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「おまえが何を考えているかはわかっている。おまえがどんな人種かということもだ。……おまえはメイさまが年少だから、きままにできると思って仕えているんだろう。」
『司』の詰め所に向かう道中、カネンはアシムそう言った。
アシムは内心で、大当たり、と思いながら、素知らぬ顔をしている。カネンはその横顔を見ながらため息をついた。
「べつに、おまえがそういう心根なのはかまわん。元から期待もしていないからな。ただ、表面上だけでも、やるべきことはやってくれ。配下に問題があるとなると、司長から太子へのお叱りが飛んでくるし、なにより――」
「なにより?」
「なにより、そうなれば、わたしの仕事が増える。」
そう言って暗い顔をするカネンを見ながら、こういう態度が、こいつが嫌われる原因だろうな、とアシムは思った。
いくら浮いているとはいえ、アシムも数日『司』で過ごすと、ひとつやふたつ、噂や評判は耳に入ってくる。
カネンに関して言えば、『司』内での評判は、よくない。頭は良いが、性格がまずい、と周囲からは言われている。
昔、カネンはショウの街きっての秀才として評判だったらしい。その早熟さは、十六のときには街の塾で学ぶことがなくなり、街の金でサルマ国の大図書館に派遣されたほどだ。
期間は二年。当然、もどってきたあとは、学者か文書官として、司長か、第一太子の側近となり、ショウの『司』の中心になるだろうと期待されていた。
しかし、二年たってもカネンは帰ってこなかった。要職の席をあけて待っているぞ、というショウの街からの使者に対して、カネンは大図書館の本に埋もれるようにしながら、
「まだ自分は学びきっていない」
と言って、てこでも動かなかったらしい。怒ったショウの『司』が資金援助を打ち切ってもどこからか援助をもらいながら、カネンは大図書館で学び続けた。
そうして三年が経っても、カネンは一向に帰ってくる気配がなかった。ショウの側も、半ばあきらめていた。かれはこのまま、大図書館の文書官にでもなるのだろう、と。
しかし、二十を過ぎたころ、カネンはショウの街に帰ってきた。周囲にはようやく自分が満足できるまで学んだ、と言っていたらしい。
帰ってきたカネンは、『司』に職を求めた。当然、昔用意されていた職に就けるものだとかれは思っていた。しかし、『司』は、かれの知識よりも、その習得のために、過去に『司』に反抗した経緯を重要視した。
『司』は、用意していた席はすべて、埋まってしまったとカネンに言った。やむなくかれは、唯一残っていた第五太子の教育係の職に就いた。
「未熟だったころのわたしに、ショウは要職を用意した。しかし学びが充実したわたしには、亡国太子のお守りの仕事しかないという。これはじつに、おかしなことだ。」
そう言って、カネンはしばしば嘆いているらしい。
『司』のほかの者たちは、そんなかれを白い目で見ていた。自分を高く買いすぎていて、周りを見下し、ふてくされ、仕事に対して情熱がなさすぎる、というものもいた。
頭は良いが、傲慢で、ひねくれた男――それが、カネンに対する大方の見方だった。
そのカネンの主であり、同時にカネンに教育を受けている第五太子メイの評判も、『司』内ではパッとしない。
評判が良くない、というよりも、あまり目立たない、と言った方が正確だろうか。その理由は、カネンが言った『亡国太子』という、メイの陰でのあだ名にあらわれている。
ショウの街のそれぞれの太子の父親は当然、現在の司長だ。しかし母親は違う。そして、それぞれ母親はただの女ではなく、政略的に重要な人物ばかりである。
第一太子ゲルツの母親は、サルマ国の大臣の親族だ。サルマの国の庇護を受けているショウの街としては、この血縁は貴重なもので、ゲルツはその人物、年齢なども相まって、次代の司長は確実だと思われている。
だが、第二太子カサンの母親も、その血の貴重さという点では負けてはいない。その女は、サルマ、ハームにまたがる流通網を持つセイケ商会の会長の三女なのだという。政治的な重要性では第一太子に一歩劣るが、その圧倒的な財力によって、もっとも豪奢な暮らしをしているのは第二太子だといううわさもある。
第三、第四太子も、それぞれやや格は落ちるものの、近隣の街の司長の子女。
そして、第五太子メイの母親も、同じくらい、どころか、もしかしたら最も重要な血縁を持つ女、だった。
「メイさまの母親は、シンの皇女でした。」
そういう話を聞いたとき、アシムはなぜ、メイが『亡国の太子』などというあだ名をつけられているのかを、理解した。
シンというのは、ハームをはさんで向かいにあった小国の名前だ。小国とはいえ、武力旺盛で、ショウとの位置関係はハームを挟み撃ちする場所にあり、シン国との同盟は、ショウの街にとって重要なものだった。
その国の、それも大臣ではなく、王の娘。その娘が生んだメイは、ショウとシンとの同盟のあかしであるばかりでなく、もしかしたら将来、シン国の国王となる可能性もあった。
しかし、シン国は、ほろんだ。
ギトブの戦いという大戦で、シンはハームに大敗し、そのまま一気呵成に、首都までをハームに取られて、ほとんどの王族は処刑、のこりのものは離散したという。
その際に心労を病んで、メイの母親は病没。
メイはいまや、身寄りのない孤児に等しかった。『司』ではある意味、腫物のように扱われ、その存在感は実に薄い。
当然、その配下についたとしても、出世の道は乏しい。だから、
――亡国太子のお守りだ
というカネンの嘆きは、理解できるものだった。カネンはまだ若い。その若さで、自分の才能が、身寄りがなく、『司』の要職に就く見込みのない太子の成長にのみ費やされることが、悔しくてたまらないのだろう。
というわけで、アシムが主として仕えるメイと、その側近であるカネンの『司』での評判はさんざんだった。
そこに、アシムのような男が加わったのだから、亡国太子の周辺は、『司』における無法地帯と言っていい。
しかし、アシムはこの二人のことがけっして、きらいではなかった。
というよりも、試験のときに思ったとおり、おれはこの二人のもとでしか、『司』内では働けないだろうな、と思っている。
『司』の詰め所につくと、メイが準備をして、待っていた。その周辺で忙しく働くのは、禿げ頭のクミル。
メイはクミルを連れてきたとき、その貧相な、見るからに下流の生まれのものを見ても、顔色一つ変えず、相変わらず丁寧に接した。その対応に感動したクミルは、アシムも意外に思うほどの如才なさで、『司』に入り込み、よく仕えている。
今日は、メイの『兵』による街の見回りの日だった。軽装の鎧をつけたメイは、汗をかいてやってきたアシムとカネンを見て、笑った。
「ほら、早くしないと、人々が待っている。」
その立ち姿は少し頼りなさげであるが、雰囲気には、ほかの太子たちにない優しさがある。
それはカネンが、メイに筋の通った教育を与えたためだろう。教育者として、その「作品」をこうした人格に作り上げるカネンは、外面はともかく、性根は真面目なのだろう。
仕事に情熱がない、と陰口をたたかれるカネンだが、アシムの見る限り、そう陰口をたたく者たちの何倍もの働きを、カネンはしていると思う。
年少とはいえ、メイも太子だ。それなりに『司』において仕事が割り振られていて、側近のいない太子に代わり、そのすべてをそつなく、大過なく処理しているのはカネンだった。
仕事が多い、とカネンはよくこぼしているが、それは事実であり、常人ならば到底処理しきれない量の仕事を、カネンはぼやきながらも次々こなし、合間に太子に教育を施している。そのぼやきだけをあげつらって、あいつは情熱がない、というのは、不公平な見方だ。
そして、何よりメイが、そのカネンをしたって、教育を受け入れている。周囲の評判はともかくとして、この主従はよくできている、とアシムは思う。
「ええ、すみません。アシムを探すのに手間取っていたもので。」
そう言いながらカネンは急いで軽装の鎧を着て、剣を身に着ける。旅で慣れた馬術のほか、運動はからきしだというカネンは、鎧も剣も妙に着心地が悪そうだ。
アシムも立てかけてある剣から、手ごろなものを一本引き抜き、腰に差す。それから指定された革鎧を着こんでいると、メイが言った。
「やあ、アシムは鎧がよく似合うなあ。」
その話し方は無邪気なもので、遅れてきたアシムがこれでいいのか、と思うほど責める様子はない。アシムにとって気楽なものだが、その気楽さは、後ろで苦虫をかみつぶした顔をしているカネンが、脇を固めているために大きな失敗にはならない。
ほかのところじゃ、こうはいかないだろう。そう思いながらアシムは、先頭を歩きだすメイにしたがって、カネンとクミルとともに、詰め所を出た。




