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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
3章 山賊と聖女
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8

「聞きなさい、お二人、」


アシムとカネンが止める間もなく、ユミンはパイ・ソンの兄弟に近づいた。パイも自分たちの前に立つ彼女に気が付いた。呆然とした表情で、彼女の端麗な顔を見上げる。


「あなたたち二人は昨日、あなたたち家族同然のものを失いました。おそらく今、お二人の胸には、張り裂けんばかりの悲しみがあふれていることでしょう。」

「何を偉そうに言いやがる、このクソアマ!」


パイはそう叫んだ。アシムは、これでは説得も何もないと思ったが、ユミンは動じず、二人の目を真正面から受けて、言った。


「あなたたちは、ここでいま骸となっている者たちと死にたかった、そうですね?」


その言葉は、二人の核心をついたようだった。騒いでいたパイが、うっと言葉に詰まる。


「私は昨晩の乱闘のさなか、あなたたち二人の姿を見ませんでした。あなたほどの大きな声や、姿を、見落とすはずがないのに。おそらくあなたたちは、何かしらの理由で昨晩この城におらず、仲間の助太刀もできず、今日の朝に戻ってきたころには、すべてが手遅れだった。そうですね?」

「……だから、なんだっていうんだ。」

「だから、あなたたちの山賊としてのこころも、ここに葬ってしまいなさい、と言っているのです。そして、善良な民として、新たな道を歩みなさい。」

 

すると、パイは顔を浮かべて、軽蔑したような目を浮かべた。


「ハン、お得意の、お綺麗な、お説教か。あんたが何を言おうと、おれはおれのままだよ。善良な民、とやらになったって、なんの得があるというんだ。」

「そうですか。それならば、この場で、朽ち果てなさい。仲間とともに、無残な骸をさらして、この周囲を往来する者たちに、無様な末路を晒し続けなさい。」


パイの顔が、怒りで再び赤くなりはじめた。パイが何かを言うのを制して、声を励まして、

ユミンはつづけた。


「もしもあなたが悪しき心をここで殺し、生まれ変わると誓うならば、私はあなた方の仲間の骸を、あなた方のたましいごと、あつく弔うと誓いましょう。選びなさい、あなたたちにはいま、決断する機会が与えられているのです!」


「おい、あの女、大したお説教じゃないか。」


アシムに対して、カネンが皮肉交じりにそう言った。アシムも、この説得は失敗する、と思った。ユミンの言葉は生真面目過ぎて、パイ・ソンの神経を逆なでしている。

パイは今にも爆発しそうあった。一言言えばすぐにでも奔流のように罵声が吐き出されてきそうな勢い。隣のカネンはその大声に備えて小さく身を引いた。

しかし、ソンの声が、その気勢をそいだ。


「……兄貴ぃ、おれ、その人の言う通りにしたいよう。」


ソンがそう言うと、パイは怒りに膨らんだ顔が一瞬、縮み、弟分に向かって怒鳴った。


「馬鹿野郎、てめえ、こんなクソアマの言葉にたぶらかされてるんじゃねえぞ。」

「でもよお、そのひと、サカの目を閉じてくれたんだ。ずっと、みんな、目を開きっぱなしなのはかわいそうだよ。おれ、仲間の骸がこのままなのは、嫌だよぉ」

「……馬鹿野郎。だからたぶらかされてるって言ってるんだ。おれだって、仲間をこのままにはしておきたくねえ。だがこの砦に何人いると思ってる? この女が、その全員をとむらえるとでも、本気で思ってんのか?」

 「でもよ、そのひと、服装を見るに、えらい聖女さんなんだろ?何とかしてくれるんじゃねえかなぁ。」


そう言って、ソンはすがるようにしてユミンを見た。


「なぁ、そうだろ? おれたちの仲間を、助けてくれるんだろ?」

「それは、あなたたちの選択によります。」


突き放すように言うユミンに対して、パイはまた、悪態をつこうとした。しかしソンは首を振っていった。


「わかった、おれ、もう盗みや殺しはなしにするよう。そのおれは、ここで、仲間と一緒に置いていく。」

「ソン!」

「兄貴も、そうしてくれよう、仲間を助けたいんだよぉ。」

縋るような弟の声に、パイは明らかに動揺しているようだった。その姿をユミンは冷静に、メイはかたずをのんで、アシムとカネンは呆れきったような表情で、見ていた。


「……分かった。いったん、あんたの言うことに従おう。だがもし、約束をたがえたのなら、おれのたましいは亡霊となって、あんたを殺しに来るからな。」

「なるほど、死者の復活は、わたしたちが最も忌むところです……ところで、あなたたちの友人たちは、何人いましたか?」

「二十八人」

「それは、あなたたち二人も含めて?」

「ああ。」


それだけ聞くと、ユミンはうなずいて、パイ、ソンの二人の後ろに回った。そしてよく通る声で、屍臭が立ち込める砦と、その前でうずくまるパイ、ソンの二人に向かって、手を広げて、こういった。


「世に住まう八万の精霊たちよ、聞いてください。いまこの地に、七十八の生命が終わりを迎えました……」


ユミンはその口上からはじまる、おきまりの弔いの言葉を紡ぎはじめた。カネンがアシムに耳打ちする。


「うまくいくと思うか?」

「わからん。おれは無理だと思うが……」


いまのところ、二人は頭を垂れて、神妙に聞いているが、おそらくパイは内心で、このクソ坊主、とでも思っているだろう。ただ砦に向けて、大声で弔いの言葉を述べただけではおそらく、パイは納得しない。


「だろう、ああいうやつらの、更生なんて無理なんだ……」


カネンの言葉と裏腹に、ユミンの弔い文句は続く。


「……このものたちは生前、まことに奥の悪を働きました。しかし同時に、仲間を思う純情なこころを持っておりました。善と悪が、どのように堆積し、彼らのものとなっているかはわかりません。しかし何であれいま、彼らの生命はここに終わり、彼らの肉体がここに残されています……」


アシムは、ユミンがそう言いながら、手元から何か小さな、粉のようなものを地面に落としていることに気が付いた。どうやらそれは、植物の種。


「何か、しようとしているみたいだぞ。」


アシムがそう言うと、カネンも気づき、あれは何だ、とつぶやいた。


「二十八の生命の終わり、それはまさに、始まりでもあります。一時の終わりを迎えた彼らの魂が、再び新たな歩みを始めるよう、私はここに、精霊たちに祈りを捧げます。」


ユミンはそう言って、うずくまり、地面に手を触れた。



次に起こったことは、アシムにとって、ただ奇跡をみた、としか、思えない光景だった。

アシムの見たとおり、ユミンが地面に撒いていたのは、植物の種だった。

そしてユミンが手を触れた瞬間、その種は急速に発芽し成長しはじめ、そのつたが洪水のように、地面を覆い、砦を覆い始めた。


その植物は、死体に触れると、優しくその身を包み、そして死体から栄養を得て、ますます勢い盛んに、そのつたを伸ばす。

あっという間に、まるで地獄のような光景と、臭いを発していた山城は、緑に覆われ、清らかな空気の漂う小山へと、変化した。


その光景を見て、アシムは驚愕のあまりただぽかんと口を開くばかりで、その隣でカネンの顎が、ゆっくりと落ちるのが見えた。

メイもまた、はぁー、と、ため息をつく。しかし少年は、ただ驚くばかりだけでなく、驚きながらも目の前でき起きた奇跡を、喜んでいた。


ユミンが厳かな声で言った。


「これで、あなたたちの仲間の魂は、億万の植物となって生まれ変わりました。そして、あなた方二人の魂は、彼らとともにあるのです。これからは――」

「聖女様。」


縛られた状態で、必死に姿勢を変えて、彼女の足元にひざまずいたのは、パイだった。


「聖女様、おれは……いや、わたしと、わたしと、わたしの兄弟は、一生の忠誠を、あなたさまに誓います。」


続いて、ソンもひざまずく。その光景を見て、カネンがぽつりと、つぶやいた。


「あの女、でたらめだ。」


アシムもまったく、同じことを思った。聖堂の治癒師と言えば、生命力を司る役職で、多少の生命操作を行うことは不自然ではない。しかし、人の死体を触媒にして、小山一つを覆うほどに植物の成長を促進するなど、半ば恐怖を感じるほどに、ユミンの力は強大だ。


その力に、奇跡に、すっかり魅了された山賊二人は、彼女を神のようにあがめ、すっかり改心したように見える。メイもそう思ったようで、二人の方に馬を進めて、こういった。


「カネン、何とかあの二人、街に居場所を与えてやれないだろうか。」


カネンは呆れたような表情。


「そんなこと、できるはずがありません。たとえ改心したとしても、あのようなものには戦うほかに脳がない。身分を隠して街に入れたとしても、そのようなものを衛兵にするわけにはいかず、かれらには就くべき職が――」


カネンがそう言いかけたとき、アシムはあることを思い出した。


「そういえば、聖堂で、やくざ者を追い払う人間が必要だと言ってなかったか?」

「カネン、それだ。」


メイが笑みを浮かべ、カネンは表情を消す。それから眼だけが動き、アシムに恨みがましい視線を向ける。

こいつ、また仕事が増えた、と嘆いているな。アシムはそう思いながら、笑いをかみ殺し、その後ろでは聖女様、聖女様と騒ぐ、兄弟の声が響いていた。


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