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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
5章 救出作戦
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8

馬の選択を、誤ったか――


アシムはそう思いながら、手綱をくって、なんとか馬を抑えようとする。しかし、思う通りに馬は走らず、ふらふら、ふらふらと、おぼつかない足取りで、急加速、急停止を繰り返す。


馬屋で見たとき、その馬は、もっとも興奮しており、ほかの馬に比べて、力強く見えた。


アシムはこの馬を、悍馬だと思った。悍馬は、その興奮しやすい性格から、激しく走り、走りすぎ、ついには自壊するため、通常、駄馬、に分類される。

しかし、逃亡で使い捨てるには、これほど適切な馬はいないとアシムは思った。事実、砦の内部で、馬はその一歩目から最高速、風のように走り、山賊たちを振り切った。ほかの馬ではこうはいかない。その意味でアシムの選択は、ほかになかったと言える。


しかし、砦から丘を下る、桟道。


細く、また、グネグネと曲がる道は、この馬にとって最悪と言ってもいいほどに、相性が悪い。下手をすると丘の急斜面へ自ら飛び降りていこうとする馬を、アシムは内心氷を抱いたような気持で抑える。


さらに、悍馬の常として、この馬は神経質だった。また夜目も効かないらしく、思わぬ草木を踏んでは、怯え、すくみ、そしてまた無理な加速をし、アシムはそれを押しとどめる。


当然、アシムたちの歩みは遅れ、そして背後では、体勢を立て直した山賊たちが、追いかけてくる気配がする。

馬を捨てるか、とも思った。しかし、丘を下りてから、カネンの待つ場所までもかなりの距離がある。その距離をこの馬なしでは逃げ切れまい。それに平原ならば、この馬は、カネンの馬よりも疾く走るだろう。


とにかく丘を、下ることができれば――アシムの内心は焦るが、しかし思うように馬は走らない。そしてついに、背後では追手の光が見え始める。


アシムの下で、メイが不安そうに後ろを向いた。その顔を見て、アシムは覚悟を決める。


「メイさま、どうやら、ここでお別れのようです。馬は得意だと、以前言われましたね?」


アシムがそう言うと、メイは表情を動かした。不安そうな、それでいて、どこか悟ったような表情。


「このままでは、追いつかれます。わたしが食い止めますので、メイさまは――」

「駄目だ。」


メイはそういうが、苦しそうに顔をゆがめてから、すぐに言葉を続けて、


「と、言ったら、アシムはこういうのだろう。『何があろうと、逃げるという約束です』と。」

「その通りです。」

「仕方ないな。」


メイはぽつりと言った。

背後の明かりは、大きくなり、何本かの矢がアシムたちをかすめる。


道の途中、草木がアシムたちを飛び交う矢から隠す場所を見つけ、アシムはそこで馬を降りた。そのアシムに、メイは厳かに、命令を下した。


「いいか、わたしは全力で逃げるぞ。だが、全力で帰ってくる。お前は、アシムは、心置きなく戦い、敵を食い止め、そして生き延びろ。わたしは必ずお前を護る。それが人の主たるものの、責務だからだ。」

「は――」


アシムの口元はほころび、うなずく。そして馬の手綱を、メイに渡す。


「お気をつけて。」


メイはうなずくと、わき目もふらず、馬を走らせはじめ、もしやアシムよりも上手ではないかと思える手綱さばきで、丘を降りていく。


賢い人だ、とアシムは思う。あの状況下、不安と、それ以上にあの太子の性格ならば、アシムを一人残していくことは、じつに苦しいことだっただろう。それこそ、アシムとともに、死んだ方がましだと思うほどに。


しかし、それでは、アシム、それにクミルの命がけの行動が、すべて無駄になる。それならば、アシムの指示に従うほかなく、従うとなれば、できるだけ早く決断を行い、アシムに時間を渡したほうが、かれが助かる見込みが増す。


ただ、その見込み、は、朝露のほどに、はかないものだ。


メイはもどってくると言ったが、太子ならばいざ知らず、近衛一人のために、ショウの街は、このような砦を落とすための軍を発することはできないだろう。

おれは、ここで、死ぬ――そうアシムが思ったとき、背後から、彼の名を絶叫する声が聞こえてきた。


「アシム――」


そう声を張り上げ、追走してくる集団の一番前を走るのは、ヨシン。


――まったく、因縁の深い相手だな。


アシムはそう思いながら目を細め、手に持った短棒を、構えた。


土日は休みます

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