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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
5章 救出作戦
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9

馬上の、ヨシン。

彼はアシムの名を叫びながらその必殺を誓っていた。


理由もあれば、恨みもある。


理由は、太子ともども、赤髪のオジンと共謀する姿を見られたこと。ここで一撃のもとにかれを倒せば、太子に丘を降りる前に追いつき、殺せる。

そうすれば、カサンとオジンの結託を知るものは、クミルのほかにはいなくなる。そしてクミル程度であれば、『司』においてカサンが、その言葉を嘘だと言い張ることは簡単だ。


恨みは――一言では言いつくせないほどに、ある。衛兵試験の際、外法の刀術によって公衆の面前で無様な姿をさらされたこと。それを理由に、第一太子の――将来の司長の側近の道を絶たれ、あろうことか太子からは面罵されたこと。そしてその座を、若年のころから争ってきた、ソラに奪われたこと。


そのうえ、アシムの仕える亡国太子によって、ヨシンと、カサンの、第一太子の乗っ取りの計画は、水泡に帰した。アシムはヨシンにとって、司長の近衛になる道をことごとく邪魔する、悪鬼のような存在だった。


「アシム――」


そう叫ぶヨシンの声は、その理由、恨み、そしてついに、その恨みを晴らせる喜びと、興奮により、闇夜に響きわたる。


ヨシンは、自らの勝ちを確信していた。それはそうだろう。相手は徒歩、獲物は短棒。対してこちらは馬上、そして剣はセイケが仕入れてきた異国の金属を溶かして鍛えた、切れ味無双の刀剣。

呼吸も、なにも、あったものではない。勢いのまま、一刀のもとに、串刺しにしてやる。


ヨシンはそう考え、知らず知らずのうちに、唇の端は上がり、狂気じみた笑顔の表情で、右手に持った剣を、切っ先をアシムに向けて、引く。

その様子を見て、アシムが小さく笑ったことに、ヨシンは気づかない。


――ヨシンの構えは、知らず知らずのうちに、アシムが衛兵試験のときに見せた、『引弦』の構えに、酷似していた。


そしてアシムは、エンサに古倉庫で諭されていらい、正統剣術について独学し、エンサに敗れたときにつかれた、その構えにおける、致命的な死角を知っていた。


「ヨシンよ。」


ヨシンの馬が疾走し、二人の間合いが詰まり、圧縮される刻の中で、ヨシンは確かに、アシムの声を聞いた。


「おまえ、もう少し学ぶべきだったな。」


瞬間、ヨシンの視界から、アシムの姿がかき消える。

ばかな、と、ヨシンがうろたえ、馬の歩調を一時、緩めた瞬間。


アシムは地を蹴っておどり上がり、ヨシンの首元をつかむと、全体重をかけてその体を馬上から宙に放り投げ、その脳天を地面に、叩きつけた。



ヨシンは地面に倒れ、乗り手を失った馬は、闇夜の中を駆けていく。

かれは相当に突出していたようで、一歩遅れて、オジンの部下たちがアシムのもとへと殺到してくる。

狙いすました弓が、アシムのほほをかすめた。肌が裂け、血が噴き出るのを感じながら、


――ここが、土壇場だな。


と、アシムは思った。


奇妙なことに、この男の顔は笑っている。笑いながら、ヨシンの剣を奪い、地面に紋を描き、矢を避けるため、草木の影に身を隠す。

ヨシンの剣は馬上における片手剣。手ごろだ、とアシムは思った。


三人が馬に乗って、突進してきた。アシムは言霊をつぶやき、紋によって地面を崩すと、三人の乗った馬はよろけ、男たちは体勢を崩しながら地面に降り立つ。

そこに、アシムは突撃し、


ぐわっ


と、剣を薙ぎ払うと、瞬く間に一人の首が飛び、一人の腹が裂ける。

もう一人が振り下ろした剣を、アシムは振り向きざまに切り返した。すると、アシムの剣は、相手の剣を叩き折り、そのまま剣先は、相手のあごを砕いた。


――さすが、セイケの剣だ


アシムはその切れ味におどろき、また皮肉に思う。その思考の外から、ひゅん、と、風を切る音がしたと思うと、アシムは左肩に衝撃を受けた。

見ると、短い矢が、その肩に深々と刺さっていた。矢が飛んできた方向を見ると、ひとりの男が、やった、と顔を紅潮させている。


しかし、その顔はすぐに、恐怖にゆがむ。アシムが、左肩に刺さった矢を気にすることなく、やかましいやつめ、と、その男を睨んだからだ。


男は慌てて、二の矢をつがえた。しかしその弦を引き切る前に、アシムは剣を左手に持ち替え、石を拾い上げると、その男に向かって投げ、人のこぶしほどはあろう石は、男の顔をつぶした。


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