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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
2章 近衛試験
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8

アシムは正直、半信半疑だった。と、いうよりも、ほとんど信じていなかった。


クミルがもたらした情報についてだ。本人はああいっていたが、そう簡単に、『司』の法律家を統べる書記長の家に、入り込めるはずがない。

本人の家に警備がいなくても、ああいう人種が住む家の付近は極めて警備が厳重なはずだ。ケープが自宅に警備を置かないのは、確かに本人の人柄もあるだろうが、実際にはその必要がないからだ。

もしもそんな家に忍び込むことができるなら、あの禿げあがった頭を持つ冴えない男は、大盗賊の資質を持つということではないか。

 

十中八九、でたらめだ。この紙に書いていることも、あの男がてきとうに思いついたことを書いているだけだろう。

そう思いながらも、ほかにやることもなくて、二部の試験が始まるまで、アシムはその紙の内容を暗記していた。

それからふと、思いついて、隣の席で分厚い本を読んでいる女に声をかける。


 「なぁ。」

 「はいっ!?」


アシムより少し年若いその女は、アシムに話しかけられて露骨に恐怖の表情を浮かべた。ここにいる以上、一部の剣術試験を乗り越えてきたもののはずなのだが、その女は亡霊を見るような表情でアシムを見ていた。

またか、そこまで怯えなくても、と内心苦笑しつつ、アシムは言った。


「ひとつ、聞きたいんだが。」

「な、なんでしょう。」

 

女はおびえてはいるが、邪険にはねのけたりはしなかった。根は良い人柄なのだろう。


「このショウの街に、有名な盗人っているか?」


女はフルフルと首を振る。


「ショウの街は治安のいい土地で、野放しの盗人はいないはずです……あ、でも。」


思いあたったように女は言った。


「伝説はありますが。」

「伝説?」

「はい、伝説というか、噂話、数十年前に、サルマの首都を荒らしまわっていた女盗賊が男をしたってひとり、この街にすみついたとか……だけど、ずいぶんと古い話ですよ。」

 

妙に引っかかるところがあった。しかしアシムがその引っ掛かりを思考にする前に、太子たちを引き連れたケープが試験場に入ってきて、告げた。


「それではこれより、二部の筆記試験を始めます。各自、席について!」



アシムは、クミルの言うことを信じていなかった。だから、筆記試験の解答欄に、覚えた単語がすんなりはまったときも、偶然だ、と思ったし、ケープに二部試験の合格を告げられたときには、驚きを通り越して、半ば、呆れた。


「どうしましたか?」


合格を告げられて、ぽかんとしているアシムに、老女はけげんな目を向けた。


「いやなにも……」


ケープは、不合格に打ちひしがれる受験者たちをさっさと部屋から追い出してしまい、演壇に立って、一部、二部試験を合格してきた男女に行った。


「皆さん、剣に、勉学に、お疲れさまでした。それではこれより、最終試験を行います。」


ケープの言葉を聞いているものは、五人。そのなかには、剣術試験で二回戦を勝ち残ってきたヨシンもいたし、筆記の前にアシムが話しかけた女もいた。


「とはいっても、この試験においては、あなたたちに何かをしていただくわけではありません。太子たちは、あなたたちの奮闘ぶりをすでにご覧になっています。これより第一太子より、一人ずつこの部屋に入ってきていただき、自ら近衛となる人物を選びます。なお――」


ケープはうつむいて、言葉を切った。


「今回、一部、二部の合格者が五名であり、太子の数と同数となっておりますが、これは偶然に過ぎません。当然、太子たちの意向によっては、この中から近衛として誰にも選ばれず、不合格となるものもあらわれるかと思いますが、ご遺恨なきよう。」


そう言ってから、一瞬、ケープはアシムの方を見た。その視線を追って、ヨシンがにたりと、昏い笑いを浮かべた。アシムはそれを無視して、首周りをがりがりと掻いていた。

ケープの声が響いた。


「それでは、第一太子、ゲルツ様、どうぞ。」


そうして、三部の試験がはじまった。



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