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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
6章 貴人の責務
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メイは、眠っていた。


「眠り薬を飲ませた。普通ならば、ほんのわずかに、眠気を感じる程度の量だ。それでそのように卒倒するとなると、カネン。」


メイの無事を確認し、ほっとため息をついているカネンを、ゲルツは厳しくしかりつけた。


「おまえ、弟を殺しかけていたな。聞いた話では、一日半かかる路を、休みもとらず走り抜けたというではないか。弟の体が、それに耐え抜いたのは奇跡に近い。」

「申し訳ありません。」

「それだけ、メイは焦っていたということだろう。だがその焦りがもとで、取り返しのつかないけがや病気になればどうする。それを押しとどめるのが貴様の役目だろう。」

「返す言葉もありません。」


ゲルツはカネンの言葉を聞いて、うなずく。


「わかったならいい。今後も弟を頼むぞ……ところで、だ。カネン。貴様は、そのアシムとやらの現在について、どう思う。」


カネンはしばらく、黙っていた。カネンはゲルツと同じことを考えている。しかし、それを口に出すことは、カネンにとっても、苦しいことだ。


「おそらくは……これまでのオジンの性格からして、もうすでに、この世のものではなくなっているだろうと思います。戦いのさなか、逃げ出せたとしても、オジンは間違いなく捜索を行っているでしょう。」

「おれも、同意見だ。つまり弟がこれからやろうとしていることは、完全に骨折りだということになる。よくて、弟は、アシムの死骸を取り戻すことぐらいしかできないだろう。それに街の軍を出すことができないという理屈、お前ならばわかるな?」

「その通りだと思います。」

「そして弟は、その骨折りに行くという。骨を折るだけならばまだいいが、場合によっては、命を落とすかもしれない。それを、お前は止めないのか?」


ゲルツは少し笑いながら言うと、カネンは目を伏せた。その先には、メイの眠った顔。


「わたしが止める、止めないに関係なく。」


カネンは首を振って言った。


「メイさまは、アシムの救出に向かうでしょう。たとえわたしがどれほど理を説いても、メイさまは聞かないと思います。そうなれば、わたしとしては、主に付き従うだけです。言うまでもなく、そう教えたのはわたしですから……」


第一太子は、相変わらず、面白い奴らだ、という目で主従を見ていた。


「止められんだろうな。おまえの言う通りだ、カネン。先ほどの様子では、兄であるおれですら止められそうにない。まったくおまえは、難儀な主人をもったものだ。」

「……は」

「しかし、だ。その骨折りで、弟に万一のことがあっては、ならん。そのために貴様は、弟の暴走を押しとどめ、同時にオジンたちと遭遇し、戦うことがあっても負けぬよう、人を集め、戦略を練らねばならん。それはお前の仕事だ。わかるな?」

「はい。」


今度のカネンの声は力強かった。ゲルツはその声を聞いて、安心したように言う。


「よし、何か策があるようだな。」


カネンは少し黙ってから答えた。ゲルツの話を聞いている間に考えていたことだった。


「セイケからの詫びは、その書面一式のみだったのでしょうか。」

「いや。セイケの当主は、おれが目も眩むほどの献物を荷馬車いっぱいに置いていった。」

「ならば、それをもらい受けたい。」


ゲルツは少し失望の色を浮かべた。

 

「オジンを買収するつもりか。それはうまくいかないと思うぞ、カネンよ。それに何より、」

「山賊と交渉したとあっては、メイさまの顔に泥を塗ることになる――わかっております。金を撒くのは、ほかの荒くれどもに対してです。」


カネンは息を継いで続けた。


「黄旗のシルシ、赤髪のオジンと、ショウの街付近の二大勢力がくずれ、いまや山野の賊たちは寄る辺を失っている状態です。彼らに財宝をもって仕事を持ち掛け、オジンの砦を襲う。」

「そんな奴らがメイに忠誠を誓うかな。宝物を持ち逃げされるのがおちじゃないのか。」

 

ゲルツがそう言うと、カネンは取り澄ましたように言った。


「メイさま、わたし、それにアシムには、今回のことには大功があるはず。となればそれに報いて、第五太子の勢力に人を増やす権限をいただけると思っていて差し支えないでしょうか。」

「ああ、それは間違いないだろう。しかしいまその話が――」


そこまで言ってから、ゲルツは目を見開く。


「そうか。」

「ええ、その兵の地位に、功のあるものを取り立てると言って、賊たちに金を撒きます。」


カネンがそう言うと、ゲルツは大いに笑った。


「なるほど、寄る辺をなくした奴らをお前らがかくまうか。ずいぶんと奴らは奮戦することだろう。しかし、『亡国太子』の名声も地に落ちるな!」


ゲルツはそう言いながらも、目に涙を浮かべながら笑っていて実に愉快そうだった。

カネンは取り澄まして答える。


「すでにアシムがいる以上、賊上がりがもう何人か増えたところで、問題になりますまい。」

「ああ、言う通りだ、カネン。しかしまだ問題があるぞ。おまえとメイとでは、オジンの砦を襲う兵を率いるには迫力が足りない。いかに褒賞で忠誠心を買っても、戦場では兵の尻を叩く将が必要だ。」


そのこともカネンは考えていた。本来ならばそれがアシムの役割だ。

しかし、カネンの脳裏には一人――いや、二人の人材の名が挙がっていた。

カネンはゲルツに言った。

 

「街の聖堂に、心当たりがあります。」


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