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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
3章 山賊と聖女
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19/48

5

洞窟の中も、外に劣らぬ、虐殺のあとがあった。屋内だけに、臭いのこもり具合がひどくて、もはや呼吸すらままならないほどの空気。


その中を、アシムは布で口をおおいながら進む。


相変わらず、誰かに見られている、という感覚は続いていた。その視線は、アシムを追い続けている。しかし、不思議なことに、アシムはその視線にこちらに対する敵意が感じられなかったため、ひとまずは放っておくことにした。


アシムは臭いに顔をしかめながら、しかし目は注意深く周囲を探っていた。


見る限り、目につく場所のある金品や、貴重品は奪い取られている。

しかし、取りこぼしが多く見えるし、鍵のかかった宝物箱など、手のかかるものは奪われた形跡がなく、この虐殺者たちは、純粋にシルシの配下を殺すことだけを目的にして、この居城を襲ったようだ。


山賊同士の抗争か、とアシムは思った。普通ならば、ある場所を襲ったならば、財物などを根こそぎ持っていくのが、山野に暮らす賊たちの流儀だ。


それをしないとき、その殺しには別の意味が込められている。おれたちは残虐で、強いんだということを示すメッセージ。どこかの山賊が、この地域すべてを支配してやろうと、色気を出したということだろう。


そんなことを考えながら奥に進むうちに、アシムの耳は、くぐもった声を聞いた。


聞こえた声は、二人。進むうち、次第にその会話の内容が聞こえてくる。

どうやら砦の奥、狭い一室で、二人は何かに向けて怒鳴りつけ、言い争っているようだ。


「早く出て来い、このアマ! おれはてめぇの命が欲しいんじゃねえ。てめぇがこもっている宝物子の中身が欲しいんだ!」


アシムは部屋の入り口にたどり着いた。部屋の中では、大小の男二人組が、大きなカギのついた扉を前にして、大声で話している。

二人の姿を認めると、アシムは足元のてじかな石を握った。


「え、それじゃあパイ兄貴、あのアマは逃がしてやるんで?」

「アホか、ソン! 殺すに決まっているだろうが!」

「じゃあなんで命が欲しくねえなんて言うんです?」

「そらあおめえ、殺すなんて言ったらどうやっても鍵を開けねえに決まってるからだろうが。」

「なるほど!……でも今おれたち、殺すって言っちまったですね。」

「……この野郎、馬鹿野郎!ソン!」

「ああ、大変だ。敵が戻ってくる前に、早くここを出ないといけないのに……」


そんな少し、間の抜けた会話をしながら、ソンと呼ばれた小男が、部屋の出口を指さし――そしてそこから飛んできた、アシムの投じた石のつぶてに気が付くと、ギャッと叫び声をあげながら、器用な動きでそれをよけた。


外したか。アシムは舌打ちし、二人はゆらりと体をこちらに向ける。


「なんだ? てめぇ……」


そう言って、パイと呼ばれた大男が、その背に背負った大刀を、抜いた。


同時にソンと呼ばれた小男が動いた。かれは背負っていた小弓を取り出すと、無駄のない動きで矢をつがえ、


ぴゅっ


という、小気味の良い音を立てて、正確にアシムの脳天に向けて矢を放った。

間一髪でその矢を避け、地面に手をついたとき、アシムは正攻法でこの二人を相手にするのは難しいだろうと判断した。


ふざけた二人に見えるが、不意打ちのつぶてを避けて、即座に反撃する小男、ソンの反射神経は尋常ではないし、その間に突っ込んでくる大男、パイの勢いは、怒り狂った牡牛のようで、アシムには止められそうもない。


地面についた手先の指を素早く動かす。そして、


「おらしねやぁぁぁぁ!」


と、叫びながらパイが剣をアシムに向けて振ったとき、アシムは横っ飛びに飛んだ。

アシムは避けそこなった。思った以上に、パイの振り回す剣の射程が長く、間一髪、左腕で引き抜いた剣で受けたものの、アシムの体は吹き飛び、壁に叩きつけられ、、その衝撃にあばらの骨に何本かひびが入るのを感じた。


痛みにアシムはうめき、うずくまる。


それを見て、パイは得意になった。このまま近づいて、剣を振り下ろせば、突然現れたこの男を、おれたちは苦も無く倒すことができる。

 

「おらぁ、また、パイ・ソン兄弟の勝ちだぁ!」

「よっしゃあ! 兄貴ぃ!」


パイがそう言って雄たけびを上げ、ソンが同時に叫んだとき、しかし勝負は、このデコボコの兄弟の敗北という形で決していた。


「……」


うずくまりながら、アシムが小さく、つぶやいた。その言葉は、ばばあに教え込まれた、法術の言霊。

その言霊は、さきほどアシムが地面にかいた『紋』に――いまはパイの足元に描かれている『紋』に反射し、共鳴し、そして地面は、自壊を始める。


「うむっ!?」


異変に気が付き、パイはその場を動こうとするが、もう遅い。足元の土は、底なし沼のように崩れ始め、パイはずぶずぶと地面に沈み始める。


『法術は、世界の『法』をゆがめる術さ。』


ばばあはアシムに、そう教えた。


『もっとも基礎的なのは『崩凝』の術さね。世界は小さな玉の集まりでできている。崩凝の術は、その集まりを崩したり、凝めたりするんだ。『法術』は『崩術』なんてね、『崩』ができれば、戦場でも便利だ。じじいの刀術なんかにゃ、後れを取らないよ……』


ばばあはそう言って、アシムに崩凝の術を教えた。なまなかなやりかたではなく、ときにはアシム自身の肉体をその対象物にして、死の瀬戸際を歩かせながら、いやほとんど死に近い場所にアシムを置きながら、教えた。


そのしごきを潜り抜け、アシムの法術は神速の速さを得た。通常、技の構成に時間のかかる法術は戦に向かないと言われるが、アシムは簡単な術式ならば、その場で即座に発動できる。


「兄貴ぃぃぃ!」


そう叫ぶソンに対して、アシムは矢の届かない物陰から、言った。


「おまえも、武器を捨てて、その大男の沼にはまれ。そうしないと、お前の兄貴は、地面の中でおぼれ死ぬことになるぞ。」


アシムがそう言うと、半身まで土に埋まったパイが、目を剝いて怒った。


「なに!? ひきょうもんが、おい、ソン、お前、絶対に――」


しかし、パイが言い終わるよりも早く、ソンは持っていた弓矢を投げ出し、武器を持っていないことを示すために上衣まで脱ぎ、ざぶんと崩れた地面に足をつけた。


「ソン、てめぇ、この馬鹿野郎!」

「ほら、この通りだ! 兄貴を助けてくれ!」

「馬鹿野郎、馬鹿野郎、お前は本当に、馬鹿野郎だ!」


そうやって、わぁわぁと騒ぎながら、ずぶずぶと崩れゆく地面に沈んでいく二人を、アシムは笑いながら見ていた。そして二人が肩まで地面に埋まったところで、『崩』をとめる。


怪談に出てくるしゃべる生首よろしく、地面から突き出た首でアシムに罵声を浴びせる二人の脇を通り抜け、アシムは部屋の奥、パイ、ソン兄弟が言い争っていた、鍵のかかった扉の前へと進んだ。


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