10
ケープに呼ばれて入ってきたのは、少年。どう見ても、まだ成年の齢に達していない。
そのためだろう。これまでの太子の側近は、部屋に入ってくることはなかったのだが、このメイという名の太子のみが、側近を連れて入ってきた。
少年に連れられてきた男は、背の高い、痩せた男だ。男は道場で見せたような、退屈しきったような顔つきをしているが、そのくせ目元に、妙なすごみがある。
その目が動いて、部屋に残っているのがアシムだけだとわかると、小さく失望のため息を漏らした。
その男は側近というよりは、少年の教育者に近いのだろう。アシムがそう見当をつけていると、予想通り、少年は男の袖を引き、問うような目をして、聞いた。
「カネン、どうしたらいい。」
「どうもこうも」
カネンと呼ばれた男は、少し面倒くさそうに、答えた。
「残っているのは、そのアシムという名の男一人です。スラル判事によれば、山賊の技のようですが、腕は立つ。」
「近衛に、すべきなのか。」
「さぁ。強いが、強さだけで召し抱えるべきかは、太子さまのご一存にかかっています」
「そうか。」
そう言って、しばらくメイは黙っていた。
アシムは内心で、これは駄目だと思った。少年は不安そうな面持ちで、アシムのことを見ていた。嫌悪はないようだが、あのような少年が、粗野なアシムを部下にしたがるか、どうか。
メイはしばらく黙り――それから、あ、と、何かに気が付いたような顔をして、カネンを後にしてすたすたと、アシムに近づき、言った。
「名乗りもせず失礼しました、アシム、わたしは、メイと言います。」
ひどく丁寧な口調だった。
『司』の太子と言えば、生まれてから死ぬまで、その城の中で丁寧に扱われるのが普通だ。アシムのようなものに対して、自分の名を名乗るところからはじめるのは、普通ではない。
それなのに、少年はそれをやった。だけでなく、つづけた言葉を聞いて、アシムは半ば驚き、半ば呆れた。
「あなたは、わたしの近衛になり、仕えたいとたいと、思っておられるのか。」
カネンがため息をついていった。
「あたりまえでしょう。それでなくては、そのものはここにはいません。」
「それは、わからん。本人に聞かないと、カネンも常日ごろ言っているではないですか。人にはそれぞれの考えがあるから、それを聞くのが、主たるものの使命です、と。」
アシムの表情が動いた。それから居住まいを正して、メイに向き直る。
一重の腫れぼったい少年の目は一見鈍く見える。しかしそれは慎重さを備えた聡明さにも見えて、その目を見ながらアシムはこたえる。
「おっしゃる通り、仕官したいと思っています。」
「よかった。では、おしえてほしい。わたしはわたしの配下に対しては、よく言葉を聞き、その身を保護すると誓う。それが、主たるものの責務だからだ。」
そう言いながら、メイはちらりとカネンを見た。カネンは小さくうなずく。その『責務』を教えたのは、カネンなのだろう。
「しかし、わたしはその配下をどう選ぶべきかを知らない。いつもはカネンが教えてくれるのだが、自分で考えろという。それで考えたところ、わたしはあなたが、わたしに何を誓ってくれるのかを聞いて、決めようと思う。」
メイは小さく息を吸って、「アシム、あなたはわたしに、何を誓ってくれる?」
アシムはしばらく、考えていた。
少年が入ってきたとき、アシムははじめ、どちらにしろ近衛になるのはやめようと思っていた。試験のときの様子や、ほかの太子の傲慢さから、アシムのような山野出身の男には、街中の砦ともいえる『司』になじむことは不可能だろうと思ったからだ。
それは、半ばあきらめの気持ちだった。やはり、長年の生活で身についた山野の生活は、おれに街中で生きることを許さない。仮に、あの太子たちに選ばれたとしても、誰かを主として仕えるということが、おれにはできないだろう、とまで思っていた。
しかし――目の前の少年は、実に、素直で、公平な心を持っているように見える。それは少年だから、というものではなく、もって生まれた資質や、または後ろで控える、物憂げな男による教育のたまものか。
アシムは、この少年になら、仕えてもいいかもしれない、と思った。
それはもちろん、少年の人柄にほれこんだ、というわけではなくて、素直そうな少年――悪く言えば、世間知らずに見えるこの少年が主ならば、気ままにやれそうだ、と思ったから。
そうとなると、この『試験』に通らなくてはならない。アシムは息を吸い込んで、言った。
「わたしは生まれたころから、山賊の奴隷であり、長じてからは、命を金で切り売りするような傭兵の仕事に就いてきました。昨日まで、わたしはこのまま、自らの命を山野に散らすものと考えていました。」
思った以上に丁寧な言葉遣いに、ケープとカネンはおや、という顔をした。
アシムは内心で苦笑する。ばばあに教え込まれた法術では、礼儀儀礼もその教えの一部のため、言葉の面でもかれは鍛え上げられた。これもある意味では、賊の技だ。
メイは熱心に聞いている。
「しかし、メイさまはその身を保護してくれると言っていただいている。それならばわたしは、メイさまの命令に従い、メイさまの身に危機があったときには、命に代えてもおたすけすると誓いましょう。もとから、半ば死んでいたような身をお守りいただけるのであれば、代償としてこの命を捧げることくらい、苦ではありません。」
メイは、うなずいた。そしてカネンを見て、カネンが渋々うなずくと、言った。
「よし、それではアシム、あなたはこれから、わたしの近衛だ。よく仕え、また、わたしをよく導いてくれ。」
そうやって、アシムはショウの街、『司』第五太子の近衛となった。
主にメイの側近であるカネンに指示を受けながら、その日の午後、アシムは自分の荷物を整理し、『司』に仕える者たちの宿舎に引っ越しをした。
そしてその途中、ある男を見つけ、アシムはあっと叫ぶと、慌ててメイに、こういった。
「メイさま、早々で申し訳ないのですが、一つ、お願いがあります。」
「なんだ。」
アシムは、街中でじっとアシムのことを見ていた、男の禿げ頭を思い浮かべながら言った。
「ひとり、人材がおります。目端が利いて、身軽な男です。そのものを、わたしの部下として、使わせてはもらえないでしょうか――」




