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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
4章 セイケの陰謀
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「――ってうわさが、街でははやっているらしいぜ。」

「ああ、そう。」


アシムはクミルを引き連れながら、街の巡回任務にあたっていた。クミルは大股で歩くアシムに遅れそうになりながら、必死に言いすがる。


「ああ、そう、じゃないだろう。心配じゃないのか。メイさまが、カサンに恨まれているとは……」

「全部、噂だろ。」


アシムは苦い顔をしていった。

『司』の中で、メイとともに歩いているとき、カサンにあうこともあるが、以前と変わらず、まったく眼中にないという顔しか見せない。

それに、その噂話自体そもそもの内容が破綻している。カサンがすでに、多くの重役を味方につけているならば、少年太子の功績くらいで何を恨むことがあるだろうか。


その噂の中だけで、本当なのは、カサンが野心家であるということと、ゲルツとカサンの仲が悪い、ということだけだ。その二人だけ、どころか、部下たちも実に仲が悪い。

ゲルツ派、カサン派に分かれ、些細なことで衝突が絶えない。特に、あの日、衛兵試験で因縁のあったヨシンとソラは、互いを親の仇かというほどに憎みあっている。

元から、二人は剣術のライバル、というには凄惨なほどに憎みあっていたが、太子の対立がそれに輪をかけた。


だが、そうした噂はメイにはまったく関係のないことだ。

ただ、あの日から、亡国太子に対する周囲からの見方が変わり、またメイにも自信のようなものが芽ばえはじめたのは事実だった。


メイの優しさの中には、以前は脆弱で気弱な雰囲気が同居していた。それは亡国太子と陰口され、また自分は無力だという自覚によるものだったのだろう。

しかし、山賊の砦に乗り込むという経験をしてから、その気弱さが、活力のある朗らかさに変わりつつあった。弱々しさがなくなり、また以前はあまり積極的ではなかった剣術を習いはじめ、アシムはときおり、エンサとの一件のあと覚えた付け焼刃の剣術でその相手になる。


メイの筋は悪くなかったが、まだまだ未熟だ。しかしかれは熱心で、正統な剣術のほかに、投石や刀術に関する技術についても、アシムの教えることをいちいちまじめに覚えていった。


「おまえは、わたしの知らないことをよく知っているなぁ。」


メイはそういちいち感心して、アシムの技を学ぶ。そうしたかかわりを通して、アシムはこの少年が好きになり、カネンがなんだかんだと文句を言いながら、結局はメイの忠実な部下でいる気持ちがわかるようになってきていた。



「それにしても、城攻めのとき、なんでおれを呼ばなかったんだ。」


街を歩きながらクミルは、ここ数日さんざん話していたことを蒸し返す。アシムはうっとうしそうに手を振ってこたえた。


「しゃあないだろ、あの爺さんを助けるのも仕事のうちだ。それに、攻めてない。」

「建物の構造は、おれの専門分野だ。」クミルは悔しそうに言った。

「次に城に潜入するときは、おれに必ず声をかけろよ。おれの母ちゃんの技を見せてやるからな。」


アシムはそうやって意気込む禿げ男を、半信半疑の目で見ていた。

アシムはいまだに、この目の前の貧相な男が、『司』の書記長の家に忍び込んで、近衛試験の解答を盗ってきた、という話を、信じる気になれなかった。


「おーい、アシムさん。」


ふと、声をかけられた。相手は、真っ白な僧服を着た、ソン。

ユミンの手管によって、改心した彼ら兄弟は、聖堂の警備員として、その力をふるっていた。ただし、不殺であること、暴力をふるう際は、必ず自分の行為の正しさを確かめることを、ユミンに義務付けられて。


「今日の獲物は、棒じゃないのか。」


ソンは、竹ぼうきを持って、聖堂前を掃き清めていた。えへへとソンは笑う。


「おれたちがいることを知ってから、罰当たりな奴らが寄り付かなくなったからなあ。聖堂長のばあちゃんは、ずいぶんと喜んでくれたよ。それで、やることがねえから、おれは掃除、兄貴は中で、聖女さんらが運ぶのに難渋する患者を運んでるよ。」


あの巨体に体をつかまれ、のっしのっしと移動させられる患者からすれば、たまったもんじゃないだろうな。その様子を想像すると、アシムは少し愉快になった。


「ユミンさまも中にいるよ。呼んでこようか?」

「いや、いい。最近病は収まってきたとはいえ、まだ忙しいだろう。」

「そーだな、てんてこまい。だけどユミンさまなら、どうってことねえよう。」


有能な治癒師としてのユミンの評判は、アシムも聞いていた。山一つを緑にするほどの治癒師、生命の操縦者ならば、街一つのはやり病くらいはどうってことはないだろう。アシムがそう考えていると、脇にいたクミルが、じっとソンを覗き込んでいた。


「……なんだよう、気味悪い。おれの顔になんかついてるか?」

「いや、あんた、ほんとに山賊だったのか?えらい、穏やかな奴じゃないか。」


クミルがそう言うと、ソンはやや得意そうに胸をそらしていった。


「そのおれは、あの日、死んだんだ。いまは仲間とともに、山の一部になっているよう。」


クミルはアシムに、こいつ、やべえやつだなと目くばせしてきた。その視線に気が付かず、ソンは小さくため息をつきながら、急にしぼんだように肩を落とした。


「そうしなきゃダメなんだけどなぁ……」


ソンはそう言うと、少し迷うようにしてから、こう続けた。


「アシムさん。おれの懺悔を聞いてくれないか?」

「懺悔?」

「そうだよぉ。誰かに話さなくちゃおれ、つらいんだ。」


と、言って、ソンはアシムの返答も待たぬまま、話し始めた。


***


最近のはやり病の流行を、何とかして食い止めようと、聖堂では普通の治癒術のほかに方法を求めた。その中でも丹術に詳しいものがある薬草が病に聞くのではないかと考えつき、製薬してみると、症状の軽いものには実に効果的だということが分かった。

ただ、厄介なことに、その薬草は街の薬師の在庫に少なく、またその生息地は、山賊どもがたむろするような山野だった。


「ここは、おれの出番だな、と思って。」


パイのいかつい体一つあれば、聖堂の警備は十分だった。ソンは一人、平服に着替え、くだんの薬草を摘みにいくため山野を駆けた。


そしてその帰り道、ソンは山賊の一団に出くわした。すぐに物陰に隠れたが、運悪く山賊たちがその近くで休憩を始めてしまったために、物陰から出るに出られなくなった。

運が悪いなぁ……と、思いながら、ソンが息をひそめていると、山賊たちは驚くべきことを話しはじめた。


「……そいつら、おれたちの砦を襲った奴らだったんだよぉ……」


ソンは半ば泣きそうになりながら言う。なんて偶然だ、とアシムも思った。

ソンは必死になって、その山賊たちの姿を見定めようとした、そして、


「ああ、こりゃ、おれたちの仲間が負けたのも道理だなって思ったんだ。」

「なんでだ?」


武具、防具、ともに、最新鋭のものだったという。中には、めったに出回らない火薬をふんだんに使った兵器まで、彼らは持っていた。


「やつらが話していの聞いているとよう、奴ら、赤髪のオジンの手下みたいなんだ。でもおれ、シルシの親方の下で何度かオジンの奴らとはやり合ったことはあるけれど、あいつらの装備、前まではおれたちとそーんなに変わんなかったんだけどな。」


さらに、そのオジンの手下たちは、奪ってきたのであろう、武具が山盛りになっている台車を引いていた。その台車には、セイケ商会の家紋が入っていて、ソンは不審に思ったという。


「やつらはそんなに人数がいたわけじゃなかったんだ。セイケは、輸送の警備が厳しいことで有名だから、あの人数でセイケの台車を奪うなんて、できるはずがねぇ。」


ソンがそう、考えていると、台車と一団は動き出し、山賊たちは去っていった。


***


「……それで、それのどこに懺悔する要素があるんだ?」


クミルが、ソンの話を聞き終わってから、首をかしげて聞いた。ソンは目に涙をいっぱいにためて言う。


「おれ、そいつらが話している間中、頭の中で、そいつらを何度も痛めつけていたんだよぉ。もう争うための暴力はしないって誓ったのに、ああ、おれは罰当たりだぁ。」


そう言いながら、ソンは祈りの文句を口にする。ところどころ間違えている早口の祈り文句を聞いて、クミルは再びアシムの方を向いたが、アシムはアシムで、別のことを考えている。


「なあ、ソン、セイケ商会の輸送の警備が厳しいっていうのは、本当なのか?」

「そうだよう、あそこは積荷の中身がすげえから、おれたち何度も襲おうとしたけれど、親方が、これは戦争になるからやめよう、と言って、あきらめてきたんだよう。」

「最近、その方針が変わったとかいう話は?」

「いやあ、おれ、一週間前に物見に出たけれど、やっぱりすげえ重武装のままだった……ああ、八万のかみさま、お許しください。」


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