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「はじめに礼を言おう、メイ。お前の働き、すでに耳にしている。おれがここで偉そうにしていられるのも、お前のおかげというわけだ。もしかしたらいまごろ、土の下に眠っていたかもしれんわけだからな。それに、お前が返ってきたことで、セイケと、できの悪いもう一人の弟のはかりごとは、白日の下にさらされた。」
ゲルツはメイを、抱きかかえるようにして自分の部屋に連れて行き、ソラと、カネンを残して、人払いをした。そして気味が悪いほど上機嫌に、メイのことを褒めた。
「今回のことを、父上、いや司長様は、おれたちに任せる、と言われた。つまり、おれと、メイ、お前にだ。カサンはしばらく、謹慎。」
「では、兄さま、ぜひ軍を出していただきたい。セイケと、オジンを、叩くのです。」
メイは勢い込んでいった。しかし、ゲルツはしばらく黙っていると、おもむろに卓上の、液体が入った杯をメイに進めた。
「おい、それを飲め、ひどい顔だ。」
「いりません、いまは――」
「飲めと言ったら、飲め。」
ゲルツはあくまでも言った。仕方がなくメイがその杯を開けると、すぐにゲホゲホと、かれはせき込んだ。杯の中身の液体は、妙に濃く、その刺激はメイののどを焦がした。
「なんですか、これは。」
「気つけの薬だ。よく効くだろう――さて、メイよ。」
ゲルツは身を乗り出し、メイに言い聞かせるように言った。
「おまえがいない間、一つ決めたことがある――おれたちは、セイケと、和解した。」
そう言われて、メイは杯を取り落とした。そのメイの様子を無視して、ゲルツはつづける。
あの後、ショウの街に戻ったゲルツは、船の操縦士の証言をもとにして、セイケのもとに詰問の使者を出した。ショウの支店を取りまとめている番頭のウタは、根も葉もないうわさだとして、その使者を追い返した。
しかし、同時にゲルツは、セイケのサマル国の流通全体を取りまとめている支部の長に使者を立てていた。使者の言葉に、支部長は眉をひそめ、
「もしかしたら、ありうる。」
と、思った。最近、積荷の目録が合わない、と、支部長は困惑しているところだったので、すぐに人をやって、ウタを問い詰めた。
ウタは、はじめ、抵抗した。前々から支部長が集めていた証拠を突き詰めても、ウタは頑としてセイケ側の陰謀を認めなかった。彼の弁論は巧みで、また証跡についても推論の域を出ないことが決め手に欠け、ゲルツはこのままでは、ウタを白状させることはできないと思った。
そのとき、亡国太子が帰還中、という知らせが入った。
その一報を聞いたウタは、一転して気弱になり、激しく問い詰めると、すべてを吐いた。
ウタの告白を聞いて、一番驚いていたのは、同席したセイケの支部長だった。
聞けば、今回の一件は、セイケ商店全体の合意の下で行われていたものではなかった。ウタと、その背後にいるセイケの一部の勢力が、自分たちの力を強めるために、カサンを、ひいてはショウの街すべてを自らの懐に抱きこむための、策略だった。
「話を聞いていると、おれも目が回りそうになったよ。あそこの商店の力は中小国の比ではないというが、権力闘争も顔負けだ。どうもおれたちの手に負えない。」
ゲルツは大笑する。しかしメイは笑わず、聞いた。
「そして、セイケと和解したというのは。」
ゲルツは目を細めてメイを見ながら、話を続ける。
ことが露見し、ウタをはじめとした、今回の一件をたくらんだ者たちは、一部は逃げ、一部は捕まって、おのおのの処分に課された。ウタはショウの街の令にのっとり、斬首。
残るは、セイケにどうやって、この落とし前をつけさせるかだった。その点について、セイケは自ら、条件を出してきた。
「まず、おれたちは、このことを公表しない。」
ゲルツがそう言ったとき、メイは呆然とし、カネンですらあっと、声を出しそうになった。
「奴ら商人にとって、最も大切なのは信用だ。その商人が、山賊と結託して、一個の街の太子を害そうとした、などという評判を立てられてみろ。奴らが築き上げた信用と、地位は、一日で瓦解する。それだけはしてくれるなと、セイケはなきついてきた。」
セイケ商店の会長自らが、つい先ほど、忍びで馬を飛ばしてやってきたという。会長はなきつかんばかりに、ゲルツに事を漏らさぬよう頼んだ。
「それを、兄さまは、受けたのですか。」
「受けた――無論、タダというわけではない。」
ゲルツはこともなげに言って、ソラから書類綴りを受け取り、メイに渡す。綴りの中には、通商、税に関する決め事や、また、今後、カサンに対する援助を行わない旨の誓約書が綴じられていた。
特に通商に関する決め事は、ショウの街にとって有利なことばかりが書かれていて、その一枚一枚が、年単位での交渉を行わなければ得られないであろうものばかりだった。そしてその一つ一つには、セイケ商会会長の、直筆のサイン。
「この紙一枚、一つの街を手に入れたと同じくらいの利益を、ショウにもたらす。」
ゲルツはほころんだ唇でそういう。メイは震える手で、綴りを持ちながらその声を聞く。
「知っての通り、セイケは豪商だ。事を構えるよりも、身内に取り込んでしまった方がよい。これまで奴らは、おれたちを隙あらば食おうとする腹を持ったやつらだったが、これからは――」
メイは、綴りを、テーブルの上にたたきつけた。
「承諾できません。」
ゲルツはメイの様子に、特に驚くことなく。聞いた。
「ほう、ならどうする。」
「最初に言ったとおり、オジンを討ちに行きます。」
「軍を出してか。理由はなんだ。あの場所はモールとの国境、なまなかな理由では軍を出せんぞ。お前はここにいる。今回の首謀者であったセイケは折れた。見方によれば、あの不憫な赤髪は、セイケと、それに、おれたちの兄弟に利用されただけだ。もはや討つには理由が乏しい。それとも――」ゲルツの唇の端が上がる。「アシムとやらのために?」
メイは即答した。
「その通り、たとえ、私一人でも行きます。それが、主たるもの、貴人の責務であると思っています。」
カネンは、はらはらしながらその光景を見ていた。言うことには、明らかにゲルツに理がある。メイの言うことは、明らかに無理筋だった。
しかし、少年がそういう気持ちが痛いほどわかるために、カネンは直後、ゲルツから飛んでくるであろう叱責を考え、彼を不憫に思った。
しかし、ゲルツはメイを、頭ごなしに叱ることはしなかった。ふっと表情を緩めると、かれは弟に、こういった。
「なぁ、メイ。」
「なんですか。」
「おまえ、少し、寝ていろ。」
ゲルツがそう言うと、メイは思わぬ言葉に、不審な表情をした。
そしてその表情のまま、ふと、ぐるりと目が回り、瞼がとじると、メイは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ち、カネンは慌てて、その身を支えた。
土日はお休みします。




