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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
3章 山賊と聖女
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1

近衛の試験が終わってから、数日後の早朝。

アシムは『司』の練兵所の一角で、汗を流していた。

とはいえほかの兵たちのように、相手とともに模擬戦をするわけではない。練兵所の中でも奥まった場所、錆びた刀剣や鎧が放棄された場所で一人、黙々と腕立て伏せや腹筋などを行っていた。


「精が出るな、風来人。」

 

そういわれて、アシムは動きを止めると、声の方を見た。声の先には、アシムを衛兵試験へといざなった人物、エンサの巨体が立っていた。


 「あんたか。」


アシムは立ち上がり、汗をぬぐった。するとエンサは、なにがおかしいのか、はっはっはっは、と大笑しながら言った。


「いや、違ったな。おまえはもはや流れ者ではなく、立派な近衛の兵士だったな! 」


 アシムは苦笑いして答える。


「おれもそのつもりだが、なかなか周りは認めてくれなくてね。」

「だからこんなところで鍛錬をしているのか? ここは使い物にならなくなった武具を置く倉庫だ。錆の臭いが充満する場所での鍛錬は、息が詰まるだろう。」


アシムはうなずいて、事情を話した。

衛兵試験の一件以来、正統剣術の各道場でアシムの名前が知れ渡ってしまい、この街の剣客は、誰もがアシムを避けるようになった。


おかげでアシムは、街の剣術道場は出禁になるし、『司』の練兵所ではかれが入ってくると、みな息をひそめる。その空気に居づらくなったアシムは、鍛錬する場所を探し求めて、古びた倉庫に追い込まれた。

アシムが近衛になってから、一事が万事、この調子だった。アシムには近衛という役職が付いたが、街の住民はそれを認めず、よそ者だという見方を変えようとしない。


「まあ、仕方あるまい。あとからおれも知ったが、あの試験はそもそも、おまえが本来は受けてはいけないものだったみたいじゃないか。まぁ、せいぜい励めよ。はっはっはっは! 」


アシムは顔をしかめる。エンサは知らぬ顔。


「ヨシンとの一件は聞いたぞ。ずいぶんとつかえるそうじゃないか。」


そう言いながら、エンサはじっくりと、並んでいる錆びた剣を見ている。


「街中の剣術には失望したか?」

「そうさな。思ったほどは、大したことがなかったよ。」


アシムがそう言うと、エンサの目がきらりと光った。そして巨体の老人は、錆びた剣の中から片手剣と両手剣を選び、抜き出すと。片手剣のつかをアシムの方に差し出して、言った。


「その言葉は聞き捨てならんな。わたしも昔は、小さいながらも道場をもっていた身だ。」

「ああ、うわさは聞いた。」


アシムはこの数日で、いくつかエンサにまつわる話を聞いていた。エンサは昔、『司』の軍中で最も強いとされる兵士だった。現役を退いてから、剣術道場を開いたが、あまりに苛烈な指導のために弟子が集まらず、閉鎖。その後、引退。


「ひとつ、手合わせ願おう。」


差し出された、片手剣のつかを見ながら、アシムは断る。


「断るよ。年金暮らしのじいさんをいたぶる趣味はない――」

「怖いのか?」


エンサはちょっと笑っていった。


「勝負を逃げるならば、わたしはここを出てから、アシムは老人ごときを恐れる臆病者だと吹いて回ろう。街の男たちはさぞ喜ぶだろう。勝負を受けるのならば、安ずるがよい。お前の負けは、誰にも言わぬ。」

「おれが、負けるか。老人、後悔するなよ。」


アシムは表情を消した。そして片手剣を受け取ると、『引弦』に構え、たいしてエンサは、ゆるゆるとした動きで、星目に構えた。



その、十分後。

信じられん、と思いながら、アシムは頭上に伸びた剣先を見つめ、「負けだ」と言った。するとエンサはにんまりと笑って、錆びた大剣を引いた。


「はっはっはっは、おれの三勝。まだやるか?」

「いや、もう、いい。」


アシムはそう言って、剣を地面に置くと、そのまま自分も座りこみ、ついには倒れこんだ。アシムの肌からは汗が噴き出て、息も上がっているというのに、エンサは涼しい表情で、錆びた大剣を元の場所に戻している。


「……何をやったんだ。呼吸も読めず、動きも読めなかった……」

「教えてやろう、若者。お前の『引弦』の方は、過去に剣刀術において破られた型だ。あの構えは前方に対して十全に見えて、その実、針の先ほどの死角がある。そこに回られると、お前がどれほどの達人であろうと、赤子も同然。」


アシムは黙ってエンサの言うことを聞いていた。たしかにかれの言う通り、エンサとの立ち合いの間、かれの巨体がぼやけ、見えず、気が付くとアシムは、負けていた。


「『剣刀術』とは、聞きなれない言葉だな。」

「とうぜんだな。おれの造語だから。」


こともなげにエンサは言う。


「しかし、そう外れてもおるまい。同じ剣、同じ刀。はるか昔には、街中の剣術と、山野の刀術は同じものだったはずだ。突き詰める方向が違うだけでな。剣術はある静的な一場面において、もっとも効果的な動きの『型』を模索し、たいして刀術は、動的な呼吸のやりとりを追求する。それこそが、それだけが互いに、刀剣の極意だと言ってな。」


アシムは興味深げに聞いていた。剣術と刀術、どちらが優れているかという議論はあっても、もとは一つだったなどという説ははじめて聞いたからだ。


「愚かなことだ。剣術と刀術、その二つのどちらか一つでは片手落ちだ。戦いの場では静と動が共存している。静を積み重ねれば動となる。動を切り取れば静となる。その単純な理屈を無視して、街中だ、山野だと刀剣以外のことで騒ぐのは、実に愚かなことだ。」

 

そう言うとエンサは、ニッと笑っていった。


「どうだ、風来人、なかなかどうして、街中にも学ぶべきものは多いだろう。それに、お前は良い太子に拾われた。きっと大きな仕事ができるだろうよ。」


そう言って、エンサはひらひらと手を振ると、倉庫からゆったりとした足取りで出ていった。アシムは地面に倒れながら、その足音を聞き、エンサの言ったことを考えていた。

しばらくそうしていると、外からせわしい足音が聞こえてきて、からりと倉庫の扉が開き、いらだたしそうな表情をしたカネンが入ってきた。


「アシム、何をしている。公務に遅れるぞ。」


土日はお休みします。

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