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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
2章 近衛試験
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10

ケープに呼ばれて入ってきたのは、少年。どう見ても、まだ成年の齢に達していない。

そのためだろう。これまでの太子の側近は、部屋に入ってくることはなかったのだが、このメイという名の太子のみが、側近を連れて入ってきた。


少年に連れられてきた男は、背の高い、痩せた男だ。男は道場で見せたような、退屈しきったような顔つきをしているが、そのくせ目元に、妙なすごみがある。

その目が動いて、部屋に残っているのがアシムだけだとわかると、小さく失望のため息を漏らした。


その男は側近というよりは、少年の教育者に近いのだろう。アシムがそう見当をつけていると、予想通り、少年は男の袖を引き、問うような目をして、聞いた。


「カネン、どうしたらいい。」

「どうもこうも」


カネンと呼ばれた男は、少し面倒くさそうに、答えた。


「残っているのは、そのアシムという名の男一人です。スラル判事によれば、山賊の技のようですが、腕は立つ。」

「近衛に、すべきなのか。」

「さぁ。強いが、強さだけで召し抱えるべきかは、太子さまのご一存にかかっています」

「そうか。」


そう言って、しばらくメイは黙っていた。

アシムは内心で、これは駄目だと思った。少年は不安そうな面持ちで、アシムのことを見ていた。嫌悪はないようだが、あのような少年が、粗野なアシムを部下にしたがるか、どうか。


メイはしばらく黙り――それから、あ、と、何かに気が付いたような顔をして、カネンを後にしてすたすたと、アシムに近づき、言った。


「名乗りもせず失礼しました、アシム、わたしは、メイと言います。」


ひどく丁寧な口調だった。

『司』の太子と言えば、生まれてから死ぬまで、その城の中で丁寧に扱われるのが普通だ。アシムのようなものに対して、自分の名を名乗るところからはじめるのは、普通ではない。

それなのに、少年はそれをやった。だけでなく、つづけた言葉を聞いて、アシムは半ば驚き、半ば呆れた。


「あなたは、わたしの近衛になり、仕えたいとたいと、思っておられるのか。」


カネンがため息をついていった。


「あたりまえでしょう。それでなくては、そのものはここにはいません。」

「それは、わからん。本人に聞かないと、カネンも常日ごろ言っているではないですか。人にはそれぞれの考えがあるから、それを聞くのが、主たるものの使命です、と。」


アシムの表情が動いた。それから居住まいを正して、メイに向き直る。

一重の腫れぼったい少年の目は一見鈍く見える。しかしそれは慎重さを備えた聡明さにも見えて、その目を見ながらアシムはこたえる。


「おっしゃる通り、仕官したいと思っています。」

「よかった。では、おしえてほしい。わたしはわたしの配下に対しては、よく言葉を聞き、その身を保護すると誓う。それが、主たるものの責務だからだ。」


そう言いながら、メイはちらりとカネンを見た。カネンは小さくうなずく。その『責務』を教えたのは、カネンなのだろう。


「しかし、わたしはその配下をどう選ぶべきかを知らない。いつもはカネンが教えてくれるのだが、自分で考えろという。それで考えたところ、わたしはあなたが、わたしに何を誓ってくれるのかを聞いて、決めようと思う。」


メイは小さく息を吸って、「アシム、あなたはわたしに、何を誓ってくれる?」



アシムはしばらく、考えていた。

少年が入ってきたとき、アシムははじめ、どちらにしろ近衛になるのはやめようと思っていた。試験のときの様子や、ほかの太子の傲慢さから、アシムのような山野出身の男には、街中の砦ともいえる『司』になじむことは不可能だろうと思ったからだ。


それは、半ばあきらめの気持ちだった。やはり、長年の生活で身についた山野の生活は、おれに街中で生きることを許さない。仮に、あの太子たちに選ばれたとしても、誰かを主として仕えるということが、おれにはできないだろう、とまで思っていた。


しかし――目の前の少年は、実に、素直で、公平な心を持っているように見える。それは少年だから、というものではなく、もって生まれた資質や、または後ろで控える、物憂げな男による教育のたまものか。


アシムは、この少年になら、仕えてもいいかもしれない、と思った。


それはもちろん、少年の人柄にほれこんだ、というわけではなくて、素直そうな少年――悪く言えば、世間知らずに見えるこの少年が主ならば、気ままにやれそうだ、と思ったから。

そうとなると、この『試験』に通らなくてはならない。アシムは息を吸い込んで、言った。


「わたしは生まれたころから、山賊の奴隷であり、長じてからは、命を金で切り売りするような傭兵の仕事に就いてきました。昨日まで、わたしはこのまま、自らの命を山野に散らすものと考えていました。」


思った以上に丁寧な言葉遣いに、ケープとカネンはおや、という顔をした。

アシムは内心で苦笑する。ばばあに教え込まれた法術では、礼儀儀礼もその教えの一部のため、言葉の面でもかれは鍛え上げられた。これもある意味では、賊の技だ。

メイは熱心に聞いている。


「しかし、メイさまはその身を保護してくれると言っていただいている。それならばわたしは、メイさまの命令に従い、メイさまの身に危機があったときには、命に代えてもおたすけすると誓いましょう。もとから、半ば死んでいたような身をお守りいただけるのであれば、代償としてこの命を捧げることくらい、苦ではありません。」


メイは、うなずいた。そしてカネンを見て、カネンが渋々うなずくと、言った。


「よし、それではアシム、あなたはこれから、わたしの近衛だ。よく仕え、また、わたしをよく導いてくれ。」



そうやって、アシムはショウの街、『司』第五太子の近衛となった。

主にメイの側近であるカネンに指示を受けながら、その日の午後、アシムは自分の荷物を整理し、『司』に仕える者たちの宿舎に引っ越しをした。

そしてその途中、ある男を見つけ、アシムはあっと叫ぶと、慌ててメイに、こういった。


「メイさま、早々で申し訳ないのですが、一つ、お願いがあります。」

「なんだ。」


アシムは、街中でじっとアシムのことを見ていた、男の禿げ頭を思い浮かべながら言った。


「ひとり、人材がおります。目端が利いて、身軽な男です。そのものを、わたしの部下として、使わせてはもらえないでしょうか――」


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