の森。
「感じる、というのは、どういうことです。」
「わたしとアシムさんは、あの砦で出会って以来、なにかしらのきずなを共有しています。その部分から、非常に弱々しいものではありますが、アシムさまの生命を、感じるのです。どうやら誰か、小さなものに助けられたよう。」
カネンは迷った。ユミンの言葉はあまりにあいまいだった。しかし、カネンは一度、この聖女が目の前で奇跡を起こすのを見ている。
いまは彼女の言葉を信じるほかはない――カネンは結局、ユミンの指し示す方向へと馬の首を向けた。
その時アシムは、洞窟内で横たわりながら、外の騒ぎに気が付いていた。
人の叫び声と、走る音。オジンの部下がこれほど慌てるとは、よっぽど大きな地震だったのだろう。
そして、この混乱に乗じれば、テダだけでも逃げられるかもしれない。アシムはそう思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
アシムがこのざまでは、テダも相当弱っているはずだ。逃げ出す体力はないだろうし、それにそもそも、いまのアシムに彼女の仮死状態を解除する体力が残っていない。
つくづく、運のない娘だ。地震が起こるのがもう少し早ければ、助かったかもしれないのに――そう考えながら、アシムは唯一動く首を回して、眠っているテダを見る。
テダのほほに、虫が一匹、とまっていた。そしてアシムは、その虫が妙に、気になった。
虫がいる。何ら異様な光景ではない。緑が少ないとはいえ、自然にできた小さな洞窟。虫の一匹や二匹、迷い込んできても不思議ではない。
しかし、アシムはその虫が、どうも自分を見ているように思えてならなかった。
馬鹿な、と思う。死にかけの脳が見せる、単なる幻覚に違いない。
しかし、その虫に、見られているという感覚は去らなかったし、その虫が、体をそらせて、後ろ足で立ち、前足をふらふらと振ったときには、アシムがその虫が、自分に手を振りかけ、こういっているように見えた。
大丈夫か。もうすぐだから、がんばれ。
馬鹿な、幻覚だ――そう思うアシムの背後、洞窟の外では、人の叫び声や走る音のほかに、剣と剣がぶつかり合い、弓が飛ぶ、戦いの音が聞こえてきていた。
その音に導かれるようにして、その虫はふらふらと浮き上がると、洞窟の外へと飛びだっていった。




