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ときは、三日前、アシムが自ら身を躍らせ、がけ下に墜落したときにさかのぼる。
アシムはがけを転がり落ちながら、草木に体をひっかけ、むき出しになった岩にぶつかり、肌は裂け、骨を折り、また血を吐き、傷から噴出させながら、最後には丘の脇ににょきりと生えた、大木に引っかかって止まった。
生き延びろ、という言葉を、土壇場の最後に思い出し、とにかく跳んではみた。しかし、
――ああ、こいつは無理だ。
と、アシムは思った。血を流しすぎ、また傷を負いすぎた。大木に引っかかった体は、アシムの意志ではほとんど、動かない。身じろぎ程度はできても、走ったりは不可能だ。
遠くで、光が見え、声が聞こえる。オジンの手下の者たちがアシムを探しに来たのだろう。
奴らに見つかれば、どのみち、殺される。見つからなくとも、ほんの半日で、この体の生命力は残らず、流れ出る血とともに抜けていく。
どうやら主命を果たすことはかなわず、おれはここで死ぬようだ。元からが、幼い感傷によって放たれた、実行不可能な命令だ。
――一応、生きることを、延ばしはしたさ。
アシムはそう思いながら、目を閉じ、気を失った。次に目覚めるときは、オジンの拷問部屋か、それとも死後の世界の裁判官の前か、どちらかだと思った。
そうして、しばらくして。
気絶したアシムのそばに、オジンの手下たちよりも先にかれを見つけた小さな影が立っていた。
くっちゃ、くっちゃと、人が何かを咀嚼する音が聞こえて、アシムは目を覚ます。
アシムは寝かされていた。目前には、薄暗い闇に透けて、岩肌の低い天井が見えた。
首を左に傾けると、草で覆い隠された切れ目のような空間から、光が漏れているのが見えた。どうやらいまの時刻は、昼間。
右に首を傾けると、すぐそばに石の壁が見えて、行き止まり。どうやらアシムは自分が、ひどく狭い洞窟の中にいるのだと分かった。
そして、アシムは一人ではなかった。右側の石壁にもたれながら、だるそうな表情をした少女が、口いっぱいにほおぼった何かを、くっちゃ、くっちゃと、噛み続けていた。
「あんた、誰だ。」
弱り切った体で、何とか声を絞り出して、アシムはそう聞いた。少女はこたえず、相も変わらず、くっちゃ、くっちゃ。
「おれは、死んだのか。」
少女は眉を少し上げて、首を振る。そのそばには、青々とした草が詰まった革袋があった。
アシムはその草から漂ってくる匂いに覚えがあった。ミアーネという名の薬草だ。雑草のごとくどこにでも生えていて、山賊や傭兵などには人気があり、アシムも使ったことがある。
その効用は、血止め。とはいえそれほど強くはない。せいぜい、気休めにはなるかな、くらいの効果だ。
その草をどうやら、この娘は口にいっぱいに入れて、ほほを膨らまし、噛んでいる。
この状況はなんだ、とアシムが思っていると、おもむろに少女は自分の口に指を突っ込んで、なかからねばついた薬草をつまみ出し、その具合を確かめる。
しばらくそれをながめ、満足したようにうなずくと、彼女はアシムのもとへと寄ってくる。
少女は、アシムの着ている衣をはだけると、その胸板に大きく裂けた傷に向かって、べっ、と、痰でも吐くような勢いで、薬草のかたまりを吐き出した。その後無造作に、小さな手で傷に沿ってかたまりをのばす。
その治療には、傷や痛みに対しては、配慮も何も、なかった。当然、アシムは激痛に気を失いそうになる。治療が終わると、なるほど、多少は痛みが和らぐようだが、与えられた痛みの代価としては、明らかに、釣り合わない。
「おい、やめてくれ……」
かすれたアシムの声を無視して、少女は傷口を見てうなずくと、革袋の元に戻り、いくらかのミアーネをつまみ出して、まただるそうな顔で、くっちゃ、くっちゃをはじめる。
「おい、頼む……」
半ばアシムの声は、懇願だった。しかし、その願いは無視され、彼女は薬草をかみ続ける。
その後も、彼女の治療は続いた。アシムはその間、激痛で心臓が止まらなかったのは奇跡だと思ったが、いっそ、死んだほうがましだ、とも思った。




