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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
2章 近衛試験
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9

はじめに入ってきたのは、成熟した、働き盛りを前面にだしたような男。その男は入ってくるなり、ヨシンに向かっていった。


「ヨシン、おれは失望したぞ! 剣術試験、なんと見苦しかったことか!」


そう面罵されて、明らかにヨシンはうろたえていた。


「それは、その、不意を衝かれて――」


うるさそうにゲルツは手を振ると、ヨシンの言葉を打ち消した。


「試合の勝敗だけを言っているのではない。お前と、お前の師匠の見苦しさを言っているのだ――ソラ!」


名を呼ばれ、はいと答えて立ち上がったのは、微笑を浮かべた、ひょろりと背の高い優男。

優男だが、一部の試験で、その男が目も覚めるような剣術を披露したのを、アシムは覚えていた。見る限り、剣の腕はヨシンと同等か、もしくはそれ以上。


「やはり、貴様だ。ついてきて、おれの近衛となれ。」

「はい、ご拝命、喜んで頂戴いたします。」


ソラがそう答え、ゲルツとともに去っていくとき、ヨシンはがっくりとうなだれた。

対して去っていくソラは、笑みを絶やさぬものの、その底に仄かな暗い興奮が見えた。

その様子を見て、アシムはヨシンとソラとの間になんらかの確執があるのだろうと思った。


ゲルツは去り際、そうだ、とぐるりと首を回すと、アシムに向かって言う。


「そこの……ええと、名を忘れた、流れ者、」

「アシムです。」


アシムがいやな顔をすると、ゲルツは大笑した。


「そう拗ねるな。覚えるべき名前が多すぎてな……いや、アシム、貴様の戦い、見事だった。ヨシンを一ひねりし、あの様子ではもしかしたら、ソラ以上かもしれぬ。しかし――」


ゲルツはつづけた。


「賊の技では、私の部下にはできぬ。父さまに何かあったときには、おれがこの街の司長となるものでな。そのようなものの部下に、山野出身のものはおけんのだ」

 

それだけ言うと、ゲルツはソラを伴って、さっさと出ていった。その後姿を、ヨシンは目を赤くして見つめていた。


「次、第二太子、カサン様。」


そう言われてはいってきたのは、髪を長く伸ばした、一見遊び人のような男。その男は、入ってくるなり、あたりを見回し、芝居がかった声で、

 「ああー、ソラは、兄さんに取られちゃったのかー」


と、言った。

その声を聞き、ヨシンは目をむいてカサンを見た。カサンは笑顔で、その目を受け止める。


「……なんて言うと思ったか、ヨシン。僕は君が最初から第一候補だ。君が残っていてうれしい。兄さんはなんて馬鹿なんだろう。君にはソラにはない粘りがある。それに……」


第二太子のカサンはヨシンの肩を抱いて、まるで恋人にするかのように耳に唇を近づけて、小声で言った。アシムはその断片だけを聞き取った。


「……外で兄さんの声が聞こえた。君も兄さんが恨めしいだろ? 僕について来いよ……」


そうして肩を抱いたまま、カサンはヨシンとともに出ていった。アシムに対してはちらりと、馬鹿にしたような笑みを見せただけだった。


「次、第三太子、ブロン様。」


第三太子ブロンは、第一、第二からはいくらか年の離れた、人の好さそうな青年。青年は残った三人を見比べて、「ウェズはパラスのものだから……」とつぶやくと、実直そうな受験者の男を選び、連れて行った。彼はアシムには一瞬、怯えた目線を向けた。


「次、第四太子、パラス様。」


ケープがそう言うや否や、部屋の扉が勢いよく開き、第四太子、パラスが入ってきた。齢はブロンより少し若い、少女を最近抜け出してきたような女性。


「ウェーズ! おめでとう! よくやったわ! やっと一緒に暮らせるわね! 」


そう歓声を上げながら、パラスは部屋に入って来るや否や、アシムとともに部屋に残っていた女に抱き着いた。ウェズと呼ばれた女は目を白黒させ、扉の外に控えている老女は苦々しい表情を浮かべている。


「パラス様、少し、落ち着いて……」

「落ち着いてなんかいられないわ! 幼馴染の親友が、私のために大変な思いをしてきてくれたんだもの! ああ、うれしい――」


パラスはそう言いながらきゃいきゃいとウェズの手をゆする。その様子を少し引いた姿勢で見ているアシムに気が付くと、パラスは言った。


「あなた! アシム! 試合、すごかったわね! もしも何もなかったら、あなたを選んでいたかもしれないけれど……今回は、ウェズがいるから、ごめん! もしも気があったら、弟のことを頼むわ! 」


アシムがあっけにとられているうちに、パラスは困惑するウェズの手を引いて、ぶつぶつとつぶやく老女を引き連れて、騒がしく部屋を出ていった。


ケープとアシムは、嵐が過ぎ去っていったような感覚を互いに抱きながら、ため息をついた。部屋に残った受験者はアシムだけ。

その寂しい部屋の中で、ケープの声が響いた。


「それでは第五太子、メイさま、お入りください。」


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