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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
3章 山賊と聖女
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3

普通、太子による街の巡回といえば、形式上だけの『ご探訪』に過ぎないものとされる。しかし、メイに関しては、その生来の性格か、もしくは少年ゆえの好奇心の旺盛さか、


「今日は何が売れている」

「作物は何が育っている……なるほど、先日の豪雨で。」

「『精霊の生薬』……?聞いたことがないな。」


などと、あちこちの商店や、食料品店、果ては怪しげな古物商の店に首を突っ込んでは、話を聞いて回り、そのたびにカネンが引き戻す、というありさまだった。


すると自然、ほかの太子のように、街をひととおりまわっておわり、というだけでは済まない。『亡国太子』とはいえ、『司』の太子には変わりなく、そんなかれに助けを求める人々もあらわれる。


「人手が、足りないのです。」


そう訴えるのは、ショウの街の聖堂を取り仕切る、齢をとった聖女。

聖堂は、街の人々にとって祈りの場であると同時に、治癒者を兼ねる聖職者から治療を受けられる唯一の場でもある。

聞けば、ここ最近のはやり病のせいで、治癒を求める人々であふれ、治癒師の数が足りておらず、皆疲れ果て、中には治癒者そのものが病に倒れる事態にまでなっているのだという。


「それだけではありません。」


聖堂の近くで、病に弱った人々に付け込んで、怪しげな薬や治療を売ろうとする連中がたむろしているらしい。その中には、病気を悪化させ、最悪死まで至りかねないものもあるので、聖堂の人々はやめさせようとするが、ガラの悪い連中は彼女たちの手に余る。


「追い払いましょうか?」


アシムがそう言うと、老女はため息をついていった。


「何度か衛兵の方を呼んで、追い払っていただきましたが、衛兵の方がいなくなると、また戻ってくるというありさまで……」


なかば、お手上げの状態なのだという。

メイとしても、助けたいとは思ったが、人手不足という点ではメイの方が深刻だ。唯一の近衛のアシムを聖堂に張り付かせるわけにもいかず、やむなくメイはこういった。


「お気の毒ですが、この聖堂に兵をつける力はわたしにはありません。しかし何か、お役に立てることがあればお手伝いしましょう。」

「それなら、」


と、聖堂の老女が依頼してきたのは、サルマの中央の大聖堂から赴任してくるはずだという、ある聖女の話だった。


「大聖堂での修行を終え、昨晩中にこちらに到着すると聞いていたのですが、いまだにその姿が見えません。治癒の術に優れた秀才だと聞いていますので、到着すれば少しは、いまの状況が改善するかと思うのですが、もしかしたら何かあったのかと……」

「わかりました、その治癒師の捜索、引き受けましょう。」


メイはそう即答した。その後ろでカネンが、また仕事が増える、と、暗い顔をしていた。



メイが引き受けた仕事は、思った以上の大仕事になりそうだった。


大聖堂までの道を、馬に乗ってメイとアシムたちは逆にたどっていった。その道すがら、ボロボロになった衣服をきた老人が、息も絶え絶えという様子で歩いているのを見つけた。

慌てて馬をおり、介抱して水を飲ませ、話を聞くと、果たしてその老人は、大聖堂からショウの街へとやってくる聖女の一団の一人だった。


「山賊に、襲われたのです。」


聖女が到着しない、と聞いて、アシムが想定していた中で、最悪の理由だった。

さらに悪いことに、その老人が訳も分からぬうちに、山賊たちは高笑いとともに去っていったため、どこの盗賊かもわからないのだという。


弱った老人を街まで運び、また衛兵の長に事態を知らせるようにクミルに命令し、その出発を見送ると、メイはアシムとカネンに問うた。


「どうする。」


カネンが即座に答えた。


「どうも、こうも、ないでしょう。相手はおそらく、シルシの一団です。いまのわたしたちにできることなど、何もない。」

「なぜ山賊の名前がわかるんだ。」


アシムが驚いて聞く。老人は相手の顔すら分からなかった、といったではないか。

カネンはつらつらと、ショウの街周辺の地理、山賊たちのなわばりの範囲、また時間と馬の走行距離などについて理路整然と述べ、さも当然かのように、襲ったのはシルシの一団です、と断定した。


「聖女が強奪されて半日。これまでの事例から考えると、そろそろ手遅れでしょうな。」


そう言って締めくくったカネンの話を聞いて、アシムは舌を巻いた。この男の知識の量は、半端ではない。さらにかれは、覚えた知識を自在に引き出し、実際に役立てることも得意としているようだ。


驚くアシムを見て、メイは少し得意そうだった。私の教育者のすごさを見たか、と。しかしすぐに表情を曇らせて、カネンに聞く。


「だがカネン。そろそろ手遅れということは、すぐにでも助けに行かなくてはならないということではないのか。」 

「それが、難しいと申しております。シルシの一団は、赤髪のオジンのものとまではいかなくとも、大きな一団です。その配下の数は五十を超える。対してわたしたちは三人、多勢に無勢です。衛兵団を今から呼んでも手遅れで、無駄に兵を減らすだけです。」

「なるほど、そうか……ゲルツ兄さんならば、私兵を動かし、山賊を討つのだろうな。」


メイは暗い顔で、そう言った。その顔を見て、カネンは気の毒そうな顔をする。


そんな主従の様子を見ながら、アシムはメイに関する街のうわさを思い出した。

『亡国太子は、いろいろなことに首を突っ込むが、それをどうにかする力がない。』

そういう陰口をたたかれているという。後ろ盾を持たず、『司』内部でも影の薄い太子は、つまりは無力ということだ。


「……しかし、聖女が生きているのであれば、少数とはいえまだ何かできることがあるかもしれません。」


アシムは思わず、そう言った。すると、メイは顔を上げ、カネンは渋面を作る。


「何をばかなことを言っている。時間の無駄になるばかりでなく、メイさまの身を危険に――」


さらすだろう、というカネンの言葉をさえぎって、メイが言った。


「カネン、アシムの言う通り、何かできることがあるかもしれない。行ってみよう。」

「は、しかし……」


カネンは何か言おうとした。しかし、メイの表情が先ほどより少し、明るくなっているのを見ると、顔をゆがめて口をつぐみ、馬を東に向けた。


アシムは、こういうところが、この男の面白いところだな、と思っていると、カネンはそのアシムにぼやくようにして言った。


「ま、太子さまのご見聞を広めるため、行ってみましょうか……それに、山野の知恵が、何か出るかもしれません。」


明日から投稿時間が夜になります。

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