表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハニーとダーリン  作者: ユタニ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/33

8.フェリクスの回復③


「では、私から」

宣言したフェリクスが打ち込んでくる。

悪くない、とスティーブは思った。きちんと基礎から学んだ太刀筋だ。素早さと重みもあって、久しぶりに受けた初手などはつい弾かれそうになってしまった。


昔の感覚を思い起こして体を動かす。腹の底から何かがこみ上げてきた。

大丈夫だ、動きは追えている。あとは無理して押し返さず相手の力を利用して流し、返す刀で急所を突くだけだ。


もちろん本気では突かない。木刀とはいえ急所を狙っては大怪我になることもあるのだ。突きは全て寸止めにしてスティーブは打ち合いを続けた。


かあんと乾いた音が響いてフェリクスの木刀が宙を舞い「参りました」とフェリクスが言う。


スティーブはじんわりとかいた汗を拭って木刀を下げた。フェリクスの方は汗だくだ。荒い息を整えてからフェリクスが悔しそうにスティーブを見てくる。


「強いね、ハニー。やはり物足りないどころじゃなかったな」

「久しぶりにしては動けた」

「何度かおまけもしてもらったよね。明らかに急所に入ってるのに私の参ったを待たずにそのまま続けた」

「んー、どうだろうな」

曖昧に返す。

おまけをした、というより久しぶりの手合わせが楽しくてスティーブが続けたからだったのだ。


「初手の手応えだけはいけるかと思ったんだけどな。あそこで取っておくべきだった。本当に悔しいよ」

言葉とは裏腹にフェリクスは満面の笑顔になる。からっとした笑顔で、こちらも非常に楽しかったようだ。


「あれは正直危なかった。あんた、速いし、その割には重いな」

「ありがとう。幼い頃から嗜んでいたからね、そこらの騎士になら勝つ自信はあったんだよ。ハニー、君はもしかして現役時代は相当強かったのではないかな?」

興味津々で聞かれて、ぐるりと首を回す。


「元々、こっちの剣術大会で優勝して、そこからの縁で騎士になったからな。それなりではあったと思うぜ」

平民出身のスティーブが騎士になれたのは、地元の剣術大会を観戦していた貴族がスティーブを気に入って推したくれたからだ。


「優勝、それはすごいな」

「田舎の大会だ。王都だと違っただろう」

「どうだろうね。騎士の同期の中では強かったかい?」

「あー、いちおう、叙任式で御前試合はした」

この話は少々気恥ずかしい。


当時十九歳のスティーブは祭典用の綺羅びやかな騎士服を着て、顔に化粧まで施されて国王の前で同期の一人と試合をしたのだ。

御前に出る時はガチガチに緊張してしまって、歩き方は絶対に変だった。


「叙任式での試合って、それは剣の腕が首席と次席の二人でするやつじゃないか。凄いな。この感じだと試合には勝った? 勝ったよね?」

フェリクスが若者らしいワクワクした顔で聞いてくる。

騎士だったわけではないようだが、剣の腕もなかなかであるし、憧れていたのかもしれない。


「申し訳ないが、負けた」

そう告げるとがっかりされてしまった。


「負けた? 本当に?」

「相手はそんなに強かったのかい?」

「ハニーに勝つなんてきっと名のある騎士だろう。誰だい?」

諦めきれないようでしつこく聞いてくるので、スティーブは迷った末に内情を話した。


御前試合の相手は地方とはいえ侯爵家出身の男で、試合の前から相手を勝たすことが決まっていたのだと。

もうずいぶん前のことだし、八百長も時効だろうと明かしたのだが、その説明にフェリクスの空気は冷え込む。


「それはとてもつまらないな。くだらない。君が平民だからと騎士団上層部は無理を通したんだね」

ちょっとゾッとしてしまうほどの凄みのある声でフェリクスが言い、スティーブは慌てた。


「待て、そんな酷い話でもないんだ。俺は俺で、負ける代わりにこっちの騎士団への配属を融通してもらったんだ。お互い様だよ」

田舎に帰ることが目的だったスティーブにとっては御前試合での勝ち負けは正直、どちらでもよかったのだ。

八百長への後ろめたさくらいはあったが、屈辱を感じたわけではない。


「ふーん、辺境を望む騎士は少ない。その希望は交換条件などなくても通ったと思うけどね。……いや、これだけの腕なら難しかったかな。私なら強引に引き留めるが。それで、試合の相手は誰だい?」

冷ややかなまま再び問われる。


おそらく高位の貴族だったフェリクスは、王都の高名な騎士に詳しいのだろう。相手を知っている可能性は高い。

今のフェリクスに相手の名前を教えたところで何かできるわけでもないとは思うが、告げ口をするのはスティーブの性に合わなかった。


こんな田舎では、侯爵家の男だった同期が今どんな地位にいるかなんて情報は入ってこない。でも力も身分もあったあの男はそれなりの地位に上がっているに違いなく、名前を告げるとその足をひっぱる気がした。


侯爵家の男は気持ちのいい奴でもあったのだ。騎士見習い時代には平民のスティーブを見下す同期もいたが件の男はいつも対等だったし、試合の八百長をスティーブ以上に嫌そうにしていた。彼は彼で断れないしがらみがあったに違いないのだ。


「その情報いるか? それに相手はいい奴だったんだよ。俺もあいつに花を持たしてやれるならそれもいいかと」

「つまり、ハニーは対戦相手に勝つ自信はあったんだね」

「…………」

鋭く突かれて思わず沈黙してしまった。

確かに勝つ自信はあった。


「……あったよ。あったが、何が起こるか分からないのが試合だ。俺はかなり緊張はしていたし、どうなったかは分からない」

「君は本番に強そうだけどね」

「騎士の現場にはな。だがああいう華やかな本番は苦手だ。たくさんの貴族連中が見物に来ていた。バルコニーには小さな第一王子殿下までいたんだぜ」

スティーブの言葉にフェリクスはぱちくりと瞬く。


「第一王子が?」

「ああ、あん時は四歳とかか? 遠目で少し見えた。なんか金色の髪の毛の男の子が柵の間から顔を突きだしていたのを覚えている」

子どもの話題は和むものだ。フェリクスの冷気も一気に霧散していく。


「……王子は騎士が好きだったのだろうね」

「ちょうど憧れだす歳だよな。それよりそろそろ風呂が沸いてるんじゃないか?」

風呂という単語にフェリクスの興味は完全にそちらへと向いた。


「そうだね。様子を見に行こう」

いそいそと木刀を拾って小屋へと向かい出し、スティーブは八百長試合の相手への追求が終わったことにほっとしながら後を追った。


風呂小屋に戻ると、風呂はきちんと沸いていた。

ふんわりと湯気が立ちのぼっていて、フェリクスは早く入りたいのかうずうずしだす。

だがここではっとなってスティーブに聞いてきた。


「すまない、勝手に一番風呂のつもりだったのだが、居候の私が最初に入ってよいのだろうか?」

ちょっとばつが悪そうな顔だ。スティーブは再び苦笑した。


「構わねえよ。俺は二番風呂でも気にしない。しっかり洗ってから浸かれよ」

「ありがとう、ハニー」

フェリクスは嬉しそうに母屋へ着替を取りに行き「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう」と風呂へと引っ込んだ。


しばらくして、ほこほこと顔を上気させながら戻ってきたフェリクスと入れ替わりにスティーブも早めの風呂に入る。

久しぶりのしっかり浸かれるお湯は思っていたよりずっと気持ちよかった。

思わず「あ゙ーー」と濁点付きの声まで出てしまう。すっかりおじさんになったものだ。


開けた窓からは青い空が見え、心地よい風が顔にあたる。

こういうのもいいものだなと思う。一人だったら絶対にしなかったイベントだ。


いきなり始まった変な共同生活だが、同居人がいるのも良いものかもしれない。

曰く付きの元貴族など、早々に出ていってもらいたかったはずが、スティーブは思いのほか、フェリクスと一緒の暮らしを心地よく受け入れている。


(最初は薄気味悪かったが、こうして暮らしてみると年相応な時もあるしな)

年下らしく可愛いところもある。スティーブを素直に慕ってくれているようにも感じていた。


さっきの八百長試合に対する態度も、スティーブに懐いているからこそのものだったと思う。

フェリクスは自分を負かしたスティーブに敬意のようなものを抱いてくれて、そんなスティーブが不当に扱われたのに怒ったのだ。


(なんか弟みたいなんだよなー)

一人っ子だったスティーブは兄弟、特に弟に少々憧れがある。

騎士時代も後輩や年下の世話はけっこう焼いた。御前試合をした侯爵家の男も、同期だが歳は二つ下でスティーブとしてはけっこう可愛がっていたつもりだ。


スティーブは上機嫌で風呂から上がり、夕暮れ時にフェリクスと早めの夕食を食べ、ぐっすりと眠った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ