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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
3章 山賊と聖女
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18/48

4

カネンを先頭にして、小半時馬を東に向けると、


「あれです」


と、シルシの一団が根城にしている、砦が見えてきた。

その砦は小さな山をくりぬいて建造されたものだった。山の峰に沿って防御陣が構築され、またシルシのシンボルなのであろう黄色の旗があちこちに掲げられている。

守りの堅さは、一見、小規模な街の砦にも劣らない作りで、

 

「さて、あれに乗り込みますか? われら三人で。」


カネンに皮肉っぽくそう言われると、メイは今度こそ、返す言葉がないようだった。


「あれは、無理だなぁ。」


メイが呆けたように言うと、カネンはそうでしょう、と首を振って、慰めるように言った。


「山賊といえども侮れない、ということが分かっただけでも、太子さまには収獲です。聖女については、手厚く弔ってやりましょう。」


そういうやりとりを聞きながら、アシムはじっと、目を細め、砦を眺めていた。

確かに立派な居城だった。アシムが昔、属していた山賊団や、相手にしてきた賊たちよりも一回りも二回りも大きな集団だろう。しかし――


「物見が一人もいないのは、どう言うことだ?」


アシムがそうつぶやくと、メイがどうした、と聞いた。


「いえ、普通、あれほどの規模であれば、物見、見張りの兵が一人はいるはずです。それに、そろそろ昼の食事の時間のはずなのに、煮炊きの炊煙が見えないのは、妙です。」


メイも目を細めて、アシムの言うことが事実だとわかると、確かに、とつぶやいた。


「何か、異変が起きているということか?」

「おそらくは。」

「行って、確かめてみる価値はあるだろうか。」


メイがそう言うと、カネンが驚いて言った。


「いけません、太子、危険すぎます。」


するとメイは、少年らしい、年相応の笑顔を見せて、こたえた。


「カネン、少し見るだけだ。それに最近、お前に教えられた馬術がうまくなってきているからな。いざというときはうまく、逃げるさ。」


あどけない笑顔で、メイにそういわれると、カネンはどうにも逆らえないようで、結局はメイの言葉に従い、三人はシルシの居城へと馬を近づけた。



異変、どころの騒ぎではなかった。

『城』に、近づくにつれ、風に乗って、強まってくるのは生ぬるい屍臭。そして、砦の入り口にたどり着くと、門の外には、折り重なるようにして倒れる、男たちの、死体。


シルシの居城は、一個の虐殺現場となり果てていた。争いが、それも片方が、片方を蹂躙するようなむごい戦いのあとが、砦には残っていた。

蹂躙され、虐殺されたのはシルシの山賊たちだ。その相手は、わからない。


「こいつは、シルシだ。司長様が何度も兵を出しても捕まらなかったのに……」


カネンは、砦の入り口に倒れる、ひときわ大きな男の死体を指して言った。シルシは胴に青銅のプレートを付けていたが、そのプレートを貫かれ、心臓を一突きされて死んだようだ。


アシムは死体の様子を見極めながら、武器が違う、と思った。シルシの兵隊の持つ剣や槍、それに鎧は、一撃で叩き割られたように見えた。よっぽど性能の高い武器を持った集団がシルシらを襲い、かれらは敗れた。


周囲の様子を見て、カネンは顔を青ざめさせ、アシムですらも、胸の奥がむかむかとする。

メイはというと、泣きだしそうな顔をしながら、我慢しきれず、馬上で嘔吐し、軽装鎧の前部分を吐瀉物で汚していた。


「けほっ……これは、どういうことだ、アシム。」

「わかりません。」


アシムは首を巡らせ、周囲をうかがいながら言った。周囲に立ち込めるのは、『死』の臭いばかりで、動く人影は見えない。しかし同時に、誰かに見られている、妙な感覚がする。


「しかし、油断なきよう、わたしの近くによってください。」


アシムは門の前で、馬を降りた。メイも続いて馬から降りようとすると、カネンの鋭い声。


「なりません。馬から離れるのであれば、約束が違います。ここから先は、アシム一人で行かせるべきです。」


有無を言わせぬ声に、メイは固まった。そのメイにうなずいて、アシムは言う。


「カネンの言う通りです。太子様はここで、お待ちください。」


アシムがそう言って、砦の入り口に向かうのを、メイは不安そうに見ていた。カネンに何か言いたそうに顔を向けるが、カネンはここは譲れません、と頑として受け付けない。

メイは部下を一人で危険な場所に行かせることに、引け目を感じているのだろう。優しい主だな、とアシムは思う。


しかし、メイの思いとは逆に、カネンがメイを押しとどめてくれたことは、アシムにとってありがたかった。野外と違って、屋内は見通しが利かないし、いざというとき、狭い空間で少年と文官を守りながらの戦いはひどく難しい。


「任せてください、山野の砦であれば、わたしにとって庭のようなものです。」


アシムがそう言うと、メイは多少、安心したようだ。そうか、気を付けてな、という言葉にうなずいてから、アシムは砦の中へと入っていった。


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