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メイは宴会場の隅で、イチジクジュースを飲みながら、宴会の様子を興味深く眺めていた。
宴会のはじめのころは、三人で山賊の砦から聖女を助けた、という話を、三度も四度もさせられた。そのたびに、セイケの重役たちは、まあ、そのお若いご様子で、と驚き、婦人たちは可愛い太子さま、と言いながら、猫でもかわいがるような様子でメイにかまった。
何よりうれしかったのは、普段ほとんど言葉も交わさぬ第一太子のゲルツが、わざわざ自分から足を向けて、話を聞きに来てくれたことだ。メイは腹違いのこの長男のことが、兄弟の仲では一番好きで、また尊敬もしていた。
ゲルツは話を聞き終わると、はっはっはっは、と、大笑して言った。
「なるほど、おまえは見かけによらず、肝が据わっている、見直したぞ! それに何より、部下に恵まれている。恵まれているのは、お前の人柄が人を引き付けるからだ!」
めったに人を褒めないゲルツにそういわれて、メイは面はゆい気持ちになった。
しかし、その後に続けた言葉は、少しばかり余計だった。
「いいぞ、これからもよく学び、おれが司長になってからも、よく励んでくれよ――」
何人かのセイケの重役が、一瞬、微妙な表情をした。当然、ここにきているセイケのものたちからしてみれば、その全員が、ゲルツではなく、セイケとつながりの深いカサンが司長になることを望んでいる。
そういう場であることを知って、なお、ゲルツは自分が正統な後継者であることを主張し、セイケの人々は公然には反論できない。
それは一種の、ゲルツのパフォーマンスで、そのゲルツをカサンが部屋の隅から恨めしく見つめていたのだが、そのパフォーマンスのだしにされるメイにとっては、実に居心地の悪い瞬間だった。
――と、いうのも、もはや小半時も前のはなし。
時間がたち、皆に酒が回り、また政治的な話が話題の中心になると、酒が飲めず、またそうした政治的な話をするには役が足りないメイは、次第に宴会の中心から離れ、端っこの方で一人、ジュースをすすっていた。
宴会に呼ばれると、毎度のことなので、メイは慣れている。それにメイは自分が騒ぐよりも、人が騒いでいるのを見るのが好きなたちだった。
しかし、とはいっても、そこは少年。次第に退屈が高じてきた。
即席の酒場の外に目をやる。すっかり日は暮れ、その暗闇の中に、セラル川に棲む光虫や、キラキラと光る魚たちが、月明かりに照らされて、幻想的な光景を織りなしている。
メイは、その光景を見て、その光景に入り込みたい、と思った。
以前のかれであれば、そこで自分を押しとどめて、宴会の終わりまで、悶々とした気分を抱えてそこで座っていただろう。
しかし、最近のかれは、大胆さ、というものを身につけはじめている。
メイは、熟慮の人だった。慎重に考え抜いてから、行動する。それは、『司』において、後ろ盾のいない亡国太子という身分の中で、知らず知らずのうちに身に着けた習慣だ。
しかし、その熟慮は、ときに行動を縛り付けた。アシムが正統剣術において見つけた弱点のように、考えすぎて、身がすくみ、呼吸が死んでいた。
そのことに、メイはアシムたちと山賊の砦に乗り込んだときに、気が付いた。あのとき、行動する前に考え、その結果あきらめていたら、おそらく聖女は死んでいた。しかし行動したからこそ、思わぬ機会を見つけ、メイたちは聖女を助けることができた。
とにかく、やってみることだ――メイが、アシムに教えられたのは、そうした気合、とか、はたまた勇気、とか、そう呼ばれる類のものだった。そしてそれらは、アシムが山野において、やぶれかぶれの生活をしていたときに身に着けたものだ。
宴会で人と人とのことに夢中になっている大人たちを横目に、少年はそっと椅子を下りる。そして暗幕をめくって、酒場の外の自然のもとへと歩み出た。
中で見ていたときよりも、亀山の光景は美しかった。仄かに光る虫が少年の周囲を飛び、穏やかでありながら力強いセラヌ川の流れによって涼しい風が吹き、また豊かな自然の香りが、少年の鼻孔を満たした。
メイはその中で、虫と、魚と、風と、草とたわむれながら、存分に遊んだ。
しかし、そうして遊んでいるうちに、一人の男が近づいてきた。
――まずい
と、メイは思った。カネンに教え込まれた、『常識』が彼に警鐘を鳴らす。
宴のはじめに、セイケの大旦那から、危険なことがあるかもしれないので、酒場の外には出ないように、と注意されていた。
その注意を破っているところを見られては、叱責を受け、ショウの街の太子として面目を失う。せっかくゲルツから認められたというのに、しょせん子供か、と、落胆されてしまうだろう。
メイは物陰に隠れた。近づいてきた男は、セイケの警備兵の一人のようだった。
その警備兵は、川面にあゆみよって、立っていた。メイがその後ろを、そうっととおり抜けて、酒場に帰ろうとしたとき、
ざぶん
という音とともに、川から人影が湧き出てきたから、メイは仰天し、再び物陰へと隠れた。
賊か、と思った。しかし、川面を見ていた警備兵は、その姿に驚くこともなく、それどころか、低い声で声をかけた。
――遅かったな。
メイは物陰に隠れて、息を殺しながら、警備兵と、人影の会話を聞いている。
――川の流れが、はやかった。だが時間通りだ。あんたが早すぎるんだよ。
メイは、その人影の声を、どこかで聞いたような気がした。
警備兵は天を見上げ、星の位置から時間を見ているようだった。
――あんたの言う通りみたいだな。少し、安心した。
――何がだ。
――きちんと、仕事をやりぬけてくれそうだな、と思ってな。
――あたりまえだろう、さあ、情報を。
――獲物は、司長の船が渡ってから、最初の渡し船に乗る。教えるまでもないだろう。あのゲルツという太子は、いつだって当然のように、一番最初を選ぶ。船を操るものは、何も知らない。容易に船を奪えるだろう。
ゲルツ、という兄の名前を聞いて、メイは目を見開いた。さらに人影がこう言って、メイの息は止まる。
――了解。それではそのまま、オジンへ引き渡す。そうすれば、カサン様が第一太子だ。後始末は頼むぞ、セイケの商人。
そう言って人影は、またざぶんと、水の中へと消えていった。




