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「ありがとうございました。本当に一時は、どうなることかと……」
アシムは宝物庫の鍵を開けて、疲労からいまにも卒倒しそうなユミンを救い出した。そして彼女を抱きかかえたまま砦を出ると、その姿を見て入り口で待っていたメイは歓声を上げ、カネンはため息をつく。
「やったな、アシム! よくやった!」
少年がアシムのような男にそう声をかけるのが不思議なのか、ユミンは少し首をかしげた。アシムが言う。
「この方が、ショウの街の第五太子、メイさまです。」
「ああ、太子様ですか。それは……」
もう大丈夫です、というユミンをアシムは地面におろすと、彼女は丁寧に頭を下げてメイに言った。
「大聖堂より参りました、ユミンと申します。この度は助けていただき、ありがとうございました。ショウの街の聖堂に勤めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします。」
そういうユミンをまじまじと見ながら、メイは驚いたように言った。
「さすがに、大聖堂の聖女様は、美しいのですね。」
率直なメイの言葉に、まぁ、とユミンは言いながら、少しうれしそうだった。
実際にユミンは美しかった。宝物庫の鍵を開けて出てきた彼女を見た瞬間、アシムは思わず一瞬言葉を失った。彼女は清らかでいて、どこかしたたかさを感じさせる美しさを全身にたたえていた。
聖女という職名が彼女ほどに似合うものはいないだろう――そんなことをアシムが考えていると、あたりを気にしながらカネンが言った。
「さ、帰りましょう。いまは静かですが、いつまた山賊どもが戻ってくるとは……」
そのカネンの言葉をさえぎって大音響の泣き声が荒野に響き渡り、四人は思わず耳をふさいだ。
「あああああ、シルシさま、みんな、情けないわが身をゆるしてくださいぃいいいい、共に戦えなかったおれたちをぉぉぉ」
「兄貴、そんななかないでくれよぉお、おれまで、かなしばぁぁぁ」
沼から引きずり出し後ろ手に縛って連れてきたパイ・ソン兄弟。二人は顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、仲間の死体に向けて獣のような嘆きの声を発していた。
カネンは顔をしかめながら、アシムに向かって聞いた。
「あれ、どうするんだ。」
「どうするもこうするも……」
「砦の奥に放っておけばよかったんだよ。どうしてわざわざ連れてきた?」
アシムも本当はそのつもりだった。首まで沼につけて、あとは朽ちるまで放っておけばいい。そう思ったのだが、ユミンがそれを許さなかったのだ。
「どうしてだ? 彼女は奴らにさらわれたんじゃないのか?」
アシムは苦笑いをして答える。
「彼女が、聖女様だからだよ。」
そう言ってアシムが指さした先では、泣き叫ぶ兄弟を見つめながらユミンはその目にうっすらと涙を浮かべていた。メイが驚いて彼女に聞いた。
「どうしたのですか?」
「いえ、とらわれていた私が言うのもなんですが、あの砦の方々は、実に仲が良く、互いを家族のように思っているようでした。それを失ったあの二人のこころはさぞ、苦しいのだろうと思って……」
その言葉を聞いてカネンがアシムの袖を引いた。アシムは分かっているとうなずく。
いくら清廉な精神の持ち主とはいえ、さらわれて危うく殺されそうになったのにその相手に同情し涙まで流すとは、そこまでいけば一種の狂人と言っていい。
だがメイはそうは思わなかったらしい。たしかにそうですねとこたえながら、ユミンと同じようにパイ・ソンの兄弟を見つめ、気の毒そうな表情をした。
「あの二人は、ショウの街の法律では、これからどうなるのですか?」
ユミンがそう聞くと、メイはこたえづらそうに言った。
「シルシの残党だと分かれば、処刑はまぬかれないでしょう。」
「そんな。かれらはおそらく、自らの首を十回はねられる以上の苦しみを、いま感じていることでしょうに。どうにかなりませんか?」
「彼らの苦しみが本当だとしても、彼らのこころが改まったわけではありません。野放しにしていては、また罪を重ね、人々を苦しめるでしょう。」
メイはそうはっきりと言って、うしろでカネンはうなずいた。メイはユミンの考えに同情はするが、かといって街を護る『司』の職務を忘れたわけではない。
「そうですか……」
ユミンは少し考えてからこう言った。
「メイさま、私は学んだ大聖堂において、世の理とは、生と死の繰り返しである、と教えられました。その生の力を生かすことこそが、治癒の術における肝要となります。」
そう言いながらユミンは野に晒された死体の一つに近づき、小さく印を結んでからその目を閉じた。パイは相変わらず泣き叫んでいたが、ソンはユミンの動きに気が付き不思議そうにそちらを向いた。
「しかし、同時に、私たちは、死、というものについても、生、と同じくらいの可能性を見出しています。何かをはぐくみ、回復させ、持続させるのは生の持つ力です。しかし、何かが変わり、また生まれるためには、一度死を経験せねばなりません……そして、あの二人のこころはいま、死んでいる。」
そう言い残すと、ユミンは兄弟のもとへと近づいていった。




