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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
6章 貴人の責務
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8

「だまされた。」

「だましてないだろう。勝手に勘違いしただけだ。」

「……死んだら、呪ってやる。」

「おう、そのときはおれも死んでいる。死後も争う亡霊として、名物になれるぞ。」


そんな軽口を飛ばせたのも、はじめの半日の間だけ。


「……気持ち悪い。」


外の明かりがなくなり、洞窟内が真っ暗になったころ、テダはそうつぶやくと、彼女の影がころりとアシムのとなりに転がる。


「脱水症状だ。水気を失った血がからだをまわらなくて、貧血になってるんだよ。」


そういうアシムも、さきほどからめまいと頭痛がとまらない。粘性が高くなった血が傷口で早く固まるのは、不幸中の幸いか。


「絶対あたしは助かる、奇跡が起こって、助かるもん……」


アシムはまた笑いそうになるが、その気力もなかった。


「口を閉じとけ、寝てろ。それが一番、消耗が少ない。そうすれば――」

「そうすれば? 」

「この世で生きる時間を、少しは延ばせる。」

「生き延びられるじゃなくて? ああ、もう、最悪。」


テダはそう悪態をついたが、しばらくすると、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。

気の毒な娘だ、とアシムは思う。街に入りたいあまりに必死で、自ら貧乏くじをつかんでしまった。

ある意味でアシムのせいで、この後テダは、飢えと渇きに苦しみぬいて死ぬか、耐えられなくなって外に出て、裏切り者として山賊になぶり殺されるだろう。


しかし、アシムにはそれを防いでやる力がもう残っていない――そう不憫に思いながら、何かしてやれることはないだろうか、と考えているとき、アシムはふと、あることを思い出した。


かれの手が動いて、隣で眠るテダの額に触れる。その動作ですら、いまのアシムには辛かった。テダは小さく身じろぎして、寝言のようにつぶやいた。

 

「なに……」

「寝てろ。」


そう言って、アシムはテダの額に紋を描く。山賊のばばあに教えてもらった、特殊な紋。


アシムが山賊にいたころ、その砦の近くに、地熱によって内部が異常な高温となっている洞窟があった。その高温の洞窟の中に、どれだけ長く入っていられるかという、我慢比べをしようというはなしが、山賊の間で持ち上がった。

その我慢比べが企画されたとき、勝つのは当然、若くて、大きな体をもつものだというのが、アシムを含めた大方の山賊の予想だった。しかし実際は、小柄で、齢をとったものほど、その我慢比べには強かった。

 

最後には、じじいとばばあが残った。

そして、じじいが脱水症状に目を回しながら、ほうほうのていで出てくると、ばばあは余裕の表情で、悠々と洞窟内から歩いて出てきて、『あたしの勝ちだ!』と叫んだ。その叫びに、アシムたち山賊の一団は歓声を上げ、彼女を祭り上げ、敗れたじじいは悔しそうだった。


 アシムはしばらくしてから、なぜばばあがあの我慢比べに強かったのかを聞いた。ばばあは上機嫌に、自分の勝因を教えてくれた。


『戦いで跳んだり跳ねたりするのと、ただ耐えるのとでは、必要なものが違うんだよ。跳び跳ねるには血のめぐりの良さが必要だが、耐えるには逆に、血の巡りが悪い方がいい。半分死んでる方が何も感じなくて楽だ。そして齢を食うと血の巡りは、すっかり悪くなるからね。』


しかし、それではばばあがじじいにあれほどの大勝をおさめた理由にならない。アシムがなおも聞くと、ばばあは顔を近づけ、こっそりと教えてくれた。


『実はね、ちょっとずるをしたのさ。なまくらの刀術にはできない方法でね――』


そのときにばばあがやったのは、法術によって、自分の性質を『凝らし』、自分の血の巡りを鈍くしたということ。その紋をアシムは教えてもらい、それをいま、思い出した。


「うまくいくか、わからんけどな。」


アシムはそうつぶやいて、紋を書いたテダの額に手を当てながら、言霊をつぶやく。すると小さな手ごたえがあって、テダは一瞬、うめき声をあげる。

それが終わった後、テダは完全に気を失ったようだ。しかし生きてはいるようで、さきほどよりずいぶんと小さくなった寝息が聞こえる。首筋に手を当ててみると、非常にゆっくりなペースで、脈も生きていた。

うまくいった。これで、仮死状態になったテダは苦しまず、死ねる。それに、彼女が信じる奇跡があるとして、それを待つ時間も、少しは延びる。


「ま、気休めにしかならないだろうな。」


助けは来ない。ただ、平穏に死ぬことはできる。

アシムは自分に紋を書く。そして血の巡りを『凝らし』、気を失う寸前、アシムはせっかく近衛になったというのに、ついに床の上では死ねなかったな、と苦笑した。



土日は休みます。

来週くらいには完結予定。

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