10
「あいつ、鬼か。」
その様子をみた、追走してきたオジンのほかの手下たちは、ひるんだ。しかし、その後ろにいるオジンが、
「馬鹿野郎、ビビるな、たかが一人に、何をビビってやがる。」
と、叫ぶと、部下たちは次々と、叫び声をあげてアシムに切りかかる。
アシムはメイの去っていった夜道を背にして、その雲霞のごとく押し寄せてくる敵たちを、斬って、斬って、斬りまくった。
当然、アシムも無事では済まない。多方面からの刃すべてを受けきれるはずもなく、アシムの腕は、肩は、顔は、腹は、ところどころ刺され、また斬られる。
しかし、アシムは倒れない。なぜならば、アシムは守り切れぬと分かると、わざと、斬られても致命傷にはいたらない場所を選んで、相手に斬らせていたからだ。
あえて自分を斬らせる。それは自らを死へといざなう行為だが、アシムは傷を負い、そこから血を吹き出すたびに、
死ね、死ね、いっそ死ね――
と、自分に言い聞かせていた。
それは、長い間の傭兵生活で身に着けた、アシムにとっての一つの戦いの極意だった。
風来の傭兵とは、冒険者とは、雇い主にとっては、使い捨ての駒に等しい。
自然、わずかな金で向かわされる戦場は、常に死の臭いで充満していた。
その中で、アシムは、ある不思議な法則を目にした。生きたい、と、強く感じているものほど、あっという間に死んでいくということだ。
なぜか。生きたい、と思うものは、その気持ちによって、その相手すら生かしてしまう。そして生きた相手は、そう考えているものを、いともたやすく殺してしまう。
だから、逆にアシムは、死ね、と思うようにした。死ね、死ね、死ね。相手も死ね、自分も死ね、この場にいるものことごとく、死ね――そう強く念じるアシムの剣は、周囲のものを迷いなく、殺める。そして一度殺めた相手は、二度とアシムを害することはない。
そうして、アシムは生き残ってきた。
このときも、そうだった。アシムは一個の殺気となって、迫りくる賊たちを斬り、賊たちに斬らせ、賊たちを刺し、賊たちに刺された。
しかし、以前のアシムにとって、死ね、と自分に命じることは、半ば捨て鉢な部分もあった。風来の身、危険に身を投じなければ、遅かれ早かれ飢えて死ぬ。それならばいっそ、ここで死んでしまえ、と。
しかし、ここで自らに死ね、と命じ、周囲に死をばらまくのは、そうすることで少しでも時を稼ぎ、あの少年を衛するため。
――意外に、悪いものじゃないな。
どちらにしろ死ぬ身だと言い聞かせて戦うときに比べ、人の身を護るために戦うことの、なんと気分のいいことか。はじめはただ、身の安定のみを望んで近衛となったアシムは、いまこのとき、その職の醍醐味を知り、その感覚は、かれの剣を研ぎ澄まし、鋭くし、かれに力を与えた。
しかし、その身は人の身。いずれ、力は、尽きる時が来る。
ある瞬間、アシムの剣は、目の前の男の心臓を貫いた。
その剣を引き抜こうとしたとき、何人もの肉と、骨を断ってきた剣は、脂と血で滑り、アシムは体勢を崩した。その瞬間、
がぁーん
と、大音響が響き、アシムは右肩に、衝撃を受け、引き抜いた剣を取り落とした。
音の方を見ると、オジンが、見慣れぬ鉄筒をアシムに向けていた。アシムはその筒を知っている。火薬を使った、強力な飛び道具。
その鉄筒から発射されたものは、アシムの右肩に直撃し、その骨を砕いた。アシムは自分の右腕が、もはや剣を握ることすら、かなわぬことを知る。
オジンの声が、響いた。
「さあ、殺せ――!」
悪鬼のようなアシムに、恐れをなしていた賊たちが、その剣を取り落としたのを見て力を取り戻し、一斉に、襲い掛かってくる。
体中に傷を負い、血を流し、骨を折り、疲労困憊、もはや意識ももうろうとしていたアシムは、このまま死ぬか、と思った。死ね、と念じ、戦い、最後に自分が死ぬのは、必定のこと。
しかし、ふと、別れのきわ、少年が叫んだ言葉を思い出す。
「生き延びろ、との命令だったな。」
掠れた声でアシムは呟くと、最後の力を振り絞り、切り立った丘の下へと、身を躍らせた。
あっ、とオジンとその手下たちが叫んだ時には、その姿は深い闇の中へと落ちていき、溶けて消えてしまっていた。




