5
綱をのぼっている最中、新しい方の井戸桶が、動く音がした。もしもあちらの綱をたぐっていればいまごろ、アシムとクミルは発見されてその綱を切られて、転落死していただろう。
そして、結局、古い方の井戸桶の綱は、切れなかった。アシムの術が聞いたのか、古い砦の唯一の水源のため、綱が常識外れに強く作られていたからなのかは、わからない。
しかし、とにかく、アシムたちは古い井戸を覆っているふたを押しのけ、砦の内部への潜入に、成功した。
「信じられんな。」
アシムはつぶやく。古井戸は、大きな建物と、砦の囲いとのあいだの、細い空間にあった。囲いの上の方では、侵入者を照らすための燭台が燃え、見張りが目を光らせているというのに、そのすべてをすり抜けて、アシムたちは砦に入った。
「これからだろ……ちょっと待て。」
そう言って、クミルは古井戸のそばにあった建物の窓から様子をうかがう。中には人がいるようで、かれらの切れ切れの会話に聞こえる。しめた、とクミルは言った。
「ここは雑魚たちの居住スペースみたいだな……ちょっと待ってろ。」
そう言って、クミルは開いた窓から建物の中に入った。しばらくして、今度は別の窓からずるりとはいでてきて、アシムを驚かせる。
その手には、二人分の皮衣があった。山賊特有の、汗と泥にまみれた粗末な皮衣。
「さて、着替えるぞ。やっと服が着れる。」
川に飛び込んでから、二人はほとんど裸だった。そしておそらくは野生のシカの毛皮で織ったのであろう生臭い皮衣を着てみると、二人はどこからどう見ても、山賊の一味にしか見えなかった。
「顔に土も塗っておけ。みんな薄汚いから、それでばれねえさ。」
それからクミルはひっひっひと笑う。
「おい、見ろよ。おれたち二人、どう見ても、太子さまおつきの近衛には見えねぇぜ。」
アシムは複雑な表情をした。メイにとっては、本来悲しむべきことなのだが、いまのこの状況下では、ありがたい、と思うほかない。
「とにかく、行くぞ。」
アシムは不機嫌そうにそう言って、クミルはまだ少し笑いながら、その後についていった。
二人は堂々と、それでいてさりげなく、物陰を選んで歩きながら、砦の内部を探った。
ばかでかい組織だ、とアシムは思う。パッと目についただけでも、山賊どもは五十を超える数がいて、建物の中にはもっと数がいるだろう。
「さて、どうしたものかな。」
アシムが言うと、クミルが聞いた。
「何がだよ。太子さまをさらって逃げるんじゃないのか?」
「おれたちはさらわれた側だろ……そうするにしても、牢屋から逃げ出すときはさすがに、見つかる。その逃げをどうしたものか、と思ってな。」
クミルはしばらく周囲を見回していた。それから、あるものを見つけると、楽しそうに、やや興奮した囁き声で言った。
「全部吹き飛ばす、っていうのはどうだ?」
クミルが見ている先には、おそらくわざとセイケが盗らせたのであろう、荷車が並んで置いてあった。そのうちいくつかには、火薬が満載されている。
アシムは首を振った。
「だめだ。今日は風がつよい。火の回りが早いだろうし、それに太子さまが巻き込まれる危険がある。」
「まぁ、たしかになあ。それなら――」
そう言ってクミルは、砦内の馬屋を見た。
「馬を奪って逃げる、ってのは?」
おそらくそれしかないだろう。アシムはうなずいて、そして二人は、獄舎の前に立った。




