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「あんた、強いんだな。」
異様な雰囲気の中で行われたアシムとヨシンの試合が終わり、どこかほっとした空気が漂う中、一戦目に負けた者たちによる二度目の試合が行われていた。
その試合を道場の端っこ、周囲に誰もおらず、近寄らない場所でアシムは見ていた。そこにクミルが禿げあがった頭を垂れて、近づいてきた。
その足取りは重い。クミルは二回戦も、あっという間に相手に倒されていた。
剣術の経験はほとんどないようで、その上体格にも恵まれていないとあっては、どのような相手でも、クミルは負けてしまうだろう。
「おれはここで終わりだ。高い金を払って、情報をつかんだのに、ちくしょう……」
そう言いながら、クミルはアシムの隣に座り込み、深くため息をついた。その姿があまりにも哀れだったから、というわけでもないが、アシムは慰めの言葉を口にした。
「まぁ、おれも一部を切り抜けただけで、ここで終わりだろうよ。」
「なんでだ。あとは筆記だけだ。あんたほどの男なら十分、用意してきたんだろう。」
「ところが、なにも用意がない。」
アシムは肩をすくめる。「終わり」というのは、彼の本心からの言葉だった。
アシムは試合のあと、木剣をルクスにかえし(少女はそれを貴重品のように受け取った)、鎖帷子を脱ぐために控室に行った。
すると、一人の男が――確か早々に剣術試験を通過した男だった――熱心に紙きれを見つめていた。かれはアシムを見るや、顔面を蒼白にして、あわてて部屋を出ていった。
その際に、男は紙を落としていった。おれもきらわれたもんだな、と思いながら、男が落とした紙を見て、アシムは表情を曇らせた。
その紙には、第二部の筆記試験の対策であろう、模擬問題がぎっしりと書き込まれていた。
そしてアシムには、その内容が全く、分からなかった。内容は主にショウの国の法律、制度、また丹術、法術の概要まで、多岐にわたった。
「簡単な時事問題くらいなんだと思ってたんだよ、おれ。」
アシムがそう言うと、クミルは顔をしかめた。
「馬鹿な。二部の試験官は、あのケープのばあさんだぞ。」
そういわれて、アシムは納得した。あの老女ならば、さぞ難しく、公正な試験が行われるのだろう。一部の試験に通ったものが、喜ぶ間もなく必死に勉強するのも分かる。
「どちらにしろ、二部の試験を通ったとしても、おれは太子に選ばれないよ。」
「わからんだろ、そんなの……」
仮にも、権威ある剣術道場の師範に、盗賊だと宣言された男を雇う太子がどこにいるんだとアシムは思うが、クミルはもったいない、もったいないと自分のことのように言いながら、親指の爪を噛んでいた。
「……近衛になれば、一人の衛兵を、自分の部下として雇うことができる。」
しばらくして、クミルはそうつぶやいた。そしてこう続ける。
「おれとあんたは、手を組んでいるから、な。どっちかが近衛になってどっちかを部下として雇えば、両方が『司』つきの身分になれるわけだ。」
突然そう言い始めたクミルに、アシムは笑いながら答える。
「いつから、おれたちは手を組んだっけ?」
「いまからだよ。まぁ、聞け。」
クミルはそう言って、少し血走った目であたりを見回すと、アシムに一枚の紙片を渡した。
「それを、覚えろ。頭から順に、間違いなく。」
紙には、断片的な単語や、文章が書き連ねてあった。制度の名前とその判例、国の名前と歴史、丹術における術式の名称と方法、法術における思想的背景……
「なんだ、これは。」
「次の試験の、回答だ。回答順。」
アシムがうたがいの目でクミルを見ると、クミルは構わず早口で言った。
「ケープのばあさんは、他人に厳しく、自分にも実に厳しい。だからあの人は、ほかの貴族どもと違って質素な生活をしているし、家に警備も置いていない。家に盗むもんなんてないと思っているからな。だけど昨日の晩は、おれ……いや、おれたちにとって、どんな宝石よりも貴重な宝が、あのばあさんの家にはあったんだ。」
しばらく考えてから、アシムはクミルが、窃盗の告白をしたのだと理解した。
「……あの判事は、よっぽどぼんくらだな。本物の盗賊が、ここにいるじゃねぇか。」
「とにかく、一字一句、覚えろ。あと一時間だ。順番も間違えるな。あんまり話していると不自然だから、おれはもう行くよ――」
そう言ってそそくさと去っていこうとしているクミルに、アシムは声をかけた。
「ちょっと待て。」
「なんだ。下らんことを話している暇があれば、さっさと覚えろ。」
「どうして、そこまでして近衛になりたいんだ?」
アシムがそう聞くと、クミルの目は再び、血走った。今度は緊張からではなく、今にも泣きだしそうな目だった。
「……先週、母ちゃんがな、死んだんだ。」
クミルは絞り出すような声で言った。
「おれと母ちゃんは、ずっと貧しくて、死ぬ前に、母ちゃんはおれに、あやまったんだ。こんな生活をさせてごめんねって。母ちゃんは悪くないし、立派な母ちゃんだとおれは言ったが、母ちゃんは謝るばかりだった。だから、おれは母ちゃんに約束したんだ。おれは、母ちゃんから習ったことを使って、必ず立派な男になるから、って。」
その、習ったことというのが、盗みなのだという。
「だから、アシム、あんた、必ず近衛になって、おれを雇ってくれよ。そうしなかったら、おれだけじゃなくて、おれの母ちゃんの霊も、お前を呪うからな。」
そうした不穏な捨て台詞を残して、クミルは去っていった。
アシムは首をひねりながらも、ほかにやることもなく、残された紙片に書き連ねられた文字を頭から覚えていき、そしてついに、二部の試験場へと案内が始まった。




